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わが恵み、なんじに足れり(仮題) 第3章 香田川旅出
★内容
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わが恵み、なんじに足れり(仮題) 第3章
香田川旅出
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「高明……高明……」
遥か遠くから呼びかける、女性の優しい声。
「高明……高明……」
また声。今度は男性だ。20代くらいか。
どこかで聞き覚えのある声を耳にし、高明は目を開け、体を起こす。気が付
くと、彼は地面の上にいた。
そう、そこは地面としか表現のしようがない。見渡す限り、草木も花も建物
もなく、それどころか人の姿も、生き物の影すらも見えない、ただところどこ
ろ凸凹のあるだけの黄土色の地面が、360度果てしなく続いている。そんなた
だ広いだけの大地の真っ只中に、小さな彼は独りポツンと座っていた。
小さな彼――そう、その時、高明は2歳の姿になっていた。
「高明……高明……」
またさっきの女の声。高明は、声のする方向に目をやる。そして、その方向
の遥か向こうに、彼はやっと二人の人間の姿を確認する。
「……母ちゃん!……父ちゃん!」
その二人は、松田誠三(まつだ・せいぞう)・道代(みちよ)夫妻――高明
の両親だった。それに気付いた高明は、半ば反射的に二人のいる方向へ走り出
す。しかし、行けども行けども、両親の姿は大きくならない。錯覚だろうか、
むしろかえって自分から遠ざかって行くような気さえ、高明には感じられる。
「待ってよおっ!」
賢明に走りながら、高明は自然と叫び出す。
「……高明、もう一人でも大丈夫よね?」
いよいよ遠ざかりながら、道代は高明に話しかける。
「……高明、お前は男の子だ。父さんのように強く生きるんだぞ」
続いて誠三の声。
「やだよおっ! 独りにしちゃやだ!」
息を切らしながら、走り続ける高明。しかし、まるで二人に近付けない。
「……さようなら、高明」
道代はそれだけ言うと、高明に背を向け、夫と共に向こうへ歩き出す。
「やだあっ! 行っちゃやだっ!」
そう高明が叫んだ瞬間、高明の目の前で突然火柱が上がった。
「ワーッ!」と悲鳴を上げ、慌てて立ち止まる高明。見ると、高明の周りだ
けを残して、大平原はいつの間にか火の海と化していた。そして、揺れる大き
な炎の隙間から、遥か向こうで去り行く両親の、陽炎に揺れる後ろ姿だけが見
えた。
「助けてっ!……父ちゃん!……母ちゃん!」
「……はっ!」
カバッっと起き上がる自らの動きで、やっと28歳の高明は現実に引き戻され
た。
「またか……」
8号室の真ん中に敷いた布団の中で、高明は独りつぶやく。誤って火を見て
しまってから数日後の夜、必ず見てしまう悪夢が、今回もまた繰り返された。
外はまだ暗かった。ふと枕元の時計を見ると、針は5時過ぎを指していた。
高明は、2歳の時に実の両親を、突然自宅を襲った火事で亡くしている。そ
の事が幼い高明にとっては余りに衝撃的過ぎたのだろう、その時の光景を、高
明は全く憶えていない。まして、自分だけがその時どうして助かったかなど、
当の高明にも判らない。
ただはっきりしているのは、火を見ることが出来ないという今日の高明の弱
点が、この時の体験に起因しているということだけだった。
――そんな事を想い巡らしていた高明の頭上で、いきなり電話のベルが「ジ
リリリリーン!」と鳴った。
〈何だ、こんな時間に〉
そう想いながら、ゆっくりと布団をめくり上げ、机の上に置かれた電話機に
向かう。見ると、上に電話機を置いた弁当箱大の機器の赤ランプがチカチカと
点滅していた。
〈ベータか……〉
そう頭の中でつぶやくと、高明を受話器を取った。
「ハロー!……何だ、マリーか。今こっちは何時だと……えっ?……うん……
うん……判った。すぐそっちに行く!」
受話器を置くと、高明は即座に軽くジャンプし、一瞬の閃光を残して部屋か
ら姿を消した。テレポーションの行き先は、ベータ世界、李衆(りしゅう)民
主連邦共和国革新(かくしん)市にある高明の本宅。向こうは今午前9時――。
さて――ここまで話が進んで、作者は困ってしまった。
今回の話の舞台は基本的に東京だし、ベータの事は今回の本筋には全然関係
ないので、本当はベータの事は避けて通りたかったのだが(話がややこしくな
るだけだしねえ)、どうやらそうもいかなくなってきたようだ。
そんな訳で、何とも唐突で申し訳ないが、ここで香田川旅出の物語群の統一
舞台である“ベータ世界”について解説することにする。
今回の話も含め、香田川旅出の物語世界においては、“全宇宙”は五つの次
元で構成されている。
縦・横・高さの3次元、これに時間を加えた4次元に、更に「第4空間次元」
を加えた5次元。
この5次元全てを見通す能力を持った者によると、“この世”は無限の広さ
を持つ、1枚の紙に喩えられるという。つまり、その紙の上に引かれた1本の
直線が、我々にお馴染みの3次元空間であり、その直線から垂直に伸びる軸が
時間という訳である。
そして、“紙”というからには“表”と“裏”がある訳で――通称「アルフ
ァ」と呼ばれる“表”の世界が、我々が普段意識する“全宇宙”であり、その
中に我々、作者と読者が住む地球も存在する。しかしながら、「ベータ」と呼
ばれる“裏”の世界もまた一つの“宇宙”であり、そこには全く違った地形と
国家を有する、もう一つの地球が存在し、普通なら我々がその存在すら知るこ
との出来ない、もう一つの人類がそこにいる。――もっとも、この全宇宙の創
造主なる神からすれば、アルファ・ベータの両人類を併せて、一つの人類と呼
ぶべきものなのだろうが。
第1章で私、作者は、高明が一時期「この世界から忽然と姿を消した」と書
いた。しかし、これは正確ではない。本当は、アルファからベータへ、つまり
「この世から、もう一つの“この世”へ」飛ばされたに過ぎないから。
でもって、高明の活躍の殆どはベータでの事だったりするので、アルファの
人間――つまり我々は本当ならそれを知るよしもない。
――てな訳で、話は李衆から更に飛び、その隣国である名東(めいとう)民
主連邦共和国開到(かいとう)市にある開到超者会館ビルへ移る。ここには、
世界超能力者協会(TAP(トー・アー・ポー))中央本部がある。現在、東
京で午前7時、李衆・革新で午前11時、そして、ここ名東・開到で正午。
「――また“ピーピング・トム”か?」
松田高明TAP理事長はビルの中、理事会会議室へ向かう廊下を、コツコツ
と軽い足音を立てて歩いていた。
「ええ。全く、これで3回目よ」
高明の傍らで共に歩くのは川上万里子(かわかみ・まりこ)、28歳。通称マ
リー。ベータ世界の女性超能力者の頂点に君臨するTAP婦人部長であり、つ
いでに言えば――高明の奥さんである。
世界超能力者協会――ベータに住む、1万人とも2万人ともいわれる超能力
者を事実上統括する超国家組織。とは言っても、地域ごとに存在していた各組
織が一つに統合され、TAPが誕生したのは1年半ほど前のこと。旧組織の伝
統を引き継いでいるとはいえ、TAP自体はまだまだ若い組織であり、そんな
中での協会員の不祥事は、組織そのものを揺るがしかねない重大事態である。
「トムにすれば、ただ過去に戻って歴史を眺めていただけのつもりなんだろう
が――本当ならそこにいる筈のない人物が存在していたというだけでも、歴史
の保護という観点からすれば危険この上ないことなんだがなあ」
と、苦い表情で高明が喋っていたところへ、後ろからこんな声が。
「それは違うな、タカ」
高明と万里子が振り向くと、話に割り込んできたのはポール・マッコビー理
事。26歳と高明より若いが、それでも反理事長派のリーダー格だ。
「何のことだ、マック」
「では聞こう。そもそも何故、時間移動は違法なんだ?」
「知れた事を。もしそこにいるべきではない人がいれば、意図的であろうと偶
然であろうと、歴史に影響を与えかねないからだ」
「確かにそう言われている。しかし、それは超能力者の力を過大評価し過ぎた、
間違った論理だ。現実には、人間一人ぐらいで影響を受けるほど歴史はやわじ
ゃない。それが証拠に、過去の2回も今回も、歴史に何の影響も与えていない
ではないか」
「たとえそうだとしても、時間移動が違法だということは、我々超者(ちょう
しゃ)社会と一般社会との契約によって決まったことだ。確かにこれまで我々
は穏便に済ませてきた。これまで実害はなかったし、君がそうやってトムを弁
護してきたからな。しかし、違法行為をこれ以上繰り返されると、一般社会に
対するTAPの信用を損ないかねん」
超者とは、超能力者の略――と、一応解説。
「俺も黙って見過ごせと言っている訳ではない。しかし、“聖3箇条”が示す
通り、歴史に介入しようとする者は、必ず歴史から反撃を受け、処罰される。
それは、我々の先人たちの記録からも明らかだ。我々が手を下すまでもない」
「確かに過去においてはそうだった。しかし、それが現在や未来においてもそ
うなるという保証はどこにもない」
「やめなさい!」
たまりかねて、万里子が二人を怒鳴りつける。「全く、コーちゃん(高明の
こと)とマックが顔を合わせると、いつもこうなんだから。そういう議論は理
事会室の中でやりなさいよ。ほら、もう時間が来てるわよ」
それだけ言うと、万里子は一人つかつかと理事会室に向かって歩き出した。
「おい、待てよ、マリー」
高明とマッコビーも慌てて万里子を追うように付いて行く。もっとも、互い
に相手を睨み付けたままだったが。
結局この日の臨時理事会は、トム・ベイリー会員を時間移動を重ねて犯した
件で無期限謹慎処分としたが、マッコビー理事の意見を入れて、歴史云々では
なく、時間移動行為自体に対する処分であることを明記することになった。
しかし、この時理事会のメンバーは忘れていたようだ。合法的に時間移動で
きる人物がたった一人だけ、この世にいることを――。
(第3章・完)