AWC 「……しようか」下  小畳首都麻呂


        
#989/1336 短編
★タイトル (FGM     )  98/ 1/26   1:27  (145)
「……しようか」下  小畳首都麻呂
★内容
「いないわ」
「誰が?」
「さっき云ったでしょ、知り合いのやってる店だって」
「じゃあ、今日は休んでるんだ」
「休日は必ずいるからいつでも来て良い、何かおごる、って云ってたのに」
「云ってた?」
「この前、電話があったの」
「そう……、なんだ」
 なんだ? この感覚は。胸の奥の方がモヤモヤする。
「やあ、来てくれたんだ」
 店の奥から出てきた男が、彼女に話しかけた。
「ひさしぶりね。近くに来たから寄ってみたの……」
 彼女と、その男は僕を無視して話し始めた。
 ―――男だったのか。
 僕はてっきり女だと思っていた。いや、そんなことは想像もしていなかった。普通
店を持ってるなんて聞いたら、男を想像するのが当たり前なんだけど。
まさか男とはね……。
 割といい男だ。僕の趣味じゃないが。この店は彼の物なのか。金は持ってそうだな
。
頭も良さそうだ。彼女と同じ、評価オールA男のようだ。
「それじゃ、ゆっくりしていって」
「うん」
 オールA男は店の奥に消えていった。
「一つ聞いて良い?」
 どうやらこの台詞、僕の口癖になりつつあるらしい。
 彼女は、ストローをくわえたまま、頷いた。
「あの人って、君とどういう関係なの?」
「気になる?」
「まあね」
 気取って云ったが、内心かなり気になっている。
「大学の時の同級生よ」
 と云うことは、僕の一つ下と云うことになる。そうは見えない。しっかりしてそう
だし、僕と同い年か、一つか二つ上に見える。
「この店は、彼の持ち物なの?」
「そうよ。おじいさんが作ったんだけど、大学出る年に亡くなったんで、彼が受け継
いだって訳」
 要するに、一国一城の主というわけだ。オールA男め。なんだか腹が立つ。 
「一緒にいる俺に一言もないって云うのは、どういうことなの」
「何云ってるのよ。あなたが彼のことすごい目でにらんでたんじゃない」
 僕は考え事をすると、決まって怖い顔になるらしい。大学時代、就職部の人と模擬
面接をした時にも云われた。君は怖い顔してるね、と。
 ましてや、あんな男と顔を合わせれば、怖い顔にもなろうというもの。
 何故って、だってそうだろう?
 正直云って、僕より2ランクくらい上の男だ。顔も良い。金もありそう。いや、3
ランク上か。足も長い。そんな男だったら、並の女性はふらりとなびいてしまう。ひ
ょっとしたら、彼女だってふらりと……。
 そんなことを考えていたら、にらみつけたくもなろう。
そうか。そういうことか。僕は嫉妬している。さっきの胸のモヤモヤはそのせいだ。
「彼ってなかなかもてるのよねえ、結構顔も良いし。話も面白いのよ」
 これだから可愛い女は困る。あの男の顔が結構良いだと? 冗談ではない。あれで
結構だったら、僕なんて……。
「この間、電話があった時もね…」
「出よう」
 そう云ったときには、僕はもう立ち上がっていた。
「えっ、何云ってるの? まだ入ったばかりじゃない」
 僕は、彼女の手を引っ張って、その店を出た。いつの間にか雨が降っていた。
「ねえ、雨、降って来ちゃったよ。もう少しここに……」
 僕は、彼女が言い終わらない内に、その手を引いて雨の中を走り出した。
「どこ行くのよ」
 彼女が当然の質問をする。
 だけど、僕だってどこに向かってるのか分からない。雨はまだ降っている。さっき
より激しくなったかもしれない。
「とにかく、どこかに入りましょう」
 今度は、彼女が僕の手を引いて駅ビルに入った。入り口には、突然の雨に、傘を持
たずに出かけてきた人が大勢いた。休日だし、ここは百貨店になっている。
 僕は、何も云わずに突っ立っていた。前髪からしたたり落ちる滴が、目に入って少
し痛かった。彼女は、ハンドバッグからハンカチを取り出し、僕の顔やら服やらを拭
い始めた。
「君から拭けよ」
 ちょっと冷たい言い方になってしまった。いじけてるんだ。情けない。僕も、ポケ
ットからハンカチを取り出した。
 彼女は、ある程度服を吹き終わると、僕の方に向き直った。
「いったいどうしたの?」
「ちょっと、ここじゃ云いにくい」
 ビルの入り口には、人がどんどん集まり始めていた。少し窮屈にもなってきた。
 彼女は少し考えると、また僕の手を引いて歩き始めた。僕もまた黙って歩いた。奥
まったところにある階段を上がって、踊り場で彼女は振り向いた。
「ここなら良いでしょ」
 確かにここなら人は来ないようだ。
「何で急に飛び出したりしたの?」
「うーん、その、あの。えーと」
「恥ずかしがらなくて良いから、云ってみて」
 彼女のこの言い方を聞くと、小学生でも相手にしているみたいに見えるが、僕は実
際とても恥ずかしがり屋なのだ。そのことを知っているから、こんな言い方をするの
だ。
「怖くなったんだ」
「何が?」
「君がいつか、俺の前からいなくなってしまうんじゃないかって」
「どういう事?」
 彼女は辛抱強く聞いた。
「正直云って、俺と君とは合わないんじゃないかって思う。君はとても良い人だよ。
俺にはもったいない。こんなにいい子が、いつまでも俺のそばにいてくれるわけがな
い。いつか俺に愛想を尽かして、どこかに、他の誰かのところに行ってしまうんじゃ
ないかって、あいつを見ていたらそう思った。そうなってもおかしくない。全然おか
しくなんてない。誰だってそう思うよ。周りの奴もそう云ってる。彼女は遊んでるん
だ、って。お前なんかと真剣につきあう分けないだろう、ってね。確かにそうさ。今
までは、さっきみたいな男が、俺の前に現れたりしなかったから忘れていたけど……
、君が側にいることに慣れてしまって、いるのが当たり前だなんて図に乗ってしまっ
て。それに、俺のこと好きじゃなくなっちゃったみたいだし」
 それ以上は何も云えなかった。涙は出なかった。
「嫉妬してくれたんだ」
 そう、その通り。でも口には出せなかった。
「有り難う」
「えっ、なんで?」
 嫉妬深い男は嫌いな男のベストスリーには入るはずなのに、何で礼を言われるのだ
ろう。
「だって、嫉妬してくれるって事は、私のことを好きでいてくれてるって事だから」
「いつもそう云ってるじゃないか」
「云ってない」
「云ってるよ」
「『好きだ』って口に出して云ってくれない」
「そうだっけ?」
「そうよ。だから私、不安だった。もう私のこと、好きじゃなくなちゃったんじゃな
いかと思って」
「だから目を合わせてくれなかったんだ」
「うん。目を見るのが怖くって」
「ごめん」
「いいのよ。私のこと好きでしょ。嫉妬するくらいに」
「ああ」
「私こそごめんなさい。私の気持ち、伝わらなくって」
「えっ」
「私があなたのことが大好きだって事」
「……」
 何も云えなかった。
「私あなたが一番好きよ。今まで色々な男の人を見てきたけど、あなたが一番だわ」
「……」
「他の人のところになんて行かないわ。他の人が云うことなんて気にしなくて良いの
よ。つきあっているのは、私たち二人なんだから。それに、私たちってとても似合っ
てると思う。私、あなたと一緒にいるのが好きなの。気兼ねしなくて良いし、楽しい
し。あなたって、とても良い人よ。自分の事って、自分では分からないものよ。悪い
ところばかり見えるから」
「俺にも良いところがある?」
「うん」

 自分の気持ちというものは、口にして伝えなければ相手には伝わらない。よく、黙
っていても気持ちは伝わるとか云うけど、あんなのは嘘だ。気持ちは、伝え続けなけ
ればいけない。特に、「好き」という気持ちは。

「……しようか」
「えっ、なに?」
「いや、何でもない」
 まだこんな事は云えない。僕が、もう少し成長してからでないと。  
「結婚しようか」
 なんて。
                            <終>



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