AWC チャンバラ小説2


        
#4967/7701 連載
★タイトル (BYB     )  97/ 3/ 3  23:40  ( 69)
チャンバラ小説2
★内容
  仏生寺は文字の読み書きが、全くできなかった。むろん百姓であったのだから、
教養が無くても不思議は無い。しかし、繰り返すが土方歳三も百姓であった。剣
を学ぶという事は、侍になる為の手段のはずである。文字を知らなくては、いく
ら剣が強くても、侍としては認められない。仏生寺は文字の読み書きができなか
ったがゆえに、中途半端な立場となった。
  土方は、百姓の出であったがゆえに、武士道にこだわったものと考えられる。
新撰組の法度は、ようするに武士道にもとる事を行ったものは死ね、と言ってい
るようにもとれる。侍になる事の執着が、剣へのこだわりを生むとすれば、仏生
寺はなんの為に剣を学んだのか。
  一般的な解釈でいけば、仏生寺は純粋に剣の道を追求したが故に、侍になる事
に執着しなかったということになる。ただ、先に述べたように仏生寺は蹴り技を
使った。これは、矛盾ではないか。
  つまり、蹴り技とは邪道である。純粋に剣の道の追求をしたのであれば、足技
を使ってまで人を斬る事はなかったように思う。千葉周作のように自ら流派を興
し、自分の剣を大成させればよい。
  私の考えでは、仏生寺は文字を学ぼうとしたと思う。蹴り技のような特殊な工
夫をしてまで、人斬りの技を身につけたのは、おそらく土方のように侍として認
められたかったのだと思う。
  実際、仏生寺は新撰組の局長、芹沢鴨と親交があったのだから、なろうとすれ
ば、新撰組の幹部くらいになれたはずだ。そうしなかったのは、文字を学ぼうと
努力しても学べない負い目があったのだろう。
  なぜ、文字を学べなかったのか。ここからは、完全に私の推論となる。私の考
えた可能性は、仏生寺は左脳に先天的になんらかの機能障害があったのではない
か。
  文字を理解する、又は書く能力を司る脳の部分は、左脳にある。そこに障害が
有ったため、学ぼうとしても学べなかった。
  もっと極端に想像を展開すると、私は仏生寺は白痴のサヴァンであったのでは
ないかと思う。白痴のサヴァンとは、先天的に左脳に障害のあるものにあらわれ
る、異能力者の事だ。
  具体的にいえば、映画のレインマンを想像してもらえれば、いい。あるいは、
山下清画伯も、サヴァンの例としてあげられている。ただ、サヴァンの例にあげ
られている事象の中に、剣、あるいは体技にすぐれた才能を示した例は無い。
  サヴァンとは例えば、
  @電光石火の計算能力
  A写真の記憶力
  B音楽の能力
  C絵画、彫刻の能力
  といったものが、あげられている。@は例えば、西暦2075年の3月18日
は何曜日かといった問いに対して、コンピュータ並の速度で返答できる事である。
Aは文字通り、見た風景を写真のように緻密に記憶できる能力である。Bは一回
聞いた音楽を、正確に演奏してみせるといった能力である。Cは文字通りであり、
写実的な絵画や彫刻を造る能力である。
  こうした能力は、私の考えでは、世界をあるがままに把握する事からきている
ように思える。通常、私たちは世界を無意識の内に象徴化しているように思う。
例えば、試しに絵を描いてみてほしい。人の顔を描くとした場合、私たちは輪郭
をまず線で描き、楕円で目や口を描き、縦線で鼻を現す。しかし、よく考えてみ
てほしい。
  私たちの見ているのは、陰影と色彩の集積である。デッサンを学ぶものは、ま
ず石膏像を陰影の集積として捉えることから始めるだろう。しかし、私たちは線
で顔を描き、なおかつそれを顔と認識する事ができる。これを象徴化の能力と考
えてほしい。
  左脳に障害があるという事は、象徴化の能力がかけてしまう事だ。その為逆に、
時として脳があるがままの世界をうけとめてしまう。電光石火の計算能力は、よ
うするに計算をしているのでは無く、巨大なカレンダーが脳内に展開されており、
それを検索していると考えればいい。
  写真の記憶は、象徴化を行わない状態での世界の記憶。音楽は、曲想を無視し
たところでの、純粋な音の記憶。絵画、彫刻にしても、写実的に、つまり、ある
がままに、世界を描く能力。
  では、仏生寺の能力は、どのようなものであったのか。私は、空間把握の能力
てであったと思う。つまり、相対した敵との距離を、正確に把握する事ができた
のではないか。これは、ようするに見切りである。
 見切りが非常に重要であるということは、確か宮本武蔵もいっていたと思う。
ミリ単位での空間把握ができたのであれば、相手の剣を紙一重でかわすことがで
きる。
  最小限の動きで相手の太刀をかわせれば、その後の攻撃は容易い。仏生寺の脳
の中には、空間があるがままに展開されていたのではないか。その中で、相手の
太刀筋を完全にシミュレートできたのではないか。
  私は、仏生寺を、右脳剣士と呼んでいる。





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