#1111/1336 短編
★タイトル (KSM ) 98/ 9/22 10:28 (181)
お題>『浪漫飛行3』 …… PAPAZ
★内容
『浪漫飛行3』
――インペシリウム級スターシップ・ソンブルの形状は水滴型で、中心軸は約1キ
ロ。鏡の煌めきを持つ艦体表面も、恒星から離れた空間では乱反射した光の競演を見
ることはかなわない。闇に混じり沈黙を続けている。
恒星探査を目的として開発されたベクター型スターシップ一号艦が、赤色の発光気
泡に包まれ、中心に尖柱型の船体を隠しているのとは状態が異なっている。一号艦は
眩しいばかりの閃光を放射しながら、ベガを目指して飛び続けているのだ。航続距離
から換算して到着まで、470余年は見込まれる。――
「と、まあ、私なら航海日誌にそう書くだろう」
口を開いたのはマイスタリー少佐。広い額に細い目、やせ形の体型から想像もつか
ないほど、精力的に活動する。ただし、職務ではなく、食事という原始行動に方向が
向けられているが。
「私なら、こう書くわ」
話を継いだのは、マニュアレット。マニュアレット・ソーサー・ガリバン。
13歳という年齢で特殊通信技師を勤めている。つまりESP系ミュータントだ。超
空間を通して、受けたイメージを送受信できる個体通信機として肉体を機能させるこ
とができる。
マニュアレットの体にフィットした艦内服から、マイスタリーは裸体を想像してみ
るが、少年のイメージ以上のものは浮かばない。それでも、軽快に跳ね上げたブロン
ドのポニーテールから女性だと本能が告げる。鳶色の瞳から生命力という名前の強い
香りを嗅ぐことができる。
『だから、男っていやなのよ。いつの時代もHなんだから』
笑い声と思念がマイスタリーの中に浮かぶ。
『女性に興味が無ければ、早期に人類は滅ぶからな』
無言のまま答える。マニュアレットから微苦笑が伝わってくる。
――宇宙の孤児になったと思われたベクター型スターシップ一号艦が発見されたの
は、25年ほど昔のこと。人類が超空間通信の技術開発に至り、一号艦の定期的なパ
ルス放射を探知したのだ。今、われわれは歴史的なシーンに遭遇している。一号艦に
潜んだAQが姿を見せるのだ。――
「どうも今ひとつだな」
小さなつぶやきは宇宙物理学者、カーネルのもの。
「なによう。マイスタリーよりはましよ、まし!」
マニュアレットが口をすぼめ、頬を風船のように膨らませた。両肘を丸太を半割に
したテーブルにつけ、同じく丸太を切って作ったベンチの上で臀部をくゆらせた。
「いや、そうじゃなくて、1号艦の気泡が不安定なんだよ。ゆらめく境界線がわかる
だろう?」
マイスタリーは3Dプロジェクターが投影した艦外景色を注視した。400立方
メートル程度の小部屋は、丸太小屋を再現している。木目の壁に明かりといえばアン
ティークなランプ。レトロなイメージに似合わないのは艦内通信用のインターカムと
持ち込んだハンドタイプの3Dプロジェクターだ。
「見たところ、発光現象がランダムのようだな」
と、マイスタリー少佐。
「こちらの気泡が影響しているのか……気泡の同化に時間を使いそうだ。慎重なこと
にこしたことはないがね」
カーネル博士がむき出しの頭部を手でさすった。
「ぶー、私は5分刈りのほうが気持ちよかったな。つるつるは気持ちよくなーい」
テーブル越しにマニュアレットがカーネルに腕をのばした。細い指先がぺしゃりと
打ち、ついで優しくなであげる。
3D映像はテーブル上に展開されているため、一号艦から腕がのびているように見
える。
「おやおや、おじょうさん。それでは観察できないのだが」
と、カーネルが両手を広げおどけてみせる。
マニュアレットがまねをする。マイスタリーはそれを見て、腹を抱えて笑った。乗
員124名のうち、レトロクラブに参加してるのは14名ほど。その中でもこの二人
は最高の組み合わせだ、とマイスタリーは考えている。
マニュアレットが舌を出し、マイスタリーに「あにいってんのよ」といって満面の
笑みを浮かべた。
私は、この娘が好きなのかもしれないな、とマイスタリーは想像した。横に並び座
ったマニュアレットがうつむき頬を染める。
とくに、からかいがいのあるところが……、マイスタリーの思惟はそこで止まった。
プロジェクターの投影された映像は3次元ベースで再構築されたもの。一号艦とイ
ンペシリウム級スターシップ・ソンブルが客観的に見られるよう処理されている。一
号艦の赤色気泡とソンブルの無色の気泡が同化し、白光を放った。一号艦のエアーロ
ックが拡大され、外壁が開く。中から銀色の球体が姿を見せる。
「AQとは不思議な生き物だな」
カーネル博士が小声で口に出す。
「ええ、確かに不思議だわ。AQ本来の姿が球形で、超空間にパルスを流すなんて、
同じ生命体というのが信じられないくらい」
マニュアレットがマイスタリーを直視した。少佐の胸にかすかな痛みが走る。
AQは200メートルほど離れたソンブルに向けて上昇を始めた。索引ビームでひ
かれているのだ。ソンブルの円形エアーハッチが開き、一人の女性が姿を見せた。銀
色の裸身に銀色の髪、開かれた瞳は白銀の輝きを放つ。
「メイだわ……」
マニュアレットがつぶやいた。
「それでも彼らは人間より人間らしい、そう思う」
「私も同感だね」
と、カーネル博士がマイスタリーに同意した。
「マスメディアでは、ソンブル博士の意志を引き継ぐ、そういってたもの。愛してた
のね。誰よりも深く……」
「いやいや、高く、高く、だろう?」
マイスタリーが口をはさむ。
「ソンブル博士の口癖だったからなあ。懐かしいよ。私たちは冥福を祈ることしかで
きないが」と、カーネル。
「確かに私たちは非番で見てるぐらいしかすることがない。ソンブル博士の設計した
艦内で鎮座してるのみだ。――だが、それでもできることがある」
マイスタリーは右手を突き上げた。
「ベガは人類が初めて惑星をともなった恒星と発見された星だ。その第一歩を踏み出
す栄冠は一号艦に! だが、ソンブルはアンドロメダへ人類初の探求者となるのだ。
どこまでも高く、高く、より遠くへ……我々だって博士の意志を受け継いでいる!」
マイスタリー少佐の芝居がかった演技を見ながら、残った二人は顔を見合わせ、そ
れからうなずきあった。
3D映像の中、索引ビームが作り出した半透明なエレベーターをメイは降り、球体
AQは上った。交叉する瞬間、メイの体が溶解を始めた。わずかな時間ののち、球体
になる。
「メイは一号艦のブリッジに隠れるのね。そして宇宙に超空間ベースのパルスを発信
する……乗員は永遠にそのことを知らない」
「AQは人類の誇りを第一に考えてくれているからね」
マニュアレットにカーネル博士が応える。
映像はソンブルから7名ほどの乗員が移乗を始めたことを示している。航法コンピ
ュータのバグ修正が主な任務。もちろん彼らが手を加えた痕跡など、一号艦の乗員が
冷凍睡眠から醒めてさえ知ることはない。あくまで一号艦は単独の力でベガに到達す
るのだ。
3D映像が消えても、彼らは口を開かなかった。
<<マイスタリー少佐、交代の時間まであと5分>>
少佐の胸ポケットに埋め込まれたマイクロチップが教えてくれた。
「やれやれ、次の段階ではその5分で地球からアンドロメダに飛んでいけるというの
に……」と、マイスタリー。
「ぼやくな、ぼやくな。この船だって、220万光年を地球時間で一ヶ月もかければ楽
にいけるのだから」
「それでも、アンドロメダ銀河はもっとも近くにあるうずまき銀河なのよね。しかも
天の川銀河に属しているし……千年後の人類は、この船が銀河間の航行のため作られ
たなんて信じないかもよ。せいぜい遊覧船かしら?」
マニュアレットはジョークともつかない言葉を口にした。
「なんと答えれば良いのやら……」
距離と時間の関係は、技術革新に伴ってイメージを相対化するのが難しくなってき
ている。未来を考えるには歳をとりずぎたか、と苦い思いがカーネルに浮かんでくる。
「いつの時代も最初に訪れるのはスターシップと決まっている。転送機もスターゲイ
トも自分で飛べないのだから。恒星間であろうが銀河間であろうが、船の価値は絶対
的だ」
マイスタリーが強い口調で断言した。
そんな根拠は、どこにもないけどね――わずかに表層に出た思念をマニュアレット
は封印した。
いって良いことと悪いことがある。これは悪いことだ。なぜならマイスタリーのプ
ライドを傷つけるから……マニュアレットは、そう判断した。
「1983年、IRAS(赤外線天文衛星)が、ベガが粒子の群れにとりかこまれているのを
発見して以来、未知の惑星をこの足で踏むことがすべての人の夢だった。
われわれは、高く、高く、どこまでも遠くに飛んでいく。それはソンブル博士の遺
志というだけではない、古来から人間が持っている衝動そのものなんだ。――時に、
マイスタリー少佐、すでに勤務時間に入ってると思うのだが」
マイスタリーが声にならぬ叫び声をあげて、部屋から出ていく。閉じたハッチを目
の前にして、カーネル博士がため息をついた。それからおもむろに口を開いた。
「マニュアレット?」
カーネルが組んだ手に顎をのせ、マニュアレットを見つめた。
「あによー」
ぶっきらぼうに答える。
「私たちは君たちとこれからも仲良くしていくことができるのだろうか。自分の死後、
人類とAQはどんな関係を築いていくのか、それが心配なのだ」
マニュアレットの強い視線をカーネルは受けた。数秒ののち、彼女の瞳に優しさが
還ってきた。
「――先のことは私たちにも分からないわ。分かってしまえばつまらないもの。でも、
なぜ私がAQだと分かったの?」
「とりあえず、誰にでも、そう尋ねるようにしてるからかな」
「嘘」
カーネル博士が頬をゆるめた。
「生身の人間が超空間通信すると考えるより、AQがやってくれているとイメージす
るほうが似合ってるから、そう答えればお気に召すかな? 構造変換できるなら、皮
膚の色も変えることができる、と考える方が理にかなう。それに一号艦に乗り込んで
るなら、この船にも乗り込んでると考える方が論理的だろう。……それも、より自然
な形で。違うかな?」
マニュアレットは一つ息をつき、肩をすくめた。
「不思議なのは、なぜ私の思考を読まなかったのか? ということだな。君たちは嘘
をつかない。私の思考を読まなかったことは、明白だ」
「それは、カーネル、あなたが自分をさらけだすことを怖がってるから。いやがって
るから。だからしないの。それでは解答として不十分かしら?」
「いや、十分だよ。確かに私は怖い。心を裸にするには若すぎるよ。なあ、マニュア
レット。マイスタリーは怖がっていないのか?」
「かれは自分を知ってもらいたがっているのよ」
マニュアレットがうなじに手を当て、ついで微笑みを浮かべた。
---- 了 ----
「次回予告」
アンドロメダの縁円にたどり着いたインペシリウム級スターシップ・ソンブル。人
類がそこで出会ったものは、AQのシュプールではなく、荒れ狂う意識衝突前線だっ
た。破壊されていくマニュアレットの心と体。それをつなぎ止めようとマイスタリー
少佐は奮戦する。しかし、その願いはかなわない。
滅び行くマニュアレットの精神に触れたとき、マイスタリー少佐は何を考えたの
か? 指先から消えていく温もりに、彼は何を感じたのか?
次回「浪漫飛行4」閉ざされた世界。サービスしちゃうわよ。
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と、まあ次回予告を書いた時点で、浪漫飛行は終了です。
おつきあいくださった皆様、ありがとうございました。