#998/1336 短編
★タイトル (FGM ) 98/ 2/11 19: 8 (114)
聡史の涙 小畳首都麻呂
★内容
※この作品は「1999年1月1日聡史の涙の意味」の改訂版です。
1999年、人類は滅亡すると予言した人がいた。その年がついにやってきた。
本当かどうかなんて滅亡してみなければわかるわけがない。でもそれがわかったと
きにはもう遅い。だって、その時にはもう僕達はみんな死んでいるのだろうから。
去年の七月、人類滅亡まであと一年だということで、町のいたるところでカウント
ダウンの電光掲示板がたてられた。その数字が減るたびに、自分の命が削られている
ような気持ちがした。
年末からマスコミの間でも、人類滅亡や予言の話がもてはやされている。その勢い
は衰える兆しも見せず年が明けた。テレビでもさっきからその話ばかり放送している
。地球物理学とやらの先生や有名な占い師なんかもいろいろと言っていた。
それは滅亡の月と言われる七月が終わるまで、あと十七日の日だった。
「どうなるのかな?」
聡史が言った。聡史はさっきから、ベッドの脇の机で書き物をしている。ほとんど
毎晩と言ってもいいくらい書いているから、見慣れた光景だ。けれども、何を書いて
いるのかは決して教えてくれない。この間横からちらっと見たときには、そこには詩
のようなものがあった。ほかにも小説のようなものもあるようだ。
聡史はいわゆる同居人だ。同じ大学の同じ三年生だ。恋人らしき人もいる幸せ者で
ある。さっきも彼女と電話をしていたみたいだった。彼女についても、これもまた教
えてくれない。聡史には秘密主義的なところがあった。
「人類が本当に滅亡するのかって事なら考えるだけ無駄だよ。その時にはみんなもう
死んでるし、僕たち無力な学生には何もできないよ。そうだろ?」
僕は、ベッドに潜り込もうとしている聡史に向かってこう言った。
「そう・・・・・・かもね」
聡史は少し考えてからそう言った。
「そう、僕達には何もできない。だからもう寝てしまえ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
数分もしない内に聡史は眠りについた。
なぜか聡史の目には涙が溜まっていた。
僕は眠れなかった。枕元の時計は午前三時頃を指していた。
ずっとさっきの人類滅亡の話について考えていたのだ。本当に僕達には何もできな
いのだろうか。いろいろ想像してみたが、今からどうにかできるようなことは何もな
かった。これから科学の勉強をしたところで何もできないだろうし、逃げることもで
きない。だいたいこれから何が起こるのかもわからない。いったい何から逃げればい
いのだろう。
人類はなぜ滅亡するのか。わからない。
世紀末だから? 違うと思う。地球ができてからの正確な時間なんて誰にもわから
ない。西暦なんてあてにならない。時間は関係ないだろう。
自然破壊が進行しているから? これも違う。数年前から進行は停滞しているはず
だ。
それとも超自然的なものか? そんなものならやはり僕には何もできない。
「やっぱり僕には何もできそうにはないな。寝ちまおう」
さっきの聡史の涙は、何もできない無力な自分たちのために流したものなのかもし
れない。
考えつかれて、数分もしない内に僕は眠りについた。
七月が終わっても人類は滅亡しなかった。人々は本当にほっとしているみたいだっ
た。予言を信じていなかった人も、心の奥の方、決して他人には見せないところでほ
っとしていたに違いない。僕もまた、心の奥の方でほっとしていた。
聡史が死んだ。僕と同い年だから二十一才だった。
何もこんな時に死ななくても、と僕は思った。やっとあの予言から解放されて、人
々はその人生を謳歌しているというときに、と僕は思った。
僕が大学から帰ってくると、聡史は玄関で冷たくなっていた。これから出かけよう
としたところだったのだろうか、靴が片方だけ履いてあった。僕は一年の時から落と
し続けている民法Tの授業が一限だったから、聡史よりも先に家を出たのだった。
聡史の父親が言うには、内臓を患っていたらしい。詳しい病名までは聞かなかった
。手術をしても助かる可能性はほとんどなかったと言うことだった。聡史はそれを知
っていた。
大学に残ることは聡史に希望だった。あと数ヶ月の命だと知っていたのだから、大
学なんてやめて自分の好きなことをすれば良かったのに、と僕は思った。聡史の両親
もそう言って聡史を実家に帰そうとした。しかし聡史は首を縦には振らなかった。理
由は言わなかった、と父親は悔しそうにすべてを教えてくれた。
聡史の父親が帰る日。
「君はこの部屋を出るんだろう?」
彼は僕にこう言った。
「なぜです?」
僕は逆に訊いた。
「なぜって・・・・・・、独りで住むにはここは広すぎるだろうし、それに・・・・・・、聡史と
の想い出もあってつらいんじゃなかい?」
彼は僕を気遣うようにそう言ってくれた。
「大丈夫です。部屋代はどうにかなります。聡史のことも。僕はここで聡史と暮らし
た三年間を、これで終わらせたくないんです。あと半年で卒業ですし、聡史がここに
残りたかった理由が今は何となくわかる気がするんです」
彼はしばらく黙っていた。居間の机の上に置いてあったライターをいじっていた。
「教えてくれるかい?」
「東京から離れたくなかったんだと思います」
「それはなぜだろう」
「うまく言葉にできないんですけど・・・・・・、ここには聡史にとってかけがえのないも
のがあったんだと・・・・・・」
「私たちのいる故郷よりも?」
「ある意味では、故郷や想い出よりも大事なものと言っても良いかもしれません」
「具体的にはどういうことなのかな」
「ひとつにはつきあっていた女の人の存在があったんだと思います。他にもあると思
いますけど」
「それ以上はうまく説明できないんだね?」
「はい、・・・・・・すみません」
彼は慌てて言った。
「いやいや、君を責めてるんじゃないんだ。大学に入ってからの聡史のことは私より
君の方がよくわかってるだろうからね。それで良いと思う」
「はい」
「もし何かわかって、それが説明できるようになったら教えて欲しい。良いかな?」
「はい」
彼は聡史と共に故郷に帰っていった。
僕はこの時、聡史の父親に助けられた。精神的に。とても。
僕を助けてくれたのは彼だけではなかった。聡史もまた、僕のことを助けてくれた
のだった。