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★タイトル (GSC ) 97/ 5/15 17:18 (160)
フリー小論 『美しい日本語のために』 /竹木貝石
★内容
第2章 アクセントの相違
はじめに
私の生まれは愛知県刈谷市(三河地区)である。満6歳から名古屋に出て、21〜
22歳の2年間は東京、その後11年間は札幌に住み、再び名古屋に戻って来て現在
に至っている。
母は愛知県大府市(尾張地区)の生まれ、父は山梨県の出身である。
という具合で、私は標準語(共通語)に詳しくないし、関西弁・東北弁・九州弁も
全く知らない。
従って、以下の文章は、誤り多く、事例も乏しい皮相な見解となりかねないので、
是非とも諸兄の補足・修正・反論をいただきたい。
文中に『標準語』という言葉を用いており、
「『標準語』と言う呼び方は正しくなく、『共通語』と呼ぶべきだ」
と聞いたこともあるが、ここでは両者を同じ意味に用いておく。
なお、私のワープロ操作が未熟のゆえに、記述の都合上、アクセントを付けたい文
字のみ片仮名で書くことにし、本来片仮名で書かねばならない単語中のアクセントに
ついては、その部分の文字を平仮名で書くこととする。
1 2音(2拍)の単語のアクセント
『はし』には少なくとも次の三つの意味がある。
箸 橋 端
これに、標準語と呼ばれる東京地方の言葉でアクセントを付けてみると、下のよう
になり、片仮名の部分がアクセントの強い箇所となっている。
箸=ハし
橋=はシ
端=はし
日本語におけるアクセントという概念が今一つ明確でなく、英語・ドイツ語・中国
語・エスペラント語などでは、アクセントの強い音がはっきり分かるのに反し、日本
語においては、アクセントの強さというよりも、音の高さの違いとして区別されるに
すぎない。
アクセント辞典という本には、上の三つの単語について次のように接明してある。
箸=アクセントが頭(始めの部分)に付く
橋=アクセントが末尾(終わりの部分)に付く
端=アクセント無し(平板)
一休さんのとんち話で知られている橋と端、単語ではほとんど同じアクセントにな
るが、すぐ後ろに助詞を付けて発音した時、明らかな違いが生じる。
橋を渡る=はシをわタル
端を渡る=はシヲわタル
同じ『はし』を使ったもう一つの文例を挙げてみる。
箸を持ち上げる=ハしをもチアゲる
橋を持ち上げる=はシをもチアゲる
端を持ち上げる=はシヲもチアゲる
次の例のように、2音節(2拍)の単語において、関東系と関西系のアクセントが
全く逆になることが多い。
朝起きて、窓を開けたら、雨が降ってたので、傘を持って来た。
関東系:アさおきて、マどをあけたら、アめがふってたので、カさをもってきた。
関西系:あサおきて、まドをあけたら、あメがふってたので、かサをもってきた。
愛知県地方では、アクセントについてはおおむね関東方式である。
本州を関東と関西の二つに分けるとしたら、箱根の関所よりも東が関東・西が関西
ということになり、現にそのように把握している人も多い。が、我々東海地区の人間
は、自分たちが関西人であるとは思っていない。独立した〈中部地区〉であって、関
東にも関西にも属さないという認識なのである。
ラジオのローカル放送では「愛知・岐阜・三重の東海三県」と総称されるが、以前
には静岡も含めて「東海四県」と呼んだものだ。浜松地方は関西系のアクセントが強
く残っており、三重県は大部分が関西系のアクセントである。
札幌の人々は、「東京弁と同じ標準語を話す」というのが自慢の一つになっており、
確かに助動詞などは標準語に近いが、アクセントは大分関西方式である。
いずれにしても、子供の頃身に着いたアクセントの癖は容易に直らない。
普段の会話では標準語と変わらぬアクセントでしゃべっている人でも、文章を朗読
すると、てきめんに生まれ育った故郷のアクセントが出てしまう。会話で方言・朗読
で標準語になりそうなものだが、不思議とその反対になってしまうのは何故だろう?
2 外来語のアクセント
外来語のアクセントこそ関東も関西もない筈なのに、例えば次のような現象が見ら
れるから面白い。
ラジオ テレビ
関東系:らジオ てレビ
関西系:ラじオ テれビ
この違いは、単語一つ一つに対する発音の習慣によるのか、それとも文章の流れに
よってそうなるのか、私には分からない。
将来においても、新しい外来語が関東と関西で逆のアクセントとして定着していく
のであろう。
長年日本に住んでいる外国人でも、大阪に在住して関西弁になったイーデス・ハン
ソンのような人や、山形県に住んでいたために東北訛が身に付いたダニエル・カール?
のような人もいる。
早稲田大学教授で、かつてラジオの英語会話を担当していた五十嵐信二郎氏(文字
不明)などは、関西弁のアクセントの方が英語に近いと言って、わざわざ剽軽な外国
訛の関西弁で英語の講義をしていたものだ。
3 平安時代の言葉
源氏物語などの古文を読んでも、私には何のことだかさっぱり分からないが、当時
の話し言葉には近かったに相違ない。
新古今和歌集の持統天皇の歌:
春すぎて 夏きにけらし 白妙の
衣ほすちょう 天香具山
これを平安時代の言葉の抑揚になおして朗詠するのを聞いたことがあり、無論推測
であるが、いにしえにおいては下のように読んだ筈だと言うのである。
ファるー スきーてー ……
京の都は当然関西だから、『春』のアクセントは「る」に付くであろうし、『は』
が「ファ」と発音されたであろうことは、昔の有名な問答(なぞなぞ)からも類推す
ることが出来る。
有名な問答について、私は出典も・正式な書き方も知らないが、念のため記載して
おくと、
父にあわずして、母にはあうもの?
という問いに対し、その答は「唇」なのだそうだ。
このことから、昔『ハ』を「ファ」と発音していたと考えられるとか…。
(この項は、全くの受け売りで、私のオリジナルは何も無い。)
4 動詞のアクセント
関東式:橋を渡る=はシをわタル
関西式:橋を渡る=ハしをワタル
間違っているかも知れないが、上例のように、名詞のみならず動詞のアクセントの
違いも大きい。
関西弁における「ワタル(渡る)」は、強いアクセントというより、むしろ平板な
アクセントと見るべきだろう。
名古屋弁の癖としては、次のような例がある。
関東式 :教えてあげる=おセエテあゲル
名古屋式:教えてあげる=おしエテあゲる
関東式 :聞かせてくれよ=きカシテクレよ
名古屋式:聞かせてちょー=きかシテチョお
ちなみに、使役の助動詞(せる・させる)の連用形「せ」と、サ行五段活用の他動
詞の連用形「し」を、混同している人が結構多い。