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フリー小論 『美しい日本語のために』 /竹木貝石
★内容
第2章 アクセントの相違 (続き)
5 東京弁批判
他の地方の人には申し訳ないが、私はやはり東京弁が好きである。
中年男性の東京弁、それも巻き舌のベランメエ調でない方が良い。
とはいえ、愛知県育ちの私には、あの微妙な東京弁のアクセントが使えないから残
念だ。
だが、東京弁で気に入らない点も些か在る。
「ひ」と「し」の混同、「……したっけ」のような語尾、「大屋根のすてっぺんから
おっこちた」などの擬声語、これらを私は全然耳障りとは感じない。
私が嫌いなのは、打ち消しの助動詞『ない』の前の音にアクセントを付ける話し方
である。
出来ない=でキない→できナい
住めない=すメない→すめナい
私は、前者の東京弁よりも後者の地方語の方が聞きやすいし、理屈にも合っている
と思う。
また、『ない』の前に来るラ行の動詞の語尾を、音便にするのも好きでない。
ならない→なんない
知らない→しんない
もっといけないのは、否定や打ち消しの『ない』を「ねえ」と言う。
「そんなこたあでキねえよ。」
「なぜ俺がしなくちゃなんねえんだ。」
6 関西弁は苦手
いよいよ差し障りのある話になるが、私は関西弁が苦手、というより好きになれず
に困っている。
理屈は何も無い。
先にも述べたごとく、日本語のルーツに近いのは関西系のアクセントであるに相違
なく、日本語を愛する私としては、関西弁を拒むなど以ての外である。
それがなぜだか駄目なのだ。
ところがである。時折真に見事な関西弁を聞くことがあって、例えば、落語家の桂
米朝や桂文珍、講談師の旭堂南稜の話し方! あれは大層味わい深く上品で、関西弁
嫌いの私でも、聞いていてほれぼれする。
また、大阪・京都・神戸・和歌山など、同じ関西弁でも各々特色があって、私にそ
の違いは分からないが、かつて学生時代、神戸出身の同級生が、次のように言ってい
た。
「中田ダイマル・ラケット、浪花千恵子(文字不明)の話し方! あれこそが本当に
綺麗な関西弁だよ。」
一口に『関西弁』と言っても、話す人や話し方によっては、大変美しい言葉になる
のである。
7 最近の変化
国語=こくご(平板)→こクご
15=ジュうご→じゅうご(平板)
上の例では、従来前者のようにアクセントを付けていたのが、近頃後者に変わって
きている。
単語によって、平板だったのがアクセントを付けるようになり、逆に、アクセント
を付けていたのが平板になったりして、それらに規則性は無いようだ。
人の名前の頭にアクセントを付けて呼ぶ傾向もある。
まこと(平板)→マこと
すすむ(平板)→スすむ
まゆみ(平板)→マゆみ
めぐみ(平板)→メぐみ
[平成9年5月16日 竹木貝石]