#4224/7701 連載
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うちの文芸部でやってること 3−12 永山
★内容
5・天の魔道士、天空より来る
それは、繰り返し見続けている夢のようだった。浮遊する島の端に立つ十数
名の魔道士達。その中の長が、一人の女の子の方を向いた。彼女も灰色のロー
ブを身に着けた魔道士だ。
「本当なら、そなたはまだ修行を続けねばならぬ身。しかし、天の属性を持つ
者が足りぬのだ。辛いだろうが、許せよ。金の魔神を甦らせなければ、いずれ
我が国は滅びてしまうのだ」
長がおごそかに言った。
「いえ、私は喜んで従います」
女の子は風色の瞳をキラキラと輝かせて答えた。長の傍らに立つ、彼女と同
い歳位の少年と目が合う。長の息子だ。属性は彼女と対照的に「地」だ。
「一緒に行こう」
琥珀色の目をしたその少年が、手を差しのべてくる。
「ええ……」
女の子はためらいがちにうなずき、その手をとった。
唐突に夢から覚めた。女の子は目をポカリと開けた。空が見えた。自分が今
どこにいるのか分からない。風が強く吹き付けていて、息が詰まる。彼女は苦
労して首をひねり、風の吹いてくる方向を向いた。目の前一杯に広がる雲の隙
間から、大地が見えた。
彼女は全てを悟った。彼女は今、落ちているのだ。それに気付いた瞬間、彼
女は叫び声をあげていた。
海岸近くの村へ続く道。
きゃぁぁぁーっ、と、晴れ上がった空の上から、間延びした悲鳴が聞こえて
きた。
「何だろうな」クリバックが真上を見上げる。
「人が落ちてくるみたいだな」
スウェルドがとぼけた調子で言った。
「ああ、しかも、女の子らしいぜ。声からして」
クリバックも同じような調子で言う。
「どうするよ?」
「このまま落っこちると死んじまうよな」
クリバックは、視界内の空に黒い染みのようなものを発見していた。しかも
それはだんだん大きくなって、人の形になってくる。
「しゃあねえ、助けるか」
スウェルドが肩にかついでいた槍を地面に突き刺した。
「ようし、行ってこい!」
クリバックがスウェルドの尻を叩いた。スウェルドは一旦膝を曲げて力をた
めると、勢いよく地面を蹴り、空へと飛び上がった。
「おとなしくしてろよ。今助けてやる」
スウェルドは上空五十レードほどの位置で間合いを計り、両腕でその女の子
を抱きかかえた。そしてゆっくり地上に降り立った。抱きかかえられた女の子
にはわずかな衝撃さえ感じられなかったはずだ。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」
女の子の顔を覗き込んだスウェルドは、思いもかけない言葉を浴びせられる
羽目になった。
「この馬鹿、変態! どこさわってんのよ」
「そりゃないよ。俺は命の恩人で−−」
スウェルドは慌てて両腕を離した。そのせいで、女の子は地面に尻餅をつく
羽目になった。
「あんたに助けられなくたってねぇ、自分で何とか出来たわよ」
女の子は身体についた埃をパンパンとはたきながら言う。
そのやりとりをじっと見ていたクリバックが、おもむろに女の子に問うた。
「お嬢ちゃん、そのローブから見て、魔道士だね?」
「ええ。私はグリミーカの天の魔道士・コトリン=ソラン=ティクリュード。
それよりここはどこなの? 貴方達の名前は?」
クリバックとスウェルドはそれぞれ名乗りを上げ、ここがタングルーム王国
の海岸近くで、二人はこれからグリミーカ島に行くところなのだと言った。
「へえ、そうなんだ。それはいいけど、お嬢ちゃんて呼び方はやめてよね。私
はこれでも二十九なんだから」
コトリンの言葉に、クリバックとスウェルドは思わず顔を見合わせた。
「嘘だろう? どう見たって十五、六にしか見えないぜ」
クリバックが言う。
「ああ、あんた達知らないんだ。魔力に満ちたグリミーカに住んでいると、老
け方が普通の半分ぐらいになるのよ」
そう言ってコトリンは笑い声を立てた。
「そんなこと、この間の情報屋は言ってなかったな」スウェルドが頭をかく。
「それはそうと、何で君は空から降ってきたんだい?」
クリバックが聞いた。
相手は年上なのだから、もうちょっとそれなりの話し方をするべきなのだが、
目の前のコトリンの容姿を見ていると、どうしても口調が年下に対するものに
なってしまう。
「私、実は、その、グリミーカの異変を元に戻すために、その……」
コトリンが言い辛そうに語尾を濁す。当然だ。金の魔神を復活させることは、
大陸の人間にとっては悪夢以外の何物でもないのだ。
「ひょっとして、ガゼル率いる魔道士団の一人とか?」
クリバックが思いつきで聞く。
「どうしてそれを? 何でガゼル様の名前を知ってるの?」
コトリンがポカンと口を開ける。
「今、ガゼルの息子のエタンダールは、ランディール帝国の宰相だ」
「へ? 何それ?」
コトリンはクリバックの話の意味が飲み込めず、きょとんとしている。
「どういうことなんだ? 俺にも分かるように説明してくれよ」
コトリンと同じように事情を把握できないでいるスウェルドが聞く。
「いいか。このコトリンは、九十年前にグリミーカから金の魔神解放のために
派遣された魔道士の一人なんだ。空間転移に失敗して九十年間次元の隙間に閉
じ込められていたのが、何かの拍子に隙間から抜け出してきたって訳だ」
「ちょっと待って! 九十年前ってどういうことよ! 私は−−」
コトリンが叫ぶ。
「今は聖暦六四五年だぜ、言っとくけど」
クリバックがコトリンの言葉を遮る。
「信じられない。そんなことって……」
コトリンががっくりと膝をつく。風色の目に涙が浮かぶ。
「なあ、もしよかったら」スウェルドがコトリンの肩に手を置いた。「俺達と
一緒にグリミーカ島に行かないか? 君も、自分の生まれ故郷が九十年の間に
どう変わったか、見てみたいだろ?」
「それがいい。グリミーカ人が居てくれれば俺達としても心強い」
「……分かったわ。こうなりゃヤケよ」
コトリンはふっきれたように立ち上がり、ローブの端で涙をゴシゴシと拭い
た。
「一緒に行くのはいいけど、その前に、ガゼル様やエタンダール様のこと、全
部聞かせて」
海岸。
そこからは、宙に浮かぶグリミーカ島の姿が、ぼんやりとではあるが視界に
収めることが出来た。島の周囲には灰色の雲が渦巻いており、まがまがしい雰
囲気が漂っている。
「なあ、俺は飛べるからいいとして、二人はどうするんだ?」
スウェルドが聞く。
「私が何とかするわ」
コトリンは、左手の中指にはめた雲色の指輪を空にかざした。
「風の魔神よ、我が元に来たりてその力を示せ! ディオ・ウィルグ・ティー
ム!」
コトリンがそう呪文を唱えると、指輪から風が巻き起こり、コトリン自身と
クリバックの周囲にまとわりついた。
「おい、何だよこれ!」
クリバックが悲鳴をあげる。何しろ、竜巻の中心に閉じ込められたようなも
のだ。
「ガゼル様は、大人数と多くの資材を一度に運ぼうとして高度な魔法を使った
せいで失敗なさったの! だから、ちょっと乱暴だけど確実な方法を使うわ!」
風切り音に負けぬよう、コトリンが大声をあげる。
「それにしたって、これは−−」
クリバックの反論が終わらぬ内に、二人は宙に浮いていた。それを見てスウ
ェルドも地面を蹴った。
6・五人の勇者、一堂に会す
「うーん、目が回った」
小半刻(三十分)ほども竜巻に巻かれ続けたクリバックが、ようやくグリミ
ーカ島の端に足を着けた際の第一声は、そんな締まりのないものだった。
「全く、大変だったな」
スウェルドが完璧にひと事のような調子で言う。
「いや、参ったぜ。いちいちこんな風にして行き来しなくちゃならんのか?
身体がおかしくなりそうだぜ」
クリバックはおぼつかない足取りで数歩歩いた。昔は海岸だったらしい足元
は、海から離れて久しいためか、砂が吹き散らされて、岩盤がむき出しになっ
ていた。
「ねえ、そんなことより、あれ……」
コトリンが声を震わせ、岩の向こうを指差す。鎧を身に着けた騎士達が二十
名ほど、無惨な屍をさらしていたのだ。
「これは一体……」
「おい、しっかりしろ!」
スウェルドが血塗れの騎士の中から、まだ息のある者を見つけて駆け寄った。
「皇子は、無事に逃げおおせたか……?」
意識が混濁している騎士はスウェルドを仲間と思ったらしく、そんなことを
聞いてきた。
「ああ、無事だとも」
もはや、どんな処置も手遅れだと悟ったスウェルドは、そんな言葉を口にし
ていた。
「そうか、よかった……」
騎士はそう言い残し、ガクリと事切れた。
「一体、何が起こったんだ?」
クリバックが呆然として呟く。そのとき「鳳凰の翼」に乗ってやってくる二
人の騎士の姿が視界に入った。
「おい、何だよこりゃ」
強引に島に滑り込ませた「鳳凰の翼」から飛び降りたレブノスが、あまりの
惨状に目を剥く。
「この鎧、我が聖騎士団のもの……。貴様等の仕業かっ!」
クレスタが水晶製の細身の剣を抜く。
「おい、待てよ。俺達が来たときには、もう……」
スウェルドが慌てて手を振り、後ろに飛び退く。
「この人達はあんた達の仲間か?」
相手を刺激しないよう、クリバックがゆっくりと聞いた。
「そうだ」
それから五人はそれぞれに名を名乗り、クレスタは今起こりつつある事態を
簡単に説明した。
「ということは、この騎士達は、エタンダール率いる魔道士達にやられたって
訳か」
「この傷から見て、風の魔道士・ラファールの仕業だな」
かがみ込んで騎士達の傷口を観察していたレブノスが言った。
「ラファールか……」
クレスタがいまいましげに呻いたのを聞いて、スウェルドが聞く。
「そいつは、どんな奴だ?」
「キザったらしいヤサ男さ。風の属性の割には攻撃力が高い魔道士だ。ここに
いる騎士は全員、奴が使う『風の刃』にやられている」
クレスタの替わりにレブノスが答えた。聖騎士団団長に仕える従騎士という
立場上、彼は王宮に仕える魔道士のうち、攻撃魔道を扱う者に関しては顔と名
前、その得意技を記憶している。
「強敵ね……」
コトリンが険しい顔になって言う。
「なあコトリン、金の魔神はこの島の一体どこに封印されているんだ?」
クリバックが聞く。
「ええっと」コトリンが記憶をたぐる。「確か、島の中央にあるリヴィアーガ
山の麓にある洞窟の奥よ」
「よし、急ごう! 金の魔神の復活だけは阻止せねば! コトリン、案内して
くれるな」
気合いが入りまくりのクレスタの顔を見て、クリバック達はポカンと口を開
けた。彼等は皆、使命感とか責任感とかには、基本的に無縁なのだ。
それでもクリバック達は、騎士達を丁重に葬ってから、島の中央目指して出
発した。
3−13に続く