#4223/7701 連載
★タイトル (AZA ) 95/ 5/28 9:40 (194)
うちの文芸部でやってること 3−11 永山
★内容
3・皇子、魔道士を追って出撃す
ディンキオ。王宮の帝の間。
ランディール帝国の第一皇子・ホーカムが軍事演習から王宮に帰還したのは、
「大広間の惨劇」から半日後のことだった。
全身に無数の傷を負い、意識不明になってベッドに横たわるハインドの姿を
見て、ホーカムは拳を奮わせた。
「おのれ、魔道士どもめっ! 奴等は一体どこに向かったのだ」
ホーカムは大広間でハインドと同様の目に遭った騎士達に問い質した。しか
し、「封印の地」がどこを差しているのか、知る者はいなかった。
ホーカムは手元の地図を改めて見直した。ディンキオを中心に描かれたその
地図は、我々の感覚からすれば大ざっぱすぎて、余り役には立たない代物だっ
た。ホーカムは地理や歴史をよく勉強しておかなかったことを悔いていた。ど
ちらか一つにでも興味を示しておけば、魔道士達の言う「封印の地」の場所も
分かったはずなのに、と。彼は今まで、専ら兵法や動植物学にばかり関心を示
してきたのだ。
「現在、多くの騎士を魔道士追跡に派遣しております。間もなく報告も入るで
しょう」
副官が取りなす。そうでもしないと、短気なホーカムが八つ当たりを始める
ことも考えられたからだ。
「そうか。しかし、たまらんな」
ホーカムは、包帯の巻かれたハインドの寝顔を見た。まだ意識は戻らない。
医師の診断によれば、命は取りとめそうだという。
「魔道士のほとんどは、エタンダールの味方につき、王宮を去ってしまった。
魔道を使えぬ者が束になっても、正面から戦ってはエタンダールに歯が立つま
い」
帝の間を辞したホーカムは溜め息まじりに呟く。彼は個人的には魔道が好き
ではなかった。しかし、だからと言ってその力を侮るほど狭い了見の男でもな
かった。
「それよりも恐ろしいのは金の魔神です」
ホーカムに従う騎士の一人が情けない声で言う。ホーカムはそれを咎めよう
と何か言いかけたとき、追跡に向かっていた騎士の一人が鎧をカタカタと鳴ら
しつつ、ホーカムの元に歩み寄ってきた。よほど急いでいたらしく、息を切ら
している。
「魔道士達は、水の方角へ向かっています」
「水の方角?」
ホーカムは地図を見直した。ディンキオから視線を水−−東の方へ移してい
く。台地があり、海があり、その向こうには−−
「グリミーカ島か!」
ホーカムは呻き声を出した。今まで気付かなかったことに猛烈に腹が立つ。
魔道士全てにとっての故郷と言えるグリミーカに、金の魔神が封印されている
というのは、ごく自然な話に思われた。
「ええい、くそ! すぐに出撃だ。グリミーカ島に先回りするぞ!」
「しかし、『風の船』を扱うべき風の魔道士は皆−−」
既に王宮から姿を消した、と言う副官の声はホーカムの怒鳴り声にかき消さ
れた。
「風の魔道士達を帝国中からかき集めるのだ! 帝国内の魔道士全てが、こぞ
って我等に背いた訳でもあるまい」
泣き言は言わせないとばかりに、ホーカムは命令した。
一刻後、俗世への感心を捨て去ったような一人の老齢の風の魔道士が、王宮
裏の広大な敷地に造られた「風港」で待っていたホーカムの前に連れてこられ
た。
「我等はこれより、グリミーカ島に出発しようと思う。そなたの力で、どの程
度の人数を運べる『風の船』を動かせるか?」
格納庫に鎮座する様々な種類の「風の船」を見ながら、ホーカムは余計な話
を一切せずに本題に入った。
「風の船」とは、十年ほど前に発明された乗り物で、風の魔道士が、魔道石
と呼ばれる魔道を増幅させる力を持つ石を用いることによって空中を航行でき
るという代物だ。その大きさは核となる魔道石の大きさによって変わり、技術
の高い風の魔道士ほど、大きな魔道石を扱える。
世の中に関する事象全てに対する感心を失っていたが故にエタンダールに従
わなかった老魔道士は、しばらく考えてから、うつ向き加減にぼそぼそと話し
始めた。
「風の魔道士がそれがし一人だけとすれば、せいぜい二十名乗り程度かと」
「たったそれだけか」
ホーカムは落胆を隠さなかった。その程度の人数でエタンダールに勝てると
も思えなかった。だが、このまま手をこまねいている訳にはいかない。
彼は傍らに付き従う副官の方を見た。
「すぐ、一騎当千の強者を二十名集めろ」
「はっ!」
副官は慌ててその場から駆け出した。
「クレスタは必ず同行させるぞ」
副官の背中からホーカムが聖騎士団団長の名を言った。副官は戸惑いながら
振り返る。
「クレスタ様は、まだ魔道士追跡からお戻りになっておりませぬが……」
(ええい、くそ! 何もかもうまくいかない)
ホーカムは内心で毒づいた。
「仕方ない。時間がないのだ。王宮内の者だけで構わぬ」
「ははっ」
副官が再び駆け出した。
ホーカムは腰に吊った剣を抜き、その刃の輝きを確かめた。
「俺の手で、奴の首を狩ってやる!」
副官はその優れた行動力を駆使して王宮内中を駆け回り、剣技に自信のあり
そうな騎士二十人を集めた。ホーカムは頭数が揃ったのを確認すると、すぐさ
ま「風の船」で王宮を出発した。目指すはグリミーカ島。エタンダールが金の
魔神を復活させる前にたどり着かねばならないのだ。
4・聖騎士団団長、皇子に加勢す
皇子の出撃から一刻後。
「全く、貴様がぐずぐずしているから、このザマだ!」
王宮の正門にさしかかったところで、雲色の馬に跨る若き聖騎士団団長・ク
レスタ=フォクストロッドは、後ろに従っている炎色の髪を持つ魔道剣士・レ
ブノス=アイク=エイスジェーンに怒鳴った。
彼等は、エタンダールを追跡するために四方に派遣された隊の一つだった。
途中、レブノスが道草を食って道具屋に行ってしまったために、彼の後見役で
あるクレスタは本来の任務を達せず、空しく王宮に帰還してきたのである。
「そんなこと言っても、どっちみち、あんなところに魔道士の連中がいる訳な
いじゃんか」
と、レブノス。まるで反省の色がない。
「貴様はどうなのだ? あの街では魔道士が使う数々の道具が数多く取引され
ておる。だからこそ貴様も−−」
彼の言葉は途中で遮られた。顔と腕の傷に包帯を巻いた騎士が駆け寄ってき
たのだ。彼は聖騎士団の一員で、「大広間の惨劇」で負傷していた。
「どうしたのだ? 何かあ遭ったのか」
「はっ、それが。一刻ほど前に、ホーカム皇子がご帰還なされ、精強な騎士二
十名を連れて出立いたしました。魔道士達の目的地はグリミーカ島です」
「何ということだ……」
クレスタは歯噛みした。
「聖騎士団団長とあろう者が、皇子の出撃にご同行できぬとは、何たる失態!
レブノス、すぐに後を追うぞ!」
クレスタは慌てて馬首を巡らせた。
「お待ちください!」騎士がうろたえた声で呼び止める。「皇帝陛下が、クレ
スタ様とレブノス様をお呼びしろと」
「何?」クレスタが眉をつりあげた。「陛下はお目覚めに?」
「はい。とにかく、急ぎお越し下さるよう」
「そうか、分かった」
クレスタは馬を降りた。レブノスも続く。
「俺、面倒臭いの苦手なんだけどな」
そう言ったレブノスの頭を、クレスタがポカリと殴りつけた。
「皇子は勇敢なのはよいが、短慮で困る」
床に伏せる皇帝・ハインドは、クレスタとレブノスの二人を前に、こう切り
出した。
「騎士二十名と共に、宰相を追って出撃なさったとか」
クレスタが神妙な顔をして言う。
「そんだけでエタンダールに勝てるのかな」
レブノスが呟く。彼の立場は王宮内ではかなり変わっている。彼の一族は古
くから宮廷魔道士として帝国に仕えていた。しかし彼は攻撃魔道を一通り修得
した時点で突如、「騎士になる」と宣言、従騎士としてクレスタに仕えている。
しかし、その性格が災いして、二十二にもなりながら従騎士のままだ。しかし
本人はさほど気にするふうもなく、「いつか『炎の魔道士』になるのだ」と鼻
息が荒い。クレスタにしてみれば、レブノスの考えていることがさっぱり分か
らない。
「こら、レブノス。口が過ぎるぞ」
クレスタがたしなめる。
「レブノスの言うことも、もっともかもしれぬな」
ハインドがゆっくりとした口調で言う。彼はレブノスを決して邪険には扱わ
ない。というのも、実はレブノスは早死にしたハインドの兄(前の皇帝)が魔
道士の娘に産ませた子供であるのだ。その事実はごく皇族の一部の者しか知ら
なかったが、レブノスは何となく感じ取っているらしい。
「叶うならば、我々も皇子と共に戦いたいと思っております」
クレスタが身を乗り出す。
「そうか。是非ともそうしてくれ。皇子と共に戦い、憎きエタンダールを倒し
てくれ」
そこまで言ったハインドは苦しげに咳き込んだ。
「心得ました。行くぞ、レブノス!」
クレスタは決然とした表情でレブノスに声をかける。
「何で俺まで……」
レブノスがぼやく。
「グリミーカ島は宙に浮かんでいる。悔しい話だが、魔道を使う者がおらねば、
あの島には行けぬ。頼むぞ、レブノス」
クレスタはいかにも悔しそうに顔を歪めてみせた。
「んなこと言ったって、俺の属性は火だぜ。攻撃魔法は充実しているけど、空
飛ぶ魔法なんて使えねえよ」
八つの魔力にはそれぞれ特性があり、正の四方に関して言えば、火は攻撃、
水は防御、地は治癒の力が強い。移動に特性を発揮するのは風の属性である。
「役に立たん奴だ」
クレスタが吐き捨てる。そのやり取りを黙って見ていたハインドは、おもむ
ろに口を開いた。
「レブノスよ、『鳳凰の翼』を使うがよい」
「鳳凰の翼」。「風の船」ほど大人数を運ぶことは出来ないが、「風の船」
よりも早く飛べ、また、輝光石と呼ばれる石の力により、どの属性の魔力の持
ち主でも扱える便利な飛行機械だ。
「しゃあねえな……」
レブノスは大きく息をついた。
風港の隅に建てられた格納庫の中に、その「鳳凰の翼」はあった。全木製。
縦横共に八レードほどの大きさで、紡錘状の胴体、ピンと伸びた主翼、三角形
の尾翼、二本の足を持っていた。まさに鳳凰を彷彿とさせる姿と言えた。本物
の鳥と違うのは、胴体の大部分ががらんどうになっている点だった。
「さて、これをどうすりゃいいんだろ?」
「鳳凰の翼」の頭の部分をポンポンと叩きながらレブノスが言った。
「その頭の部分に座席がある。操縦士はそこに座るんだ」
クレスタはそう言ってから、胴体から垂らされた縄梯子を昇り、がらんどう
になった部分に腰を降ろした。この部分には四、五人は座れそうだ。両脇に手
摺りが取り付けられているのは、ときにはひどく揺れるということなのだろう。
もっとも、クレスタは船酔いしないタチなので、余り気にはならなかった。
「この、真ん中にある石が、輝光石ってやつなのか?」
座席に座ったレブノスが、振り返ってクレスタに聞く。
「そうだ。それに意識を送り込むんだ。そうすれば『鳳凰の翼』は自在に空を
駆ける」
「ようし、いっちょやるか」
レブノスは両手で輝光石を包むようにし、意識を集中させ始めた。すると次
第に「鳳凰の翼」の表面に風色の気が立ち込め始め、ゆっくりと半レードほど
浮上した。
「クレスタ、しっかりつかまってろよ! 行けぇーっ!」
次の瞬間、「鳳凰の翼」は弾かれたように空に駆け上がっていた。
3−12に続く