AWC 聡史の涙 (結)        小畳首都麻呂


        
#999/1336 短編
★タイトル (FGM     )  98/ 2/11  19:10  (102)
聡史の涙 (結)        小畳首都麻呂
★内容



 その日の夜。
 僕は布団に入ったが、眠ることができずにいた。ずっと、聡史がここに残った理由
を考え、それを言葉にする作業を続けていた。
 でもだめだった。
 僕は諦めて眠ることにした。

 夢を見た。
 聡史が僕に訊いた。
「どうなるのかな?」
 え? なんのことだ? 聡史、お前の言っている意味がわからない 何を言ってい
るのかわからないよ
「人類が滅亡したら、だよ」
 そんなこと僕にわかるわけないだろ
「そうだね、そんなこと誰にもわかるわけないよね」
 そうさ、誰にもわからない 人類の事なんて誰にもわからないわからないわからな
いわからないわからないわからない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 違う。
 僕はそんなことを考えていたんじゃない。僕は聡史のことを考えていたはずだ。
「そうだ。僕のことを考えていたんだったね、君は」
 お前はなんで東京に残ったんだ?
「なぜかな。なぜだと思う?」
 そんなこと僕にわかるわけないだろ。教えてくれよ、どうして東京に残ったのか。
「・・・・・・」
 おい、答えろよ。聡史、聡史、なにか言えよ。
「人類は滅亡するかもしれないけれど、僕は・・・・・・、今を生きたい。今この瞬間を生
きたい」
 え?
「死はいつか必ずやってくる。でも決められた死なんて嫌だ。自分が納得のできる生
を全うして、それから死にたい。東京には今の僕のすべてがある。自分の人生を賭け
るべきものがある。両親には悪いけど、短い僕の人生で唯一この世に残せるもののた
めには命も惜しくはないよ。君には大げさに聞こえるかもしれないけどね。だから僕
はここを離れるわけにはいかなかったんだ」
 そのために・・・・・・
「そう、そのために」


「そうか!」
 僕は聡史の机の一番下の引き出しを開けた。そこには原稿用紙の束が入っているは
ずだった。
「あった」
 聡史は毎晩書き物をしていた。それをこの引き出しにしまっていたのだ。ここには
聡史の思いが込められていた。
 決して見ないで欲しい、と聡史は言っていた。恥ずかしいからと。
「見るぞ、聡史」
 原稿用紙は千枚以上あるようだった。そこには詩や小説が詰められていた。短いも
のは原稿用紙一枚に収まるものから、長いものでは百枚にもなるものもあった。
 用紙の下には日付が書かれていた。聡史が死ぬ直前に書いたと思われるものだった

<たとえ人類が滅びてしまう運命にあるとしても、かまうものか。君がこれをあの人
に渡してさえくれれば僕のこの作品はあの人の心に残る。あの人が死ぬときには、僕
と僕の書いたものを思い出してくれるだろう。それは僕が確かにこの世の存在したと
いう証だ。たとえ人の目に触れなくても、あの人の胸に残ればいい。
 京平。たのむ。僕の最後のお願いだ。僕のこの作品をあの人に届けてくれ。
 京平がこの手紙(のようなもの)を読んでくれることを願って筆を下ろそう。>

 なぜ言ってくれなかった。なぜ直接言ってくれなかったんだ。これを見つけること
ができたから良いが、もし僕がこれに気付かなければ《あの人》にお前の作品を見せ
ることはできなかったんだぞ。《あの人》の胸にお前の作品が残らなかったかもしれ
ないんだぞ。

 やはりそうだった。彼女がいたからここを離れられなかったんだ。この作品のこと
も気にしていたのだろう。


「なぜ家にも病院にも、ましてや葬式にも来なかったんですか?」
 僕は彼女に訊いた。
「目を閉じた聡史君には会いたくなかったの。ごめんなさい」
 彼女は僕達より一つ年上だった。
「いえ、別にかまいませんけど。それよりこれを見てください」
 僕は聡史の『作品集』を彼女に渡した。
「《あの人》というのはあなたのことですよね?」
「ええ、そうね。たぶんそうだわ」

 やっとの思いで僕は彼女を捜し当てた。困難を極めたと言っても良いだろう。聡史
は彼女のことを教えてくれなかったし、手帳やなんかは父親が持っていってしまった
からだ。聡史の友人や、バイト先の本屋の人に訊いたり、大学の名簿でそれらしき人
に当たってみたり。

 彼女は聡史の病気のことを知っていた、と言った。
「そうですか。良かった」
 僕は心からそう思った。

 本当に良かった。聡史は彼女にすべてをうち明けていた。二人の間には、人類の滅
亡も関係なかったのだ、と思って僕は嬉しかった。
 あの日の夜、聡史が「どうなるのか」と訊いたのは、人類のことではなく彼女と作
品と、そして僕のことだったのかもしれない。何も知らない僕が聡史がいなくなって
しまったとき、どうなってしまうのか。そして、もし僕がすべてを知ったときにどう
なってしまうのか。それを思って悲しくなって流した涙なのかもしれない。
 今となってはもうわからない。聡史の涙の意味は。人類が滅亡したらどうなるのか
、誰にもわからないように・・・・・・。なぜ聡史が、あの手紙に書かれていたことを、直
接僕に言わなかったのかも。  
 ひとつ思い出した。あの手紙が書かれたのは、聡史が涙を流した日だということを
。


                                 <終> 



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