AWC ベツレヘム777  第14話       リーベルG


        
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ベツレヘム777  第14話       リーベルG
★内容

 サオリたちが驚きと不審を、表情と音声とで表現している頃、およそ40万
キロメートル離れた空間でも、同様の表現をしている人間がいた。その人間は
女性で、奇しくもサオリの近親者であった。
 ラグランジュ・ポイントとは、地球と月の重力がぴたりと安定する空域を示
す。ここにコロニーが浮かんでいる最大の理由は、その重力の影響のなさであ
る。重力に干渉されないということは、外部からの余分な力を心配する必要が
ない分構造計算が楽になるし、重力偏差による軌道修正を行う必要もない。船
舶の発着時の軌道演算も代入する変数が少なくなる分簡単になるし、結果も誤
差が極めて小さくなる(軌道計算は必ず誤差が出る)。きわめてコストパフォ
ーマンスに優れた空域だと言える。
 現在、ラグランジュ・ポイントに浮かんでいるコロニーは4つ。建造順に、
<ギオン>、<シヴァルツシュルト>、<リンカーン>、<ジブラルタル>と
名前が付いている。その他にも建造中の<マルセイユ>がある。
 <ジブラルタル>の市長、キャサリン・グレイヴィルは、たった今届いた報
告を読み返した。それは貴重な紙に印刷された報告書だった。コロニーの限ら
れた植物資源から、単なる記録用紙としての紙を作ることは、許されない贅沢
である。紙が使用されるのは、コロニー間の最重要な条約を締結する場合か、
コロニーの市長が利用する、最高度のセキュリティを有したコミュニケーショ
ンシステムさえ信頼できない報告が届けられる場合のみだった。
「この報告は確認したんでしょうね?」49歳のグレイヴィル市長は、知性に
満ちた、と評される黒い瞳で、リエゾン(連絡将校)を見上げた。
「完全に確認されています、市長」少佐の襟章をつけたリエゾンは無表情に頷
いた。「司令官は早急にこの件で会見したいと」
「潜在的ネオ・ソウルズの急激増加……」グレイヴィル市長は、恐ろしそうに
呟いた。「なおも増加の見込み……明らかな外部干渉あり。この外部干渉とは
一体何のこと?」
「正体不明の条件的思考ノイズが、市民に干渉しているものと推測されていま
す。偶然ですが、要観察者の脳波を測定していた医療技術者が、数値の異常な
乱れを記録しています。今から1時間ほど前のことです」
「ジェンキンズ」グレイヴィル市長は、コンソールにずらりと並んだコールボ
タンの一つに触れた。「ただちに、<ジブラルタル>内の全要観察者について
の現状報告を出すこと。レポートは直接、私のデスクに届けて」
 リエゾンは無表情に続けた。
「報告されているだけで、8件の人的、物的破壊活動が発生しています。いず
れも、ソウルズ……要観察者が加害者です」
「エミー」グレイヴィル市長は別のコールボタンに触れて命じた。「2時間前
からの、市内での犯罪活動報告レポートを届けて。以後、保安軍からの報告を
リアルタイムで私のデスクに反映させるように」
「公式の確認は取れておりませんが、他のコロニーでも同様の事態が生じてい
るようです」
「まずいわね」グレイヴィル市長は考え込んだ。「何が起こっているのかしら。
わかりました。とりあえず、保安軍司令官とは早急に会って対策を講じなけれ
ばならないわね。会見の時間はこちらから連絡します。ご苦労様でした」
 ところがリエゾンは、市長のデスクの前から去ろうとしなかった。足に根が
生えたように立ち続けている軍人を、グレイヴィル市長はいぶかしげに見上げ
た。
「下がっていいわよ、少佐」
 リエゾンは口の中で何かつぶやいた。
「え?何ですって?」
「主イエスは言われた」震える声でリエゾンは唱えるように、その言葉を口に
した。「こうしてイザヤの預言が彼らの上に成就したのだ。『あなた方は聞く
には聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。この民の心
は鈍くなり、その耳は聞こえにくくなり、その目は閉じている。それは彼らが
目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めて癒されることがないためであ
る』アーメン!」
 心の底からの恐怖に襲われながら、グレイヴィル市長はとっさに緊急専用の
ボタンを足で踏みつけた。
 すぐに執務室のドアが開き、保安要員の制服を着た四人の男女が、ハンドガ
ンを手に、勢いよく飛び込んできた。
「ああ、エルサレム、エルサレム」リエゾンは、保安要員たちを見つめながら
唱えた。「預言者たちを殺し、お前につかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。
ちょうど、めんどりが翼の下にその雛を集めるように、わたしはお前の子らを
幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとし
なかった。見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。わたしは言っておく。
『主の御名によってきたる者に祝福あれ』とおまえたちが言う時までは、今後
ふたたび、わたしに会うことはないであろう」
 リエゾンは言葉を切った。その顔はもはや無表情ではなく、軍人らしい力強
ささえ消えていた。額に汗を浮かべ、恍惚感を味わっている顔がそこにあった。
彼はゆっくりとホルスターからハンドガンを抜いた。
 同時に保安要員たちが発砲した。全弾がリエゾンの身体に撃ち込まれ、頑健
な身体がぐらりと揺らぐ。しかし、リエゾンは笑みを浮かべながら、ハンドガ
ンを持ち上げるとトリガーを絞った。保安要員の一人が、額の中心を撃ち抜か
れて倒れた。
 ドアからさらに6人の保安要員が飛び込んできた。
「剣をさやに納めなさい」リエゾンは口から血を吐きながら言った。「父がわ
たしに下さった杯は、飲むべきではないか」
「ソウルズ!」一人の保安要員が叫び、その言葉が他の保安要員にトリガーを
絞らせた。
 50を越える弾丸が、続けざまにリエゾンの身体に撃ち込まれた。さすがの
軍人も、その場に倒れる。保安要員が駆け寄って、手からハンドガンを蹴り飛
ばした。
「祝福あれ」リエゾンは最後の呼吸で、切れ切れに言葉を放っていた。「天に
は平和……いと高きところには……栄光あれ……」
「死亡しました」リエゾンの脈を取った保安要員が言った。
「市長、お怪我は?」
「ええ、大丈夫。死体を片づけてちょうだい」グレイヴィル市長は目にするの
も汚らわしいとばかりに手を振った。「何ということなの。最高機密を伝達す
る保安軍の将校にまで、ネオ・ソウルズがいるなんて。大至急、保安軍司令官
ウェイ・イーミン大佐に連絡をつけて。場合によっては、<ジブラルタル>全
市にS警報を出さなければならないわ。市議会のメンバーを緊急に召集して」
 保安要員たちが、清掃ポッドを数台連れてきた。たちまち、死体は運び去ら
れ、血の海となった敷物が交換されていく。それを見ながら、グレイヴィル市
長は、コールボタンの一つを押した。
「スーザン。あの子たちは、まだ見つからないの?」
『申しわけありません』女の声が答えた。『<ジブラルタル>内部はくまなく
捜索しましたが発見できません。現在、他市の保安当局に非公式の問い合わせ
を送っているところです』
「何でもいいから、さっさとあのバカ娘を連れ戻してちょうだい」
 相手の返事も待たずにリンクを断つと、グレイヴィル市長は忌々しげにつぶ
やいた。
「サオリったら。全く、この非常時にどこに行ったのかしら」
 コンソールでコール音が鳴った。グレイヴィル市長がスイッチを叩くと、リ
ンク担当事務官が報告した。
『市長。SSOCウェイ大佐から連絡が入っています。機密回線です』


                                つづく





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