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★タイトル (BYB ) 97/ 3/ 8 2:19 ( 68)
チャンバラ小説3 つきかげ
★内容
仏生寺について書きたいことは、一通り書いた。次は、宮本武蔵とその時代に
ついて、書いてみたい。といっても、私は吉川英治の宮本武蔵すら読んでいない
ので、大したことは書けないが。
宮本武蔵の時代は、戦国時代の後しまつを行う時代だったと思う。そうした中
で、剣の技術がどのような意味を持つのかが、ひとつのポイントだと思っている。
戦場では、剣は役にたたないらしい。戦場では、鎖帷子を着ていたり、鎧を着
ていたりする為、剣で斬りつけても剣が折れるだけのようだ。
戦国時代の武将と呼ばれる人は、あまり武芸者に興味を持たなかったようだ。
戦場で役にたたないものに、興味を示さないのは無理もない。戦国時代は鉄砲ま
であったのだから、剣の技術を学ぶ意味は薄れていたのだろう。
武芸に興味を持ったのは、徳川家康のようだ。家康が天下をとった後に、大名
たちは、武芸に興味を持ったのではないか。
家康が武芸に興味を持ったのは、平和な時代の戦争形態を予測していた為では
ないかと思う。平和な時代の戦争形態というのは、奇妙な言葉だが、いいたいこ
とは、テロルが戦争に代行される時代になるということだ。
近代でいうと、冷戦時代の特徴として笠井潔が言ってることだが、「犯罪の戦
争化、戦争の犯罪化」といった事態が進行していくという。例えば、大国が属国
を支配したが、その支配を支持しないものは武装集団としてゲリラ活動を行うと
いった状況、具体的にはベトナム戦争を考えてほしい。
ベトナム戦争は、アメリカとベトナムの戦争ではなく、ベトナムの内戦、極端
に言えば、政府が犯罪結社と戦ったともいえる。こうした状況と同じような現象
が、戦国時代後の日本にも起こりうると家康は考えたのではないか。
いわゆる宮本武蔵の時代の武芸は、素肌刀法と呼ばれている。つまり、戦場で
はない、武装していない状況での戦闘を想定している。ようするに、武芸とは、
カウンターテロルの体系であると考える。
カウンターテロルとは現代でいう、イギリスのSASや、ドイツのGSG9と
いった、スペシャルフォースのやっている事である。人質の奪回や、テロル組織
への攻撃。
家康の採用した武芸者は、柳生であった。私は、柳生の特徴を以下のように考
えている。
@情報収集を体系の中に組み込んだ。
A一対多という概念を体系化した。
元々、当時の武芸者同士の試合には正々堂々とか卑怯とかいう概念は無かった
ようだ。よって相手の戦力、弱点を事前に情報収集するとか、多人数で相手を取
り囲んで殺すとかいったことは、当たり前に行われていたらしい。
ただ、柳生のように、組織として情報収集専門の部隊を持っていたり、多人数
で一人の相手と戦う技法を明確に技術として持っているのは例がないと思う。柳
生は情報収集(デテクティブ)と機動警察(スワット)の二本立ての組織を持っ
ていた。カウンターテロルの組織としては、他の流派より優れていたと思う。
とすれば、当時柳生と共に将軍家の指南役であった小野次郎右衛門や宮本武蔵
はどう考えるべきだろうか。
剣を使った戦いというものについて、もう一度考えてみたい。戦場では役にた
たない。では、戦場以外では本当に役にたったのだろうか。
峰隆一郎氏は、真剣を持った者と、木刀を持った者が戦った場合、木刀が有利
と書いている。本当かよ、と疑いたくなるところである。
木刀を剣に叩きつければ、折れるのは日本刀のほうで、木刀は折れないらしい。
あるいは、杖術というのがあるが、杖のほうが剣よりバリエーションを持った攻
撃ができ、しかも、剣に杖を叩きつければ折ることができるらしい。
まあ、木刀で本当に剣が折れるかはともかくとして、メイスやフレイルのよう
に金具をつけた棍棒で剣を叩けば折れるだろう。そう考えると、金属でコーティ
ングした棍棒を持った者は剣の攻撃を受けれるが、剣を持った者は相手の攻撃を
受けれないという事になってしまう。
実戦でどの程度日本刀が有効であったか、疑わしい部分がある。日本刀は伝統
工芸品の一つである。伝統工芸とは何かというところからいくと、用と美の観念
につきあたる。すなわち、使用できるものであるが、美を備えており、鑑賞に耐
えうる美を備えている物が、使用することもできる。
この用と美の考えかたからいくと、日本刀を持つ者はその美も追求する立場に
有ったのではないだろうか。つまり、武芸というものにも用と美があったのでは
ないか。
用の側面が突出したように見えるのが、柳生。美の側面も見据えていたのが、
宮本武蔵。
剣を使った戦いというのは、実戦という概念を超えた特殊技能であったものと
思われる。その特殊性を視覚的に象徴して見せるのが、日本刀の持つ美ではない
だろうか。
又、剣豪、あるいは武芸者といった人々は、異能者としてある程度、特殊な立
場にあったと想定される。これについては、もう少し後で述べたい。