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ベツレヘム777 第15話 リーベルG
★内容
ディスプレイに浮かび上がったのは、グレイヴィル市長と同年代の黒人だっ
た。<ジブラルタル>コロニー保安軍司令官というよりは、気のいいパン屋の
店主と紹介された方が納得する人間が多いだろう。
『やあ、キャサリン』ウェイ大佐はハンカチで額の汗を拭きながら、親しげに
挨拶した。『忙しいところをすまないな』
「そっちこそ、忙しそうね」いつもならば、数分間は軽口を叩き合うのだが、
今日はグレイヴィル市長にそのつもりはなかった。「早速だけど、ここでの騒
ぎは耳に入ってるでしょうね」
『ああ。もちろんだ。すまなかったな』
「仰々しく謝罪の言葉を並べないところがあなたらしいけど、こっちも笑って
すませるわけにはいかないわ。どういうこと?最近、保安軍は募集要項に、ソ
ウルズ可の項目を追加したの?」
『まず知っておいてもらいたいのは、こっちもそちらに劣らず大混乱に陥って
いるということだ。ベレン少佐……例のリエゾンだが、私が3年も使ってきた
優秀な将校だったのだ。むろん、全ての保安軍兵士に対する心理・思考テスト
は厳格な監査体制のもとで、90日に一度実施されている。一番最近のテスト
は20日前だ。もちろんベレン少佐には何の問題も見られなかった』
「にもかかわらず、あの男は私に銃を向けたのよ。忌むべき言葉を口にしなが
らね」
『遺憾なことだ。テストの規格を見直さなければなるまいな』
「その件はこちらからも適当なチームを作るわ。ところで、そもそも、そちら
が寄越した報告のことだけど、その後も破壊活動は続いているの?」
『さらに9件が報告されている。今のところ、保安軍を総動員して抑え込んで
いるから、何とか大騒ぎにはならずにいるが、それも時間の問題だ。あんたに
連絡したのは、非常事態宣言の発令を考えてもらいたいと思ったからなんだ』
「S警報?」
『そこまで行くとは限らん。とりあえずB級警報で充分だろう。市民の外出を
禁止し、保安軍に警察機能を付与する。これだけでも、かなりの割合で人的被
害を防ぐことができる。それにB級であれば、市長権限で発令可能だ』
「後で市議会に釈明しなければならないのは私なのよ」グレイヴィル市長は苦
々しげな表情を作った。「<ジブラルタル>市政上、最初にB級警報を発令し
た市長になるのね」
『下らない見栄などにこだわっていると、取り返しがつかなくなるぞ。このま
ま混乱状態が拡大していけば、原因を突き止めることなどできなくなる』
「原因?そう言えば外的要因という言葉があったわね」グレイヴィル市長はレ
ポートを取り上げて、用紙の手触りを楽しんだ。「何のこと?」
『ついさっき、暫定的報告が上がってきた』ディスプレイの中で、ウェイ大佐
は何かを操作した。『波長820ナノメートルの不可視レーザーパルスが、正
確にコロニーのソーラーパネル受光部を直撃していることが確認された。<ジ
ブラルタル>以外のコロニーでも同様だ。まだ追試中だが、これが人間の脳波
パターンに干渉しつつ、別のパターンへと変化させるらしい。一種のサブリミ
ナル・パーセプションだ。このパルスの影響を受けている市民に共通項は発見
されていない。どうして、ある市民が突然、神の名を叫び始め、別の市民はそ
れを嫌悪しているのかは不明だ』
「発振源は?」グレイヴィル市長は訊き、ウェイ大佐が答える前に続けた。「
当ててみましょうか。地球でしょう?」
『正解、と言いたいところだが、80点だ。パルスは地球軌道のステーション
の一つから発振されている。当ててみるかね?』
「<ベツレヘム>ね」
市長と大佐は、たっぷり60秒間、沈黙の時が流れるにまかせた。グレイヴ
ィル市長は床に唾を吐きたくてたまらないのを、何とか我慢していた。
「やはり存在を確認した時点で、フォルティッシモに公式予算を割り当ててお
くべきだったわね。全く後知恵というのは、どうしてこうも役に立たないのか
しら」
『やむをえんよ。その時点で<ベツレヘム>が何らかの脅威になると予想した
者は一人もおらんかったからな。私だって市政30周年記念行事として、破壊
することに賛成した』
「ffの進行状況はどうなの?」
『あんたの考えていることはわかるが、先にネガディブと答えておこう。よう
やく基本構造の4割が組み上がったにすぎない。コア構造部分のいくつかは、
まだ設計段階だしな』
「試験発射も不可能なの?」
『エネルギーシステム系統には手もつけておらんからな』ウェイ大佐は肩をす
くめた。
「つまり、このまま手を拱いて、ネオ・ソウルズが次々に誕生して、神の名を
叫びながら破壊活動をするのを見ているしかないと言うの?」
『パルスを単純に遮断するわけにはいかない。そんなことをすれば、太陽光の
大部分を遮ることになってしまい、<ジブラルタル>全体にエネルギー麻痺を
引き起こす。現在、コロニー間ネットワークシステムと、軍用情報リンクを使
って、逆位相波長の干渉波をぶつけて打ち消す作業を技術部に命じてある』
「効果あるんでしょうね?」
『おそらくな。だがエンジニアの話では、間に合わせの処置だから、敵が波長
を変更してきたら、設定をやり直さなければならない』
そのとき、ディスプレイの一部が点滅し、別の通信が入っていることを知ら
せた。
「わかったわ。とにかく、打てる手はみんな打ってちょうだい。B級警報に関
しては1時間待って事態が好転しなかったら、発令することを約束するわ」
『また連絡する。この回線は確保しておいてくれ』
ウェイ大佐は敬礼などせずに消えた。グレイヴィル市長は回線を切り替えた。
「私よ」
『スーザンです』グレイヴィル市長のアシスタントの一人が現れた。『サオリ
お嬢さんの行き先に関して情報が入りました』
「どこなの?」
『第2プラットフォームで400クラスのカーゴシャトルが一隻、運航スケジ
ュール外の発進をしていることが確認されました。何者かがシステムに侵入し
て、発進許可を発行したようです。お嬢さんたちがいなくなった時間から計算
すると、このシャトルで<ジブラルタル>外に出た可能性が大です。発見がこ
こまで遅れたのは、同時にシステムログに改竄が加えられていたためです』
グレイヴィル市長は頭を抱えた。
「あのばか娘は……」口の中で実の娘を罵ると、市長は訊いた。「それで、行
き先は?」
『現在NセクタのDSTログをチェックしています』スーザンは答えた。『正
確なトラッキングには、まだ時間がかかりますが、おおよその方向はつかみま
した。地球方面です。トラッキングシステムの暫定的予測では、軌道ステーシ
ョンのどれか、もしくは軌道エレベータポートとのことです』
グレイヴィル市長は青くなった。
『トレース完了次第、またご報告します』
スーザンの画像が消えてからも、グレイヴィル市長の顔色は元に戻らなかっ
た。<ベツレヘム>ステーションの存在は、2つを除いた、あらゆるデータベ
ースから削除されている。1つは保安軍機密DBであり、1つは市長専用DB
である。どちらも考えられる限り厳重で最新のセキュリティブロックでガード
されているのは言うまでもない。サオリは市長の娘ということで、かなり多く
のSAC(セキュリティ・アクセス・クラス)をクリアしていたが、これらの
データベースに届くほどではない。そもそも、そのような高度なハッキングは
サオリの手には余るだろう。
そう考えて、少し安心したグレイヴィル市長は、サニルとダイ・ジャーラン
のことを思い出して、胸が悪くなるような不安を再燃させた。どちらも、OS
に関しては教育課程で要求される以上の知識を備えているし、普通の市民より
も機密データベースにアクセスしやすい環境に育っている。これにサオリの飽
くなき好奇心が加わったならば……
頭を激しく振って、グレイヴィル市長は想像するも恐ろしい考えを払い落と
した。よりによって、サオリたちが今回の事態の引き金になったなど。母親と
しても市長としても考えたくはなかった。
先ほど要求した、要観察者の現状レポートが届いていた。それを読もうとコ
ンソールに手を伸ばしたとき、優先度Aの緊急通信が割り込んできた。相手は
情報担当アシスタントの一人だった。
『市長。2分前、S34セクタに出動していた保安軍の一個小隊が、司令本部
との連絡を絶ち、市民に対して無差別攻撃を始めたとの情報が入りました』
つづく