AWC ある寄り合いにて・・・ 《マスカット》


        
#1275/1336 短編
★タイトル (QKD     )  00/ 7/23   7:37  (186)
ある寄り合いにて・・・                        《マスカット》
★内容
「おばんです」 何時ものトレードマークのハンティング帽をかぶった
安どんが入ってきた。 

「やぁやぁ、 今晩は結構蒸しますなぁ」源さんが安どんに声をかけた。

「そうですなぁ、今年の夏も暑くなりそうですなぁ。この時期、
わしらは元気にしとらんとほんまいけまへんなぁ」 安どんは帽子を
ぬぐとそう答えた。

「さぁさぁ、これで皆さん大体お揃いになりましたな。そろそろ始め
たいと思うんじゃが、まだ来とらん方みえますかいのぉ?」
 長老の万さんが皆に言った。

「長老さん! 銀ちゃんがまだ来とらんぞえ?」松どんが言うた。
「松どん・・・あんた知らはらへんだんかなぁ?」
長老どんはちょっと悲しげに言うた。

「何をですかいのぉ? 長老どん?」

はぁ〜〜・・・・ 長老どんは深くため息を一つ吐くと続けた。
「銀ちゃんは、昨夜亡くなったんだぞい」
「えーーー 嘘でっしゃろ? そんなぁ! 」松どんは叫んだ。
「わしも嘘であったらどんなに良いかと今朝からずっと思うておるの
じゃわ」

「万さんやぁ、ここは一つ皆にもう一度昨夜の銀さんの災難について話し
てやったらどうじゃろなぁ?」 源さんが言うた。
「そうじゃのぉ、それが良いかもしれんのぉ。じゃで源さん一つ話して
やっておくれな」長老どんはほんに寂しそうに言いなはった。


「皆には悲しい知らせになるのぉ。 先ほどから話題になっとる銀ちゃん
はのぉ、ここからちょっと行った先の3丁目に住んでおったのじゃが、
昨夜災難におうて亡くなったという訳じゃ。銀ちゃんには たまちゃんと
いうええ女房もいたのにのぉ、可哀相にのぉ。おまけにたまちゃんは今
お腹に赤子がおるのじゃよ。これから先わしらでできる限りの援助をして
やろうと思うておるので皆宜しく頼むぞよ」


源さんの話を聞いて皆はシーンとなっておった。すすり泣く者さえおった。
「なんて事だい! 3丁目というたらわしの家のすぐ近くでないかい。
確かあのでかい本棚の裏あたりと違うのかい?」 安どんが言うた。

「そうじゃ、そうじゃ、安どんの言うとおりじゃ」源さんが答えた。

「長老どん! で・・・ 今回のこの災難もまたあの化け物の仕業かい
のぉ?」一番年少の 辰やんが聞いた。
「そうじゃのぉ、それしか考えられんからのぉ。なんせ銀ちゃんは 
今朝3丁目の路地で手足をバラバラにもがれた状態で見つかったから
のぉ。恐ろしい事じゃぁ」


寄り合いに集まっておる皆は全員ぞっとした。あの化け物に勝てる訳は
ないぞな。ただ見つからないよう、遊ばれて殺されないよう、ひたすら
静かに暮らし向きをたてていくしかないでなぁ。 今月に入って銀ちゃん
でもう3人目の不幸じゃぁ。「明日は我が身か?」 誰もがそんな事を
考えながら黙り込んでいた。

「嘆いて怯えているばっかでもいかんぞなぁ」長老どんが言うた。
「そうじゃ!そうじゃ!」 源さんが皆を励ますように大声で賛同した。
「ほんまや、上手に逃げながらもあいつの鼻をあかしてやろうじゃない
かい!」一番若い辰やんが血気盛んにこぶしを振り上げて言うた。

「まぁまぁ、皆の衆! ここは知恵を皆でしぼって対策をたてようぞな」
長老どんは皆にもふるまいの酒などをすすめながら言うた。

色々意見が出そろったところで、源さんがまとめ役として皆にこう言うた。

「夜の外出は必ず2人以上で出かける事! 特におなご衆や子供衆には
特別気をつけてやる事! 皆もよう知っているようにワシらは夜型の生活
じゃ。腹もすかせておる。辰やんは若いであの1丁目でようふんばって
おるのぉ。確かにあの食器棚の裏は魅力がある住処じゃからのぉ。
 じゃが、本当に気をつけるのじゃぞ!あのあたりはあの化け物も大好き
みたいやからのぉ」

「それと! もう一つ大事な事じゃ!銀ちゃんの女房のたまちゃんとその
赤子の行く末を皆で見守って欲しいのじゃ。先月災難におうた鉄どんの
妹のお染ちゃんはやっと今月になって少し元気になったところじゃ。
身内をあんな殺されかたで亡くしたらもうそれは辛い事じゃからのぉ。
お染どんは今はワシのところにおるのじゃが、最初は昼間でもよう出かけ
やんとなぁ、恐がって恐がってどうしようもなかったのぉ。やっと今月
からまた学校にも通えるようになったところじゃ」


辰やんが大きな声で言うた。「源さんやぁ、お染どんもいるなら食料も
余分にいるじゃろう。 ワシとこは一番食料もふんだんにあるとこやで、
何時でも来てくれやぁ。ちょっと危ない場所ではあるがのぉ」

「おお、おお、すまんのぉ。ありがたい事じゃ。その時はまた世話になる
かいのぉ」源さんは目に涙を浮かべて言うた。


こうしてこの夜の寄り合いも終わりに近づいていた時の事だった・・・。

安どんがちょっと早めに帰らんと家で子供が腹をすかせているからと
皆に挨拶をして帰ろうとした時だった・・・。


安どんがまさにあのトレードマークのハンティング帽を手に皆に
ニッコリと笑い寄り合いの席を離れた、その時!!!



毛むくじゃらの大きな黒と銀色の縞模様の巨体が安どんの後ろに現れた!!



「あーーーーー!!!!!!!」 皆が叫んだその時、哀れにも安どんは
あの化け物の手にかかって押しつぶされた。必死に逃げようとする安どん
の手足をもて遊ぶように引っかけては弾いたり転がしたりと・・・それは
もう恐ろしい所業であった。


辰やんが血気に走って飛び出そうとするのを押さえるのが皆にできる
ただ一つの事じゃった。

長老どんの指図でとりあえず2丁目に逃げた皆はTVの裏からそっと
安どんの災難を見ているだけしかできんだ。皆、泣いておった。




「あーー」 空をつんざくような大きな声がした。
「もう夢ちゃんたらまたゴキちゃん退治してたの!?」
あの化け物の何倍もあろうかという巨人が現れた。

「もう! 可哀相にまたこんな殺生してぇー」

巨人は安さんを白い巨大な紙のようなもので包むと4丁目に捨てた。
4丁目というのは松どんが時々腹をすかした時に入る大きなゴミ箱である。 




こうして、この夜の寄り合いは最悪の結果となって終わった。
長老どんと源さんはしばらく残って話しておった。

「ここの街も昔は住み良い所じゃったのになぁ。
あの夢ちゃんとか言うておったなぁ、あの巨人がのぉ、あの化け物さえ
ここに住みつかなきゃワシらの生活も平穏無事だったのにのぉ」

「長老どん、ワシら・・・世間じゃぁ(ゴキブリ)とか(アブラムシ)
とか呼ばれているそうじゃのぉ。どう呼ばれてもかまわんが、ワシらにも
命ってものがあるんじゃで、何とか平穏な暮らしを取り戻したいのぉ」

「まぁまぁ、源さん! それでもなぁ、この街はええほうだという話も
聞くぞい。何でも隣街ではのぉ、あの巨人とよう似た化け物がのぉ、
煙幕のようななにか忍術を使ってのぉ、毒をばらまいてはワシらの仲間を
殺しておると聞くからのぉ」


「そうでんなぁ、まだこの街の巨人はましやと思わなあかんかいのぉ」

「何でもその毒の煙幕はの、あの化け物にも毒らしいからのぉ、それで
あの巨人はこの街では使わんのと違うかいのぉ、ええ事も悪い事もある
って事じゃのぉ人生はのぉ・・・」 深いため息をついて長老どんは言うた。

「さて、ぼちぼち、ワシらも住処に帰らんといかんですなぁ」
源さんと長老どんは2丁目を目指して暗闇を急いだ。
大きなサイドボードの裏が二人の住処である。

「おかえりー爺チャン!」 明るい声で源さんと万さんの孫達が出迎えた。




「パパー! 夢ちゃんたら毎日1匹ずつゴキちゃん退治してんのよー」
「うーん、ゴキブリは汚いからなぁ、夢の身体に触るなぁ、気をつけ
やなあかんなぁ」「パパもよーく見てて気をつけてやってねぇ」
「ママ、夢の手や足拭いてやらんとあかんなぁ」


傍らで・・・「チェッ、今夜は1匹しか遊べなかったニャー」
つまらんそうな顔をしてアメリカンショートヘアーの猫が座っている。




世の中にこれほど理不尽で、摩訶不思議で、また悲劇的で、しかも大いに
笑える世界があるだろうか!?


                           【おしまい】
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                      E-MAIL: muscat@mtd.biglobe.ne.jp
                                     《マスカット》QKD99314




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