#1109/1336 短編
★タイトル (HFM ) 98/ 9/22 5:18 ( 91)
『お終いの理由』 転がる達磨
★内容
女は、いつも冷めきっている風だった。何故、自分がこういう選択をしたのか明確な
理由が、
いつまでたっても見つけられないままのようだった。
男は、単純だった。自分は自分のしたいことをしている、という理由を自分の全ての
選択に当
てはめていた。少しの不安や不満も、そういう理由付けで自分に言い聞かせていた。そ
れは周囲
の人間だけでなく、自分自身さえも偽っていることになるのかもしれなかった。
しかし結果は単純には、でない。
男はある日、女に告白した。自分が女の眼の届かないくらい遠い地に行く、行きたい
という意
志をもっていることを、告げた。
男の女への気持ちは、変わっていなかった。男にとっても、遠い地へ旅に出るのは不
安なこと
だった。男にとっては、かけだった。
しかし、一体男がどういう気持ちで、それを女に告げたのかそれすら、明確な理由は
分からな
い。
「行ってきたら」
「いいのか」
「止めても行くでしょ」
「・・・多分」
男の考えも、曖昧だった。この女と一緒にいたいという気持ちも、自分のしたいこと
だった。
遠い地へ独り旅立つというのも、自分のしたいことだった。女と一緒に旅に出たいとい
う思いが、
浮かんだ。
どれが一番いい答えなのか、分からなかった。どれがいい結果になるのか、想像もつ
かなかっ
た。
「あなたはだめよ、何を言っても。ともかく、縛られるのがイヤなんだから」
「かもしれない。止められたら、益々、意地になって、行こうとするかもな」
「だったら好きにしたら。私も好きにさせてもらうから」
女は冷静だった。目の前で起きた突然の不本意な出来事を、しっかり受け止めようと
していた。
「必ず戻ってくるよ、待っててくれ」
「それは無理、あなたが好きなようにするんだから、私だって好きにするわ。約束な
んて、で
きない」
男は、自分の気持ちが揺れるのがわかった。女は、自分の考えに芯を持っていた。
「じゃ、二人の関係は終わりにするのか」
「仕方ないわね」
「俺が、どこにも行かなきゃ、いままで通りなのか」
「もう駄目よ。あなたが、そのことを口に出した時点で、私たちがこれまで築き上げ
てきたも
のは、全部くずれちゃったの。わかる?」
「そんな単純なものなのか」
「あなたは結局、何も分かってないのよ。私はいつか、あなたがこのことを言い出す
と、ずっ
と思ってたわ。そのために、いつも私はハラハラしてた、いつ自分は捨てられるんだろ
うって。
そして、いつ言われてもいいように、覚悟の準備をするのがどれだけつらかったか。
あなたは、
いつも自分が大事なの。私はいつも二番、そのことに気づいてから、今日までが長かっ
たわ」
「俺は別に、お前を捨てようなんて思ってない。そりゃ、何かを捨てなきゃ新しいも
のが手に
入らないってのは、わかるけど。でも俺はお前を、・・」
「わかってるなら、覚悟してよ。私をあきらめなきゃ、何もできないんだって」
女が何故そんなに冷静でいられるのか、男にはわからなかった。いまの今まで何の変
わりもな
く続いてきたことが、一瞬の判断と意志で簡単に崩れ去るものなのか。
「一緒に行かないか」
男はすでに迷い始めていた。どれも自分のしたいことだった。そして、どれも自分中
心に考え
ていたことだった。
「無理よ、私には今の生活があるの」
女は初めて自分の選択に、明確な理由を見つけていた。自分のしたいことは、自分で
決める。
「今までだって、別にあなたに従ってたわけじゃないわ。ただ私のしたいことと、あ
なたのし
たいことが偶然、一致していただけなのよ。だけど今回は、一致しなかった。だからお
終いにす
るのよ」
男はひとり、思い返していた。
「俺はだれかに止めてもらいたかったんじゃないだろうか。遠い地へ行くことを、本
当に望ん
でいるんだろうか」
どうすれば一番よかったのか、未だにわからない。だけど、どれもが自分のしたいこ
とだった
のには違いなかった。
(了)