AWC アゲイン(最終回)    りりあん


        
#5130/7701 連載
★タイトル (HYN     )  97/ 6/ 4   9:30  ( 65)
アゲイン(最終回)    りりあん
★内容
         アゲイン(最終回)
                    りりあん

 2年後。
 日曜日の昼下がり、裏庭に通じるリビングの窓は開け放たれていた。
心地良い風が吹きこむたびに、白いレースのカーテンが弧を描きながら
膨らんだ。
 ケイコは窓の向かいにあるソファーに腰をおろした。時折、はじける
ような笑い声が飛びこんでくる。夫と息子がボール遊びに興じているの
だ。うまい、うまい、その調子だぞ。夫の声がした。
 ケイコの手には一通の手紙があった。封はすでに切られている。彼女
は中の便せんを取り出し、けば立っていまにもすり切れそうな十字型の
折り目をていねいに伸ばした。見慣れた几帳面な字が並んでいる。

 前略
 お元気ですか。寒い日が続いていますね。
そちらはもう雪が降り始めていることと思います。
 その節はケイコにまで迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありません
でした。
 結論からいうと、南とは先月正式に離婚が成立しました。別れるのは
結婚より何倍ものエネルギーを使うのですね。はっきり言って疲れまし
た。
 それからケイコが一番心配してくれた親権は、やっぱりとれませんで
した。専業主婦で収入がなかったこともありますが、夫婦関係を壊した
責任を問われては反論の余地もありません。とりあえず、月に一度の面
会ができることになっていますが、南はあまり快く思っていないようで
す。
 みずから招いた結果とはいえ、あの子を失うのはわが身を切り刻まれ
るより辛い。家族を捨て、他の男のもとに走った私をあの子は一生許し
てくれないでしょう。いえ、母親と認めてくれないかもしれない。でも
それは罰として甘んじて受けるつもりです。
 だけどケイコ、私は後悔していません。自分が本当に望むものを手に
入れたいまは、前の暮らしには何の未練もないのです。理解してもらえ
るかどうかわからないけど。
 こんな私があの子に何か伝えるとすれば、リスクを背負っても自分自
身に正直に生きて欲しいということでしょうか。どうやって人生を過ご
していくのか、またその中に何を求めているのか、逃げ出したりせず時
間をかけて考えてくれればと思うのです。先を急ぎすぎるこの世の中だ
からこそ、立ち止まって己の足元を見る。そんな余裕を持ってもらいた
いのです。
 私は自分がやったような精算の仕方を決していい方法とは思っていま
せん。あの子にだけは同じ過ちをして欲しくない。心からそう願ってい
ます。
 なんか愚痴っぽくなってしまいましたね。この手紙がつくころは、私
も藤原と一緒にS市で新しい生活を始めているでしょう。慰謝料の支払
いもあって楽な暮らしにはならないと思いますが、なんとかなるだろう
と楽天的にかまえています。こちらは暖かい土地柄なので、そのうち遊
びにでも来て下さい。
 お身体に気をつけて、仕事と育児の両立はきついだろうけど頑張って
ね。ご家族の方にもよろしくお伝え下さい。
                       敬具
  12月*日 
 中村 真砂

 ケイコは便箋をたたんで封筒の中に戻した。おもむろに立ち上がると
それをエプロンの胸ポケットに入れた。
 カーテンは相変わらず、膨らんだりしぼんだりしている。また、笑い
声が聞こえた。
 彼女は窓際に近づき、呼吸するように動く薄い布を半分ほど開けた。
やわらかな日差しが若い芝生を照らしていた。庭木の枝が風にそよぐ。
そして、ボールを追いかける親子の姿がある。
 少し目を細めて、どこまでも続く空を見上げる。
流れる白い雲が過ぎゆく春を告げていた。

                      了   




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