AWC  「おお、我が君の御手にその剣を」(1)


        
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★タイトル (NMN     )  95/ 2/27  21: 5  (120)
 「おお、我が君の御手にその剣を」(1)
★内容

                  1

「すると、誉れ高き我がジェノール軍はもはや千人を割ると言うのか。」
「はっ」
「デルン子爵は」
「戦死されました」
「ゴート卿は」
「戦死を」
「マイテル伯は」
「....」
 言葉に詰まった、アベラール将軍に替わってホレス子爵が答えた。
「無事、この城に帰還した将は、私ホレスとミセナン卿、アベラール将軍の
3人でございます。ミセナン卿は傷を負い、寝所で休んでおります。」
「そうか...」

 私は額に巻いた包帯から血をにじませる、ホレス子爵から目をそらして窓
の外を眺めた。黒い雨が降り注ぎ、昼間であるのに日も射さぬ。城の外では
憎むきべマイセン軍がゲオルグに率いられて、我らの息の根を止める機会を
伺っている。
 なぜこんな事になってしまったのか。私の心はいつの間にか日の光射すあ
の頃にさまよい出ていた。

                    2

「久しいな、ゲオルグ。足の傷はもう大丈夫なのか。」
「こんな傷、何程のことは無い。年寄りどもが大げさに騒いでいるだけだ。」
「アッコンの泥食いどもに一泡食わせるためなら、こんな足の一本や二本惜し
くはないさ。」
 そう言って、ゲオルグは大声で笑った。周りで各々のうわさ話や、秘め事や
らにふけっていた今夜の客人達も、つられて微笑みを浮かべる。
「まあ、殿下ったら剛毅なこと。ですが殿下に何かあったら私、生きてはいま
せんことよ」
「ほお、そうか。では私のようにおまえもその足に泥食いの矢を打ち込んでみ
てはどうだ。命に較べたら安いものだろう。」
 赤くなった、メディセルに替わって私が答えた。
「メディセル嬢のお御足に傷がつけば、明日のこの城には立って歩く者はいま
い。めったな事を言うものではないぞ。ゲオルグ。」
「おやさしいこと、ベセルーンさま。誰か様とは大違い。」
「ほうほう、勇猛なるベセルーンも我らが月の滴嬢の足元にひれ伏したか。」
 メディセルは、ゲオルグの馬鹿笑いには構わず私に笑いかけると、文官の
立ち並ぶ辺りに去って行った。細い腰まで流れるその髪は本当に月の滴のよう
だ。
「確かに美しいがな、おまえごとき一口で飲み込まれてしまうぞ。」
 私は振り返って、憎らしい薄笑いを浮かべるゲオルグをにらみつけた。
「まあ、そう怒るな。」
「彼女はゲイト伯の御息女なのだろう。有力な貴族を敵に回してもいいのか。」
「ははは、何を大げさな。伯も彼女には手を焼いているのだよ。」
「しかし」
「相も変わらずベセルーン陛下はお固いのだな。それよりどうだ、我が城には
美しい花々が咲き誇っていよう。草原にて武勲を挙げた陛下に花々は頭を垂れ
ているぞ。」
「話をそらすな。」
「話をそらしているのはそちらだ。あそこの黒髪の娘はどうだ?さっきからこ
ちらに熱い眼差しを注いでいる。あれをほっておくのは無粋と言うものだろう。」
「おまえなどアッコナの草原に投げ出しておけば良かった。」
「まあそう言うな。これが私と我が城の民に出来る精一杯の礼なのだよ。」
 ゲオルグは私の肩に手を回すと、また大声で笑った。
「さあ皆の者。酒樽を開けよ。楽を奏でよ。我が友、命の恩人、勇猛なるベセル
ーン陛下に我らの敬意を伝えようではないか。親愛なる陛下がお帰りになる前
に...」

                  3

 空も白み始めた頃、私は自室を目指し広大な城の中をさまよっていた。
 先ほどまで睦事かわしていた、黒髪の少女からやっと解放されたのだ。今、
彼女は彼女の部屋のベッドで休んでいる。地味なドレスからてっきり侍女の一
人だと思っていたが、実はホレイショ侯爵の息女だった。ゲオルグの入れ知恵
でわざと地味なドレスをまとったのだ。一線を越えてしまう前に、それに気づ
いた私は、とてつもない自制と持てる全ての才気で彼女を宥め、先ほどやっと
彼女を眠りにつかせた。
 貴族の娘と夜遊びなどすれば後でどうなることか。ゲオルグめ、憶えていろ
よ。

 何処までも続く廊下を、ほろ酔いに任せて歩いていると、様々な物音が聞こ
える。男と女の愛の営み、勇ましい言い争い、静かな語らい。白い廊下が永遠
と続く中でそんな物音を聞いていると、夢の中にいるような気持ちになる。
 そうして長い放浪を続ける私に、静かな竪琴が聞こえた。私はなぜかその竪
琴にひかれて、足は自然と暗い道を目指していた。輝くばかりの白い廊下は何
処までも続いていたが、気が付くと私は下町のふき溜りのように薄汚い廊下を
歩んでいた。そして美しき竪琴はそのはき溜の中に生まれていた。

 幾重にも鍵のかけられた部屋からその竪琴は聞こえてきた。私はそれらの鍵
と鎖を懐の短剣と持ち前の忍耐力でときはなった。その先に何があるのか判ら
ない。しかし戸の後ろで竪琴を奏でる人への郷愁は私の胸を耐え難いまでにさ
いなんだ。
 そしてその扉を明けはなったとき、竪琴の音が止んだ。

 明りもない部屋で竪琴を抱える少女を私は見つめていた。鳶色の髪、白い肌。
彼女は有るはずもない草原の乾いた香を漂わせていた。
「君は。」
「エセル」
「どうしてこんなところに。」
「起こるはずもない罪のためです。」
「ゲオルグのさしがねか。」
「私は罪をあがなう身です。殿下、どうぞ私をそっとしておいて下さい。」
「しかし、起こり得ない罪をなぜあがなわなければならないのだ。」
「私は従うのです。どんな殿方にも...。」
 そしてエセルは寂しげに笑った。
「殿下、お帰り下さい。ここはあなたの様な方がいらっしゃる場所ではござい
ません。罪に身をさいなまれる者にのみふさわしい場所。」
 先ほどの満たされなかった情事と、ワインの酔いは私の理性を取り去ってい
た。細い顎を撫でても彼女は何も言わず、ただ悲しそうにその瞳を曇らせただ
けだった。私はエセルの唇に私のそれを合わせて草原の香を味わい、彼女の華
奢な体を柔らかく包み込んだ。そして彼女の白滋の様に白い肌、優雅な孤を描
く眉、黒い瞳、桃色の爪...私は彼女の全てを愛した。

「殿下、お帰り下さい。ここはあなたにふさわしい場所ではございません。」
 粗末な寝床に横たわる私に彼女は告げた。そして私の賛美の眼差しも気づか
ぬ様に黙って服を着ると、竪琴を構えた。
 すると周りの壁から耳障りなざわめきが聞こえてきた。エセルの名を呼ぶ声、
鎖の音、何者かの獣のような叫び。もしかしたら今まで私が気づかなかっただ
けかも知れない。エセルが竪琴を奏でると、それらのざわめきは瞬時に消え去
った。
 私は竪琴を奏でるエセルに奇妙な不快感を覚え、またふらふらと元来た道を
戻って行った。背後ではあやすかのようにエセルの竪琴が聞こえている。しか
しそれは私に聞かせるためではないのだと、澄んだ音色は雄弁に語っていた。

                                                    つづく
                     by  カズキ(ID:NMN16282)




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