AWC 「始発電車殺人事件」 連載第14回   叙 朱 (ジョッシュ)


        
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★タイトル (PRN     )  96/12/22  18:58  (200)
「始発電車殺人事件」 連載第14回   叙 朱 (ジョッシュ)
★内容
  「始発電車殺人事件」 連載第14回   叙 朱 (ジョッシュ)

46 中央林間

 午後二時四十五分。
 江尻啓介は、小型の手帳を覗き込みながら話し始めた。耳を傾ける山下の傍
らのベッドでは幸代が眠っている。
「実は二年前に、ある件でウチでもS重工とスパレック社を追っていたんです。
それで幸代さんから山下さんの帰任について調べて欲しいと言われて、これは
何かあるなととっさに感じました。」
 啓介の声は淡々としていた。山下は遠い昔を思い出すような気持ちで啓介の
話に聞き入った。
「スパレック社はS重工のダミー会社なのです。」
「なんだって?」
 山下は思わず大きな声を出した。スパレック社がS重工のダミー?そんな馬
鹿な。啓介は山下の声に一瞬ひるんだようだったが、すぐに話を続けた。
「本当です。出資者にはS重工の名前はありませんが、スパレック社はS重工
の持ち物です。一九九〇年の創設当時のスポンサーにカワダという名前の日本
人がいます。」
「カワダ?まさか、あの...。」
 山下は、厚手のオーバーコートに山高帽の奇妙な男の姿を思った。今朝、山
下の目の前で、男はゆっくりと電車の床に転がり落ちた。腹にはタオルを巻い
た包丁が突き刺さっていた。
「そうです、今朝、始発電車の中で死体で発見された河田一成、四十七歳。S
重工海外営業部長ですよ。」
 啓介がうなずく。どういうことだ。山下は頭が混乱してきた。
「僕は河田氏と同じ電車に乗っていた。河田氏の死体の第一発見者という事に
なっている。その事で先ほどまで、N署で事情聴取されていたんだ。」
「そうらしいですね。幸代さんがそう言ってました。それを聞いてN署に電話
したのは私なんです。」
 またまた、啓介は不可解なことを言った。山下は聞く。
「ちょっと待ってくれ。どうして幸代は、僕がN署にいることを知っていたん
だろう?こちらから連絡したわけでもないのに。」
 啓介は、さあ?と首を振った。幸代が目を覚ましてから聞くしかない。山下
が黙っているので、啓介は先を続けた。
「もともとS重工は、重機中心の会社からコンピュータ関連分野への進出をね
らっていました。それで、河田を中心にアメリカでテストマーケティングと称
していろいろな事をやっていたようです。ベンチャービジネスであるスパレッ
ク社への投資もそうした試行錯誤の一環でした。ただ、S重工の名前が表面に
出ると騒ぎが大きくなるという配慮で、そうした投資は現地の投資会社経由も
しくは担当者個人名でやらせていたようです。」
 山下はだんだん話が飲み込めてきた。スパレック社がなぜわざわざ、債務保
証付きの高いレートでコンピュータ機器を調達したのか。
「そうか、S重工はダミー会社を使って販売会社のチェックもしていたんだ。
どこのルートに乗せるのが一番売れそうか。なるほどな。」
 山下のコメントを聞いて、啓介はにっこりと笑った。
「さすがに山下さんですね。その通りなんです。そしてK商会はあの契約で見
事にS重工のテストをパスしたわけです。」
「そうすると、K商会はS重工のコンピュータの販売権を取ろうとしていたの
か。ちっとも知らなかった。」
 山下は軽く溜息をついた。啓介が身体を乗り出した。
「そこです。まさにそこに、山下さんの帰任の理由があったのだと思いま
す。」
「どういうことだ?」
 山下には意味が分からない。啓介が手帳をしまいながら言った。
「あの販売契約は普通の取引ではないのです。あれは仕組まれたものでし
た。」
「あの契約は僕が強引に進めたんだ。当時の平野本部長をアメリカに呼び出し
て署名をもらった。だから正式の会社稟議を通していない。」
 山下は啓介に説明した。当時の苦い思いがよみがえってくる。啓介は頭を振
った。
「違います。そういう意味ではありません。山下さんは平野に利用されただけ
なのです。考えてみてください。当時の平野には取締役昇進が見えていたはず
です。そんな彼が、いくら山下さんが熱心に要請したからと言って、単身でア
メリカへ出張して独断で契約書に署名すると思いますか?しかも五百万ドル、
つまり当時のレートで六億円の債務保証と言えば、普通の会社なら社長決裁事
項でしょう。平野がそんなリスクを犯すと思いますか?」
 確かに啓介に言われてみればそうだ。そういえば平野はあまり渋りもせずに
アメリカに来て、署名をしてくれた。
「すると他に理由があったのか?」
 啓介が大きくうなずいた。
「平野はあの取引にリスクがないことを知っていたのです。つまり、スパレッ
ク社のバックにはS重工がついているということ、そしてS重工のコンピュー
タ販売権の得るための重要な取引であること。」
「なぜ平野はそんなことを知っていたんだ。」
 山下は平野の名前を呼び捨てにした。自分の知らないところでの平野の画策
が気に障っていた。啓介がえへんと咳払いをした。
「ここからは私の想像ですが、平野は河田と個人的に通じていたんだと思いま
す。いきさつやどれほどの関係かは分かりません。しかし、そう考えれば辻褄
が合うのです。」
「だけどK商会の取扱品目にはS重工の商品はない。どうしてこの二人は知り
合ったんだ?しかも君の言うとおりなら、便宜を図るそれなりの理由があるは
ずだが、これまで商売もやっていなくてそんなことがあり得るのか?」
 話しながら、山下は何かに思い当たったような気がした。啓介がまた声を低
くした。
「調べても、それらしい関係は出てこないんです。出身大学も違えば郷里も違
います、二人に共通点がないのです。しかし何か個人的な関係だろうという感
じはしますね。」
 山下は思い当たったことを口にした。
「平野はフィリピン駐在が長い。そこで何かあったんじゃないか?」
「なるほど、それは調べてみます。」
 啓介は手帳を取り出し書き留めた。そんな啓介を見ながら、山下は最初の疑
問に話を戻した。
「ところで、僕はなぜ帰されたんだ?取引自体はうまく行っていたのに。」
 啓介は手帳から視線を上げて、言った。
「原因はT通商ですよ。」
 T通商?日本を代表する大手商社の名前が出てきて、山下は面食らった。
「K商会のスパレック社との取引はリース会社経由だったでしょう。」
 山下は、あっと声を出した。スパレック社の債務保証先のリース会社は、山
下の知らないうちにT通商に買収されていた。
「T通商もS重工のコンピュータ販売権をねらっていた。そしてK商会とS重
工の間に強引に割り込んできたんですね。」
 そうか、T通商の狙いはスパレック社ではなくそのバックのS重工の新事業
だったのか。山下は二年前の疑問がひとつだけ解けた。啓介が続ける。
「無名のリース会社をT通商が買収したことに、平野は疑問を持った。山下さ
んがT通商に情報を流したんじゃないかとね。まさに濡れ衣だったわけですけ
ど。それで、契約を解除しろという無理な注文を出して様子を見た。」
 うーむ、山下はうなった。これでは山下は謀略にあったようなものだ。帰国
挨拶をしたときの、平野の好々爺のような笑みは何を意味していたのか。すご
すごと戻った山下を嘲り笑っていたのか。
「僕が始末書を書いたのは、平野の思うつぼだったわけだ。」
 山下はつぶやいた。その平野はもう死んでいた。やり場のない怒りが山下を
揺さぶった。 

47 月見野

 午後二時四十五分 
 河田道江の要請で、神奈川県警N署の浜村刑事巡査が同僚の刑事と共に月見
野の河田の自宅へ急行した。道江は木村弦一の出頭のニュースをテレビで見た
らしい。自分から話したいことがあると連絡を入れてきた。柏木と嶋田は木村
の事情聴取があるため、N署に残った。
 浜村と連れの刑事は居間のテーブルに案内された。道江がお茶をいれる。浜
村が、どうぞお構いなく、と会釈した。
「葬儀の段取りが出来なくて。」と、道江はまず愚痴をこぼした。河田の死体
はまだ警察にあった。浜村はまたも頭を下げる。道江から話し出すのを待つつ
もりだった。しばらく黙り込んだ後、道江は溜息をついてやっと話し始めた。
「お話ししたいことがふたつあります。」
 浜村は内ポケットから手帳を取り出した。開いて、道江を見る。道江は意を
決したように話す。
「ゲンさん、あ、失礼、木村弦一さんのことです。彼から今朝電話連絡を受け
ました。主人が刺されて死にそうだというのです。」
「それは何時頃でしたか?」浜村が聞いた。
「はい、午前六時三十分頃でした。自分は一日だけ姿を隠すけれど、心配する
なと。」
「一日だけ姿を隠す?確かにそう言ったのですか?」
 浜村が念を押す。道江はうなずいた。
「はい、一日だけと。私も妙だなと思ったのですが、それよりも主人が死にそ
うだという方に動転して。それで急いで家に帰る支度をしたんです。」
「木村さんはどこから電話をかけてきたのですか?」
 浜村が聞く。道江は首をかしげた。
「さあ、どこからとは言っていなかったような。」
 浜村は重ねて尋ねる。
「奥さんは木村とは何も特別な関係はないと言いましたよね。」
 道江は、はいそうです、と答えた。
「ならばどうして、木村は、心配するな、なんて言ったんでしょうかね?一日
姿が見えないくらいで心配するような間柄だったのですか?」
 浜村は道江の顔を見つめる。道江は困ったような顔をした。
「心配するな、ですか?言われたときには気にもしなかったのですが、こうし
て改めて刑事さんに言われると、確かに変ですね。」
 道江ははぐらかすように言った。浜村は話を先へ進めた。
「木村さんは明らかに河田さんの身に起きた事件について知っていたようです
ね。何か他には話していませんか?」
「いきなり死にそうだ、と言われたものですから、びっくりして。どうして?、
と聞きました。でもそれ以上は言えないと言うんです。ただ木村さんの声は震
えてて、とても真剣でしたから。」
 道江は頬に手をあてる。浜村にはその仕草が芝居がかって見えて仕方がない。
とにかく柏木警部が推察したように、道江は河田の死を知っていたのだ。浜村
が次の質問を考えつく前に道江が別の話を始めた。
「もうひとつ話しておきたいことがあります。主人には女がいました。」
 浜村は、えっと聞き直した。道江は落ち着いている。
「主人は毎月決まった金額を振り込んでいました。」
 浜村は手帳の新しいページを繰った。
「一体誰ですか、その相手は。」
 浜村は聞く。道江は頭を振った。
「相手の方は存じません。でも、気づいたのは五年前でした。銀行から海外送
金の知らせが郵送されてきたんです。覚えのない送金だったので、銀行に問い
合わせたら、毎月定期的に送っているということでした。主人に尋ねたら、最
初は飲み屋のつけだとか言ってごまかされましたけれど。」
 それでは女かどうかは分からない。浜村は少し落胆しながら質問した。
「海外送金という話でしたが、どこへ送金していたのですか?」
「最初は台湾でした。」
 道江の口から意外な地名が出てきた。
「一体、送金の金額はいくらぐらいだったのですか?」
 浜村は事務的に聞いた。道江は眉をひそめる。
「毎月、二十万円でした。送り先は、最初は台湾でしたが、ちょうど三年前か
ら東京の口座に変わっているのです。きっとその女が東京に出てきたのに違い
ありません。」
「ふーむ。その口座番号は分かりますか?」
 浜村は念のために調べようと思った。道江は胸ポケットからメモを取りだし
て、口座番号を読み上げた。M銀行銀座支店の口座番号らしいと道江は付け加
えた。
「私は、主人を問いつめました。難しい年頃の娘もおりますし、浮気なら良い
けれど女とのことをを家庭に持ち込んでは、絶対に困ると言ったんです。」
 道江は感情を出すまいと努めているようだったが、声が震えていた。妻とし
ては屈辱的な話のはずだった。
「なるほど、それで河田さんは浮気を認めたのですか?」
 浜村は相変わらず、事務的に聞いた。
「主人はそんなのではないと否定しました。でも送金の理由は明かしてくれま
せん。ただ最後に、絶対に問題を家庭に持ち込まないということだけは約束し
てくれました。」
「奥さんは、その送金相手が今度の河田さんの事件に関係があると思うのです
か?」
 浜村は質問を切り上げるつもりで聞いた。道江はきっぱりとうなずいた。
「この週末に横浜の実家へ行ってこいと言いだしたのは主人でした。そんなこ
とはこれまでに一度もなかったのです。ですから、主人は何か私たちがここに
いては都合が悪かったのではないかと。」
 腰を浮かせかけていた浜村は、道江の意外な言葉にどすんと腰を下ろした。
もう少しこの線は洗ってみる必要がある。浜村は次の質問を探した。

(以下、連載第15回へ続く)




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