AWC 『ブリキの月』   転がる達磨


        
#1110/1336 短編
★タイトル (HFM     )  98/ 9/22   5:19  ( 78)
『ブリキの月』   転がる達磨
★内容

 月の明るい夜、騒がしい大通りに面した高層ビルの屋上展望台、
 地表を遠望する者、二人、地表を蠢く無数の物体を眺めいる、
「全くたいしたものだ、ここまで発展するとは」
「数々の苦難を切り抜けてナントカここまで来ましたよ、 見てくださいよ、
 見渡す限りの光の原」
 見渡す限り無機物の原が続く、下に目をやり、眩しそうに目を細める
「あぁ、立派なもんだ。カミは無くても命は育つ、実証しれくれたね」
「こいつら、何度も苦しんでましたよ。突然のウイルスによる攻撃、食料難、
 一度なんかこいつら同士の争いで危うく死に絶えそうになってましたよ。私
 も何度諦めようと思ったことか」
「良い良い、そうやって結局は自らの力だけでここまで来たんだから、 そこ
 を評価してやろう」
「はい、その通りです」

 風もない、ゆっくりと流れる細切れの雲、感慨深げに宙を見上げ
「お月様が出ているね」
「そうそう、 あいつはブリキ製です」
「なに、ブリキ製だって?」
「ええ、どうせニッケルメッキかなんかですよ」
「はあ、なんと!」
 月を見上げながら
「あの時は驚きましたよ、何かの拍子で月がここの重力圏に入ってきてゆっく
 りと落ちてきたんですよ」
 地表に目を落とし、かぶりを振る
「それでもこいつら、慌てることもなく立派に対処しまして」
 月を見入ったまま
「で、どうした?何故また月がブリキ製になったんだ?」
「はい、いとも簡単に月を粉々にしたんですよ」
「な、な、な、」
「見直しましたよ、こいつらのこと、見ませんでしたか、ココを取り巻いてい
 る輪っか、あれ、月の破片ですよ こっから見えるかな」
 宙を見上げる
「見てないぞ、こいつら躊躇せずにやってしまったのか」
「ええ、あっという間でした」
 パッと目を見開いて
「そ、そいえば他の生命も見てないぞ」
「そりゃっそうです、今や全ての命はこいつらが完全に管理してますからね」
 頭を抱え込んで
「なんということだ、ここには命の自由は無いと言うことか」
「自由が無いってことはないですけど、ま、確かにこいつらがここの支配権を
 握っているのは事実ですよ」
「そんなことが許されると思っているのか」
「いえいえ、そんなことはありません。そのことで彼らはかなり考え込んでま
 したからね。自分たち以外の命を管理していいものか、神のような振舞をし
 ていいのか、ちゃんと考えてましたよ」
 怒気をはらんで
「そして結果、それも良としたのか?」
「こいつらの間でも揉めてましたけど、仕方ないということで‥‥」
「ばかな、自分たちの器というものを分かっていないのか。まして他の命を支
 配するなど良いわけがなかろう。おまけに月まで壊してしまいよって」
 なだめるように
「仕方ないと思いますよ、彼らは自分たちが生きてく為に必死になって考えて
 ましたから」
「だからといって、我々の料簡にまで踏み込んでいいというのか」
「そう言いますけど、こいつらが必要としていた時にあなたはいなかったんで
 すから。彼らはその状況下でもあなたに対して何も言わず、自分たちだけで
 切り抜けてきたんです」
 考え込みながら、辺りをウロウロし始める。光り輝く大地に目をやり
「そんな勝手なことをして、自分たちが危機に陥っても知らんぞ。結局は全部
 自分たちに降りかかってくると言うことが分かってないのか」
「充分理解してますよ、その上で全ての危機を乗り気ってここまで発展したん
 ですから」
 深くため息をついて
「はあ、‥‥しかしだな、」
「まあまあ、大丈夫ですよ。彼らだってむやみやたらと行動しているわけでは
 ありません。(地表を遠望しながら)きちんと自分たちの行いを冷静に、客
 観的に判断して、しかも罪悪感を持ち ながら生きています。今だって必 
 死に模索してますよ。他の命に対しても寛 容です。なんとか共存しようと
 努力は怠っていません。
 いまさら彼らを叱っても仕方ないですよ、親は無くても子は育つって言って
 いたではないですか」
「‥‥‥」
「とりあえず、ここまできたことを評価してやって下さいよ」
 
 ガラス越しにテーブルを囲む彼らが見える。談笑する彼ら。
                       (了)





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