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わが恵み、なんじに足れり(仮題) 第2章 香田川旅出
★内容
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わが恵み、なんじに足れり(仮題) 第2章
香田川旅出
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隣町に入り、火事の現場まで約100mの所までやって来た高明と守だったが、
目に入った光景を見るなり、守は、
「何だ、こりゃ?!」
と思わず叫んだ。
ただでさえ狭い道の両側は違法駐車の自動車がズラリ。先ほど松田荘のそば
を通り過ぎた筈の消防車が、現場に近付けず、そこで立ち往生していた。
「路上に自動車を停めている人は、速やかに車を移動させて下さい! 消防車
が通れません!」
消防車の運転席から、若い消防士が拡声器を通じて何度も怒鳴っていたが、
2、3台が道を空けてくれた程度で、一向にらちが開かない。
高明が現場を見やると、そこでは1軒の家のあちこちから黒い煙が吹き出し、
その家を取り囲む群衆からは、
〈早く通してやれよ。持ち主は何をやってるんだ!〉
なんていう心理が見て取れた。こういう時は、他人の車にばかり目が行って、
自分の車が消防車を妨害しているという事実までは頭が回らないらしい。
業を煮やした守は、消防車の運転席のドアをノックし、中にいる消防士二人
に呼びかけた。
「何か手伝えますか!」
しかし、さっきまで拡声器のマイクに怒鳴っていた消防士は、これに対して、
「い、いや、何かって言われても……」
と、守にそんな言葉を漏らす。そりゃそうだろう。消火活動も何も、現場まで
近付けない状況で、一民間人に何が出来るとでも……。
と思いきや、運転席の向こう側にいた消防士のもう一方が、守の姿を見るな
り、
「お願いします! 消防車ごとテレポーションで一発!」
と叫ぶように懇願した。もっとも守は、
「いや、テレポーションはちょっと危険かと」
とあっさり却下する。
「何故です?」
「テレポーションは物体を一旦空間次元から離脱させ、任意の空間地点にいわ
ば投げ込む技。失敗すればどこへ飛ばされるか判りませんよ」
守はそう答えたが、実は守の能力なら99.9%以上大丈夫。しかし、他人を巻
き込む以上、0.1%以下でも曇りがあれば駄目というのが守の信条だった。こ
れが自分だけの事なら、50%以下でもやるんだろうが。
「でも、それじゃ」
「要は地上の障害物を交わせればいいだけのこと。テレキネシス――念動力で
消防車を持ち上げれば」
そんな二人のやり取りをただ呆然と見ていた最初の消防士が、ここで割り込
んできた。
「お、おい、さっきから一体何を」
すると、向こう側の方が相手にだけ聞こえるように、こうささやく。
「近藤守ですよ。あのスーパータレントの」
「えっ?……あ、ああっ!」
同僚の言葉を聞いて、守の方に目を向け直した手前の方、相手の正体に気付
いてびっくりした様子でそう叫んだ。
ユリ・ゲラーの来日を切っかけに始まったあの超能力ブームの頃、当時高校
生だった近藤守は超能力タレントとして一世を風靡していた。その上、守はつ
い最近「生き返った」ことでまたマスコミを大騒ぎさせたばかり。こういう時、
抜群の知名度はやはり強い。(実は能力で言えば高明の方が若干上なのだが、
日本では全く無名の高明ではこうはいかない。)
「……そういうこと。じゃ、やっていいですね」
守はにやりと笑いながら、消防士たちに確認した。
「は、はいっ!」
「了解! タカ坊、お前は先に現場に行っててくれ」
「あ、ああ……」
高明は一瞬躊躇しながらも、守の言う通り、現場へと走り去っていった。
「それじゃ行きますよ。二人とも、しっかりつかまってて――」
一方、先行した高明はというと――問題の家の前まで来たものの、家から顔
を背けたまま、何も出来ないでいた。
遠くからは現場を見た時は、そこまでは気が付かなかったようだ――そんな
筈はない。むしろそこまで正確に見る勇気がなかったと言うべきだ。――が、
問題の家の中では、燃え上がる炎が部屋中を赤く照らしていた。もっとも、ま
だ大きな炎を上げて燃え盛るという程ではないのが幸いだ。
高明がただ野次馬と一緒になって突っ立っていた。その時、突然群衆の後方
から「ワーッ!」と大声。
群衆と共に、高明も振り返る。見ると、馬鹿でかい消防車が飛んで来た――
文字通り、地上2mの高さで浮かびながら。そして、その消防車の真下には、
右腕を突き上げ消防車を指差しながら一緒に走って来る若者の姿。
それが守だと野次馬も気付いたのだろう。群れのあちこちから一斉に歓声が
上がった。
しかし守は、消防車を現場近くに降ろすと、自分に対する歓声を無視するよ
うに、高明の元へ走り寄って来て、
「早くしろ! 俺は1階へ行くから、タカ坊は2階へ跳び込め!」
とだけ言い残し、高明の左手に何かを渡すと、自分だけさっさと燃える家の玄
関のドアを体当たりで無理矢理開け、一気に駆け抜けて行った。
そんな守の様子をただ眺めるだけの高明だったが、すぐに我に帰ったように
左手の中身を確認する。見ると、それは――ぐるぐるに巻いた、ただの白い鉢
巻き。
しかし、それだけで高明にはすぐに判ったようだ。
「守……済まない!」
とだけつぶやくと、さっと鉢巻きで“目隠し”をし、その場でハイジャンプ。
両腕で顔面をガードしながら、2階の窓ガラスを「ガシャーン!」と派手に突
き破って行った。
中に飛び込んだ高明、火に包まれた畳に構わずすっくと立ち上がると、すぐ
さま「心眼」を働かせる。
〈ここには誰もいない。……向こうの部屋に二人、女性と子供。下は……守が
既に男性を抱きかかえてる。OK!〉
それだけ確認すると、目隠しをしたまま飛び込んだ部屋のドアを開け、焼け
た板張りの廊下を横切り、向こう側の部屋のドアを開ける。中には、確かに女
性と男の子が倒れているのが見えた――いや、感じられた。
すぐさま二人に近寄る高明。
〈大丈夫、二人とも気絶してるだけだ。……しかし、ここからどうする〉
部屋を一歩出ればそこは火の海(実際、さっき高明がドアを開けたせいで、
もう入口の辺りまで火が燃え移って来ていた)。アルミサッシのガラス窓があ
ったが、小さい上に鉄柵で覆われていて、簡単には抜けられない。
〈……かくなる上は!〉
高明は二人を両腕でしっかり抱き寄せると、テレポーションでその場を離脱
した。さっき守が言ったように、本当は他人を巻き込んでのテレポーションは
危険なのだが、そんなことを言っている場合ではない。
「……皆さん、そこを空けて!」
外では、一足先に男性を救出した守が、群衆に取り囲まれていたが、その守、
何かに気が付いたらしく、群衆に対して自分の左側を空けるように指示する。
そうして出来た空間の辺りで、フラッシュでも焚かれたかのように一瞬何か
が光った。それが収まると、女性と子供を抱きかかえてうずくまった一人の男
――高明がそこにいた。
翌日、松田荘8号室。
「……結局、半焼だってな」
と高明。二人の活躍で、家族3人は間一髪のところで救出されたが、すぐに消
防車が現場に行けなかったのが災いし、焼け落ちはしなかったものの、取り壊
すして建て直すしかないほど家は焼けてしまった。
「仕方あるまい。あの状況で一家が無事だっただけでも良しとしないと」
と守。もっともその言葉は、高明を慰めるというより、自分に言い聞かせるよ
うな口振りだった。
「それはそうと――これ、返さないと」
そういうと高明は、現場で守からもらった鉢巻きをポケットから出した。こ
れに対し、守はちょっと考えてから、こう言った。
「……やるよ、それ。どうせまた、必要になる時が来るだろうし」
その台詞にはっとして、高明、
「気付いてたのか?」
「昨日、ガスコンロがあるのに、わざわざ念力で湯を沸かしてたろ? あの時、
想い出したよ。昔からタカ坊は、火に弱かったのを」
「火に弱い訳じゃ――」
「判ってるよ。“火を見ること”に弱いんだろ?」
「……ああ」
火を見ること――それが昔から、松田高明の数少ない、恐らくは最大の弱点
の一つ。
断っておくが、高明が“火”自体に強いことは、先ほどの救出劇で明らかだ
ろう。それどころか、核ミサイルにまたがって太陽に突っ込んだって平気じゃ
ないだろうか(それじゃ鉄腕アトムだ)――能力だけなら。
なのに、燃え上がる炎を正視することが、高明にはどうしても出来なかった。
小学生時代、廊下の角に追い詰められ嫌がる高明の顔面に、いじめっ子が火
の点いたアルコールランプを近付け、高明が発狂しかけたことがある。結果、
高明の心霊エネルギーが暴発。廊下の窓ガラスが全部吹き飛ぶわ、問題のいじ
めっ子は壁に叩き付けられ大怪我を負うわ、文字通り大騒ぎになった(まあ、
それ以来、誰も高明をいじめようとはしなくなったので――そりゃそうだ。
――結果的にはよかったのだが。)
昨日だってそう。燃える家の前に立っていられただけでも実は大したもので、
周りの目がなかったら、炎が視界に入った瞬間、一目散に逃げ出してた筈だ。
サイコ・バリアによって摂氏何億度の熱にも耐えられる能力を持ちながら、
自分自身ではマッチ1本擦れない。28歳の身には屈辱的ではあるが、高明は未
だにこれを克服できないでいた。
(第2章・完)
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※第1章140行目「すぐそこで」は「隣町で」に変更します。