#988/1336 短編
★タイトル (FGM ) 98/ 1/26 1:23 ( 86)
「……しようか」上 小畳首都麻呂
★内容
暑い。
当たり前だ。季節は、夏真っ盛り。
疲れた……。
もう休みたい。
どうして、女の子って買いもしないのにウロウロウロウロ歩き回れるんだろう。
「ねえ、この傘どうかな? ちょっと地味かな」
「さあ、どうだろうね」
「こっちのはどう?」
「ううん…」
僕はもう、上の空。
彼女はとっても上機嫌。
「これもいいかも」
もう耐えられないな、こりゃ。
「一つ聞いて良い?」
「なあに?」
「あのさ、俺が今何欲しいか分かる?」
「そんなこと分かるわけないでしょ」
そりゃそうだ。
「教えて上げよう。俺が今欲しいのは、一杯のコーヒーと座れる場所だ」」
「何で素直に云わないのかな。可愛くない」
彼女は少し怒ってしまったみたいだ。
ここで怯んだら負けだ。
ちょっと強がってみる。
「別に俺は可愛くなくても良い。頼むから、休ませてくれ」
「どこで休む?」
「どこでも良い」
「あなたって、最近いつもそうよね。投げやりで、相手任せで……」
図星。
「俺に対する批判は、後でいくらでも聞くから。もう足が動かない」
「しょうがないわね。じゃあ、あそこの喫茶店に入りましょう。知り合いがやってる
店なの」
やっと休める。少し風が出てきたみたいだ。
最近僕達は、あまりうまくいってない。
と云うか、彼女は僕のことを好きじゃなくなってしまったのではないかと思う。別
にそう云われたわけでもないし、つまらなそうにしているわけでもない。
あまり目を合わせてくれなくなったのだ。
僕は今でも彼女のことが大好きだ。
ウェイトレスが注文を取りに来た。
「アイスコーヒー。君は何にする?」
「何でも良い」
まだ怒ってる。ウェイトレスも、さすがに驚いたみたいだ。
「俺の真似をしないでくれ」
「こう云われたら嫌でしょ?」
「ああ、すごく嫌だ」
「私はアイスミルクティ」
ウェイトレスは足早に去っていった。
少し考えてから、僕はこう云った。
「ごめん。『何でも良い』ってあんまり云わないようにする」
「そうね。その方がいいわね」
最近、僕は彼女に優しくない。
昔は、彼女がしたいことは何でもして上げられた。ウィンドウショッピングにして
もそうだ。あれくらいのことで、根を上げたりはしなかったはずだ。つきあい始めた
頃は、一緒にいられるだけで嬉しくて嬉しくて、時間が過ぎるのも早かった。
正直に云って、彼女はとても可愛い。これは僕の贔屓目ではない。周りの人間がよ
く云っている。おまけに、可愛いだけじゃなく、仕事も頑張ってるし、頭もいい。
「お前にはもったいない」
「彼女、可愛いな」
「俺ならもっと幸せにしてやれる」
「早く別れろ」
などなどなどなど……
別に自慢してるわけじゃない。少しはしてるんだけど、とにかく、僕と彼女は一般的
、客観的、相対的に見ると釣り合っていない(らしい)。
はじめの頃は、そのことに結構引け目を感じていた。僕なんかで良いのかな、なん
ていつも考えてた。
のにっ。のにのにのにっ、だ。
今の僕と来たら、何だ。あのころの純情な悩みはどこへやら。完全に安心しきって
いる。まあ、一緒にいるようになって、かれこれ二年にもなるんだから、誰だって
「こいつは俺に惚れている。誰にも邪魔できないぜ」
なんて図に乗りまくってしまうと云う物であろう。
ただ、その辺は少し、いや、大幅に考え方を修正する必要があるだろう。
何故って、だってそうだろう?
彼女は世の中での評価はオールA。いつ僕の目の前からいなくなっても、不思議はな
い。いや、このままだと、いなくならない方がおかしい。そうだ。以後気を付けよう
。
アイスコーヒーとアイスミルクティーが来た。
僕が一大決心をしていることなんかお構いもせず、彼女は砂糖を入れてかき回し始
める。
人の物がうらやましく見えるのは何故なんだろう。
「一口ください」
ここは敬語で頼むべし。
「良いわよ」
さっきの事なんてすっかり忘れてしまったかのように、彼女は軽くそう云った。
<続>