AWC   わたしのナツメロ物語(6)    竹木貝石


        
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★タイトル (GSC     )  96/12/23  10:18  (142)
  わたしのナツメロ物語(6)    竹木貝石
★内容

   昭和30年代前半の歌

 午前3時から、NHK第一放送の『ラジオ深夜便』を聞いた。
 オールナイトのこの番組の司会者(DJと言ってよいのかどうか知らないが)を、
NHKでは「アンカーマン」と呼び、経験を積んだ年輩のアナウンサーが担当して、
独特の落ちつきと風流を醸し出している。常々私が感じることだが、概して、男性の
アナウンサーの方が聞きやすく、声の張り・音律や響き・とちりの度合いなど、女性
のアナウンサーよりも良いような気がする。

 昭和30〜35年の歌謡曲から、以下の7曲を放送したが、いずれも大ヒットとい
うよりは中程度のヒット曲で、私の趣味から言っても、格別好きな歌ではない。


   『ご機嫌さんよ達者かね』(昭和30年 三橋美智也 キング)
    ご機嫌さんよ達者かね
    おらもととさも変わり無く
    朝もはよから畑仕事
    月のデッキで
    古里偲び読み返す
    母の
    母の便りの懐かしさ。

 昭和30年は、フラフープが大流行した年である。この頃の私は、住み込みの苦学
生時代で、歌謡曲に夢中だった。
 三橋美智也は、節回しの軽妙さなら歌謡界随一かも知れない。高音の美しさで定評
があったが、今レコードを聞いてみると、結構地声も出ている。
 『ご機嫌さんよ達者かね』は、古里物の走りだろうか? 「母の便り〈の〉」にお
ける〈の〉の箇所は、民謡特有の大きく揺らす歌い方で、私はこれを一生懸命練習し
た記憶がある。


   『名月佐太郎笠』(昭和30年 高田浩吉 コロンビア)
    あれをご覧よ浅間の山に
    渡り鳥さえ一羽じゃないか
    未練残しちゃ男が捨たる
    月も今夜は一人旅。

 高田浩吉は人気俳優として最高の歌い手で、石原裕次郎・鶴田浩二・高峰三枝子ら
も沢山のヒット曲を出しているが、歌のうまさにおいて高田にははるかに及ばない。
 40歳を越したこの頃、ますます円熟味を加えた高田は、『伊豆の佐太郎』『白鷺
三味線』『五十三次待った無し』など次々にヒットを飛ばした。彼の本領はレコード
よりも実演のうまさであり、小唄や歌いで慣らした渋い喉声と、はずむような歌唱法
は、俳優と歌手のどちらが本職なのか甲乙つけがたい。


   『吹けよ木枯らし』(昭和31年 石井知恵 キング)
    わたしの心は悲しい落ち葉
    二度と元には帰れない
    木枯らし 木枯らし
    吹けよ吹けよ吹き散らせ
    ……
    ……。

 キングレコードの本格歌手大津美子に続いて登場したのが石井知恵(文字不明)で、
私は2曲くらいしか知らない。


   『潮来花嫁さん』(昭和32年 花村菊江

 当時は「おばさん」のように感じていたが、今回聞いてみると、案外若々しい声で
あった。


   『舟歌』(昭和33年 三浦洸一 ビクター)

 三浦は東洋音楽学校出身とかで、声楽式発声法のせいか、つい最近まで歌唱力が衰
えなかった。『落ち葉時雨』『弁天小僧』『東京の人』『ああダムの町』『踊り子』
などの大ヒットがある。
 ところが、彼の歌は伴奏より必ず少し遅れぎみなので、私は聞いていていつもイラ
イラさせられる。何故伴奏にきちんと合わせて歌わないのだろうか?


   『夢見る乙女』(昭和35年? 藤本二三代)

 藤本二三吉(芸者出身の歌手)の娘だが、声の好き好きは別として、歌唱力はいま
いち(今一歩)である。
 東京の教員養成校に居た頃、友達がこの歌をテープに録音して、何度も聞き返して
いたのを覚えている。


   『襟裳岬』(昭和35年? 島倉千代子 コロンビア)
    風はヒュルヒュル波はザンブリコ
    誰かわたしを呼んでるような
    ……
    ……。

 美空ひばりと正反対の印象を持つ少女歌手、今でいうなら「アイドル」として数々
のヒットを飛ばしたものだが、私は若干物足りなさを感じていた。


 ここで、当時のレコードと今のCDを比べ、主な相違点を挙げてみる。
 1.伴奏に生の楽器を使っていたのが、現代では専ら電子音や電気的楽器に替わっ
てきて、特に、シンセサイザーや電気ギターを多用した加工品の音楽となっている。
 2.最低音に重厚なコントラバスを使わず、濁った音色のエレキベースでめまぐる
しい伴奏を付ける。
 3.今やドラムスが不可欠の楽器として、鋭いリズムをたたき出す。
 4.伴奏と歌を別々に録音して、それをつなぎ合わせて作る、いわば合成演奏であ
る。
 5.昔のレコードは歌声よりも伴奏の音量を小さく録音したが、最近は同じくらい
か、むしろ伴奏の方が大きな音になっている。
 6.歌い方についても、従来美しい発声とメロディーが聞かせどころだったのに、
今はフィーリングとリズムを重視する。
 7.近頃の歌手は、絶えずテンポを遅らせ、曖昧な発音や巻き舌を使い、大げさな
表現を観客に押しつける。



   外国のリクエスト3曲

 それより前の午前2時台に、「リクエスト3曲」を放送した。
 『LET IT BE』、『ミネトンカの湖畔にて』、『カイマナヒラ』で、これは
いずれも素晴らしかった。

 1 私はビートルズをあまり好きではないが、名曲が幾つかある。それらの歌を、
ビートルズが演奏するからこそ良いと感じる人も多いであろう。
 ビートルズの歌は決してうまいとはいえない。もっとも、私の言う「うまさ」とは
発声・音質・音程・ハーモニーが中心だから、別の意味、例えば表情・表現・激しさ・
歌詞や歌心などについてはよく分からない。
 ところが、先ほど『LET IT BE』を聞いて、なるほどと感心した。出だしの
単調なピアノ伴奏のテンポに乗って、即興のように歌うジョン・レノン。崩れそうで
崩れないリズム、いや、むしろリズムがぴったりとはまっているのだ! 歌詞を全く
知らない私にも伝わってくるその悲痛な訴え! ファルセットも効果的で、音程が正
しいのも意外だった。後半の電気的楽器の音は私の好みでないが、当時としては斬新
な試みだっただろう。

 2 『ミネトンカの湖畔にて』、歌っているのは誰だか忘れたが、野生味と技巧が
マッチした歌唱法で、湖の波立つ音・鳥の声・民族楽器の伴奏が湖面にこだまする雰
囲気は、おそらく録音技術を駆使したものと思われる。

 3 『カイマナヒラ』、この歌の意味を知らない私だが、ハワイアンやヨーデルは
大好きである。
 エセル中田の歌は滅多に聞いたことがないが、有名な『小さな竹の橋の下で』は、
私の最も好きなレコードの一つで、是非何時か購入したいと考えている。
 そのエセル中田の『カイマナヒラ』も素晴らしく、思いの外若々しい声で、低音の
地声と高音の裏声のコントラストが見事だった!
 私は女流歌手の声に対する選り好みが強いが、決して可愛らしい声でなくてよい。
セクシーな魅力よりも音楽的な美しさに引かれるから、エセル中田はその点満足でき
るし、歌唱力も抜群である。


           [1996年(平成8年)12月23日   竹木貝石]




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