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海鷲の宴(2) Vol
★内容
第一部第二章 硝煙の足音
1941年2月6日 連合艦隊旗艦「長門」内 司令長官公室
「どう思うかね? この作戦」
山本が、悪戯っぽい口調で問い掛けた。
「どうもこうも、これでは……」
開いた口が塞がらないと言った様子で、宇垣纏GF参謀長が答える。
「戦艦部隊が脇役になっているとでも言いたげだな」
宇垣が、不承不承肯く。
「だが、本来なら戦艦部隊は、全く出番がなかった筈なんだがな」
山本は苦笑した。
「うちの先任参謀も、なかなか粋なことを考えてくれる」
先任参謀とは、奇矯な振る舞いと奇抜な作戦立案で知られる、黒島亀人大佐のこ
とだ。常識に捉われない自由闊達な思考をすることから、山本の信頼は厚かったが、
部屋に篭りっきりで、香を炊いて褌一丁で考え込むなど、余りにも奇矯な振る舞い
をすることから、口さがない者は、先任ならぬ仙人参謀だの、変人参謀だのと陰口
を叩いていた。
「ですが、やはり納得いきません。やはり艦隊決戦においては、戦艦こそが主役と
なるべきです。国民の戦意高揚の点から言っても……」
「だからこそ、戦艦によって勝ちを収めるために、航空機を有効活用せねばならん
のだ。まさか、今の我が国の戦艦部隊で、米海軍の精鋭を相手に出来ると思ってい
る訳はないだろう?」
「それは確かにそうですが……」
「それに、戦艦だってまだまだ捨てた兵器じゃないさ。使い方さえ誤らなければ、
立派に働いてくれる筈だ」
そう言われては、筋金入りの大艦巨砲主義者で通っている宇垣も、引き下がるし
かなかった。
「もっとも……」
と、山本は付け加える。
「この作戦を使わずに済むに越したことはないのだがな……」
1941年7月23日 ハワイ沖
紺色の海面に、40隻余りの艦艇が遊弋していた。真夏の南国の強い日差しを浴
びて、ライトグレーの塗装が白く輝いているように見える。なかでも、城壁を思わ
せるような巨体を一列に並べている一群の巨艦は、強烈な存在感を放っていた。
合衆国が誇る、三年計画戦艦16隻を含む、太平洋艦隊22隻の戦艦群である。
10日前に編入されたばかりの、サウスダコタ級戦艦6番艦「ノースカロライナ」
にとって、初の砲撃演習だ。
「提督、標的艦の準備が出来ました」
旗艦「サウスダコタ」艦橋で、ウィリアム・スミス太平洋艦隊参謀長が報告する。
「うむ、では始めるとしよう。砲撃開始!」
ハズバンド・キンメル司令長官が、号令を下した。
次の瞬間、「ノースカロライナ」の、右舷に向けられた12門の50口径16イ
ンチ主砲のうち、各砲塔1門ずつの4門が火を噴いた。大音響と共に放たれた砲弾
は、数十秒の間に22000メートルの距離を飛び越え、標的艦を務める旧式戦艦
「ノースダコタ」の右舷に、4本の水柱を上げた。
「着弾……いずれも遠弾です」
「まぁ、最初はこんなものだろう」
初めての砲撃で命中弾を得られるなど、よほどの幸運に恵まれていてもそうそう
出来ることではない。だが、こうして訓練を積み重ね、命中率を上げて行けば、
「ノースカロライナ」は申し分のない戦艦となる筈だ。
実際、この艦のカタログデータは優れていた。ネームシップの「サウスダコタ」
以下、「インディアナ」「マサチューセッツ」「モンタナ」「アイオワ」、そして
今砲撃訓練中の「ノースカロライナ」の6隻は、いずれも1910年代末に立てら
れた、三年計画と呼ばれる建艦計画に基づいて建造された艦だ。ワシントン条約に
よって建造計画は大幅に遅延したものの、その間の10年間に培われた新技術を盛
り込むことによって、より一層の性能強化が図られ、結果的に、この建造延期はプ
ラスに働いていた。その最たるものが、艦中央部に聳え立つ、煙突と一体化したよ
うな(いわゆる、マック構造と言う奴だ)尖塔状の艦橋だ。
当初の計画では、このクラスの艦の艦橋構造物は、米戦艦の伝統とも言える、鋼
管で編み上げたような特徴的な篭マストを、艦橋上部と煙突後方の2ヶ所に設置す
る予定だった。この構造は、軽量で安定性が高い上に、被弾にも強く、考えられる
限り最良の構造とされて来た。だが実際は、強風や衝撃に弱い上に、大き過ぎて被
発見率が高く、おまけにレーダーのアンテナの設置にはまるで不向きだったため、
条約前に建造されたメリーランド級を最後に廃止された。
その他にも、対空火器の強化やレーダーの装備、水中防御の見直しなど、条約期
間内の10年間の技術進歩は目覚ましく、その意味でもサウスダコタ級とレキシン
トン級は、完全に一皮向けた新世代の戦艦と言えた。これに前述のメリーランド級
を加えた16隻が、三年計画戦艦と呼ばれる、現時点では世界最強の戦艦群だった。
それを補佐する、空母・巡洋艦・駆逐艦と言った補助艦艇群も充実している。特
に空母は、合衆国が保有する正規空母4隻が、全て配備されていた。排水量198
00トン、100機の搭載機数を誇るヨークタウン級の「ヨークタウン」「エンター
プライズ」「ホーネット」、それに実験空母ながら、84機の搭載機数を誇る「ワ
スプ」だ。
合衆国が、これだけの戦艦部隊を建造したのは、ひとえに第一次世界大戦の戦訓
があっての事だった。すなわち、『艦隊決戦に勝利したものが戦争に勝利する』と
言うことだ。そのために合衆国は、他国のいかなる艦隊にも圧倒的な優位を確立し、
国際社会における確固たる地位を占めるべく、最良にして最強の艦隊決戦兵器たる
戦艦を大量に建造したのだ。
(これだけの戦艦が揃っていれば、16インチ砲搭載艦を2隻しか持たぬ日本海軍
など、恐るるに足りぬ)
その信念を持っているだけに、日本が建造した大量の空母は、キンメルの理解の
範疇を超えていた。
「それにしても、何故日本軍はせっかく建造していた天城級巡洋戦艦や紀伊級戦艦
を、空母にしてしまったのでしょうか?」
スミスが疑問を投げかける。
紀伊級が竣工して、その姿が公開された時、欧米の海軍関係者は一様に目を剥い
た。だが、空母の攻撃力が認識されていなかったため、誰もが設計変更による空母
化だと思い込んだ。当初から空母として計画されていたことに気付いた者はいなか
った。
「大方、建艦予算が足りなかった「「と言ったところじゃないかな。確たる財政の
裏付けもなしに、大量の戦艦を建造しようとしたから、ボロが出たと言ったところ
だろう。どのみち、どれだけ空母がいようと、洋上を高速で走り回る軍艦に、飛行
機から投下する爆弾や魚雷など滅多に当たらんさ。仮に、彼らの飛行機にそれがで
きるとしても、飛行機が積める程度の爆弾や魚雷で戦艦に致命傷を与えることは出
来んよ」
特に、我が合衆国が誇る三年計画戦艦にはな「「キンメルは、そうつけ加えた。
それだけの自信をキンメルに与える三年計画艦の性能は、列強各国が保有する、
いかなる主力艦をも凌ぐものだった。
戦力の中核を為すサウスダコタ級は、全長226メートル、排水量47000ト
ン。長砲身16インチ砲を3連装4基12門搭載し、世界最強の打撃力を誇る。速
力こそ23ノットとやや鈍足だったが、その攻防性能は、あたかも世界に冠たる合
衆国の力を象徴するかのようだった。
レキシントン級巡洋戦艦「レキシントン」「サラトガ」「レンジャー」「コンス
テレーション」「コンスティテューション」「ユナイテッドステーツ」。全長260
メートル、排水量49000トン。サウスダコタ級と同じ50口径16インチ砲を、
連装4基8門搭載する。攻防性能はサウスダコタ級に譲るが、速力は33ノットと、
空母機動部隊にも随伴可能な高速力を発揮出来た。もっとも、キンメルにしてみれ
ば、この艦を空母の護衛などと言うもったいない使い方は、死んでもする筈がなか
ったが。サウスダコタ級と同じく、煙突と半ば一体化した、尖塔状の艦橋を持って
いたが、本級は、その後ろにもう一本煙突を備え、倍加したボイラーからの排煙に
対処していた。
メリーランド級戦艦「メリーランド」「コロラド」「ウェストバージニア」「ワ
シントン」。全長192メートル、排水量32000トン。前ワシントン条約型戦
艦の中では、合衆国海軍内でもっとも強力な艦だ。45口径16インチ砲を連装4
基8門搭載し、抜群の防御力を誇る。21ノットと鈍足なのが欠点だったが、この
攻防性能を以ってすれば、それを十分に補って余りあるものと期待されていた。
この他、テネシー級、ペンシルバニア級、オクラホマ級と言った旧式戦艦がいる。
いずれの艦も、50口径14インチ砲を10〜12門搭載している。三年計画艦に
比べれば、格下の感は否めなかったが、日本海軍の大半を占める14インチ砲搭載
艦に対しては、十分な戦力と言えた。
「第四斉射、目標を夾叉。以降、全砲門一斉射撃に切り替えます」
「早いな、もう夾叉が出たのか」
スミスが、驚きの声を上げる。
「幸先がいいじゃないか、参謀長。これだけ運の強い艦なら、戦場でも存分に働け
るだろう」
「第六斉射、目標に命中弾、少なくとも1!」
伝声管を通じて入って来る観測員の声は、弾んだものだった。
1941年11月1日 東京
この日の御前会議で、12月までに対米交渉がまとまらない場合の開戦が決定さ
れた。事実上の、開戦決定である。天皇の意志は、最後まで避戦にあったようだが、
政府首脳部で、開戦派が圧倒的多数を占めるようでは、折れざるをえなかった。
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