AWC 「新しいメッセージは、ありません」・4-2……武闘


        
#788/1336 短編
★タイトル (FWG     )  97/ 5/26   3:30  (197)
「新しいメッセージは、ありません」・4-2……武闘
★内容

3・海ハラ

 月曜日の出勤ほど大儀なものはない。それが、楽しい休日の後となれば、なおのこ
とだ。
 マハラージュの躯は精液を絞り尽くす魔法を身につけているとしか思えない。抱い
た感覚を思い出すたびに、下半身がうずく。本当に、あいつは素晴らしい。
 マハラージュの事を愛してるんだなあ――海ハラは幸福感に満たされていた。
(山サキの事は魚の骨が喉に刺さったようなもので、痛いのは瞬時だけ。すぐに治る。
結局、自分がやったと忘年会オフでばらさなければ、何てことはなかったんだ。
 山サキの計画は行き当たりばったりの偶然に頼ったものに過ぎない。だが、俺は違
う。きちんと計画を立て、徹底的に痛い目を見せてやる)
 武者震いが海ハラを包み込む。
 海ハラが勤めるディスカルトサーブは、本社が公正電気株式会社であり、勤務先と
なるべきビルは摩天楼に並ぶ十階建ての近代的な建築物である。陽光を反射する摩天
楼に負けじと、燦然と光を弾き返すが、さすがに本社ビルの威圧感を身につけるには
至らない。ロビーのセキュリティチェックは専門のセーフティ・ガードマンが行う。
海ハラが胸につけているようなネームプレートを持たないものは、ロビーから先に通
ることはできない。セーフティ・ガードマンの唯一の仕事は、それ一つである。顔見
知りといえども、ネームプレートを持たないものを通すことはない。
 身長より一回り大きなアーチをくぐる。赴任当時は、ネームプレートがアーチに組
み込まれたセンサーに反応せず、警報ブザーが鳴るのではないかと危惧を抱いたもの
だ。それも今となってはお笑いぐさになってしまった。
 アーチの横に立つガードマンが、わずかに一センチほど顎を下げる。
「通ってよし」無言の了解である。海ハラは軽く微笑みを浮かべ足早に通り過ぎる。
 最上階への直通エレベーターに乗り込もうと、扉が開くのを待った。扉は鏡のよう
に風景を映し出している。扉が開き、海ハラは髪を撫でつけるのをやめた。
「海ハラさん。ちょうどよかった」
 大きく肩を揺らしながら、山口が出てきた。乗り込もうとする海ハラの肩を両手で
押さえ、耳元で囁く。
「消しておきましたよ、ログ。まずいっすよ、会員情報に勝手にアクセスしちゃ」
 山口は大きな体を小さくして語る。
「どうして分かった?」
 海ハラは、周りに人がいないのを確かめてから、小声で尋ねた。会員情報へのアク
セスは職権乱用である。見つかれば軽くて厳重注意、場合によっては懲戒免職される。
当然、海ハラはアクセスした形跡を残さないように、足跡は消している。
「保安課の毒島が教えてくれたんですよ。親しき者は麻雀仲間っすね。もちろん、私
の先輩だからって特別に教えてくれたんです。気をつけてくださいね。アクセス情報
は、保安課がチェック用にコピーしているんですから。ところで、経路はどこだと思
います? 何と緊急システムメンテナンス用のモデムからだって言うんだからまいっ
ちゃいますよね」
「はじめて耳にする」
「それはそうでしょう。私だって初めてなんだから……インターネット接続業者にな
ってから、とにかくセキュリティには五月蠅いです。保安課だってシステム管理者を
疑うくらいなんですから。住み難い世の中になっちゃいましたよね」
「色々と、ありがとう。他に何か申し継ぎがあるかい?」
 山口は海ハラと同くシステムの管理を仕事にしている。主に面倒をみるサーバーも
同じだ。一つのサーバーマシーンには六人の管理者がいて、三交代勤務になっている。
いつもならチームを組むところだが、相棒が休暇をとってロンドンに旅行中とあっ
て、、今日は一人で面倒をみるより仕方がない。
「僕が部屋を出るまでは異常ありませんでした。それと携帯電話が故障しているので、
明日の出社まで何か異常があっても連絡とれないと思います」
「それは困ったなあ。手を借りるようなことが起きなければいいが……」
 海ハラは上目遣いで山口を見つめる。
「毒島には手こずりましたよ。違反の発見は自分の手柄になるんですから……今度、
飲みにつれていくことで、やっとログを消してもらったんです」
 聞こえるか、聞こえないかの微かな声。
「分かった。楽しいオフタイムを」
 海ハラは片目をつぶった。
「ありがとうございます。海ハラ先輩! 後はよろしくお願いします」
 別れの挨拶もそこそこに、山口はアーチの向こう側へと走って消えていく。
 確かに仕事から解放された身分なのだから、家路へ急ぎたい気持ちも分かる。しか
し、普段、走ることをもっとも苦手とする山口が、なぜ走るのか?
 疑問は職場であるルーム1に入った途端に氷解した。
「やられた! ブルートフォースアッタクだな。ホストの秘密番号がハックされた」
 諦めたような口調は相沢の癖だった。
「リピートコールされている。ホスト、落ちるか?」相沢に駆け寄った海ハラはモニ
ターを眺めた。間違いなく、落ちる。先にバックアップ用のサーバーが落ちているの
だから。
「単純なリピートならともかく、すぐにホストが切断できないように、某かの情報が
入れられている。ユーザー情報を偽っているわけさ。たぶんな」相沢の表情は冷めた
ままだ。
 おかしな言い方だ。海ハラは疑問を抱いた。疑問はすぐさま質問に化ける。
「某かの情報って何だ? やけに匂わせているじゃないか」
「ほれ」相沢がキーボードの特殊キーを押す。
 モニターに走る文字列を見て、海ハラは声を失った。
「ヴィルス作成者:海ハラ――これを上司は何て判断するだろうねえ。しかも書かれ
ているメールアドレスは、君の物だ」話している途中でサーバーがダウンする。つま
りホストが落ち、集合モデムにつながっている会員のアクセスが不可能になったのだ。
「今夜は徹夜だねえ。まあ、ヴィルスの問題が片づけばの話だけど」
 淡々とした相沢の台詞が、海ハラには憎らしかった。

4・海ハラと山サキ

 会いたいって。美枝子からの唐突なメッセージ。誰から? 山サキは受話器に応え
る。
「海ハラさん、電子メールが送られてきたわ。電話番号が書いてあったの。あなたか
ら電話する?」心配しているのが電話回線を通して伝わってくる。
「ああ」短く答えると、メモ用紙にペンを走らせた。
 あれから三日たつ。ディスカルトサーブが復旧したのは二日後の夕方だった。なぜ
システムがダウンしたのか、詳しい内容をあかしてはいない。公式コメントは「シス
テム不調のためのメンテナンス」となっている。それでも、自分のせいだと、確信し
ている。関係ない人たちに多大な迷惑をかけたことが、罪の意識となって山サキを覆
い尽くしていた。
 山サキが電話をかけると、海ハラは物憂げな声で「もしもし」といった。山サキは
何をいおうか、最初に謝るべきだろうか? 頭の中を言葉が渦巻き、結局、「会いた
いそうだが」としかいえなかった。受話器をおろしたとき、全身の力が抜けたのは初
めての経験だ。
 電話で何を話したのか、よく覚えていない。くだらない世間話をしていたような気
もする。
 手元のメモには「日南東公園。金曜日、夜8時、彼女付き、絶対に謝るぞ」の走り
書きがあるが、どこか空々しい印象はぬぐえない。
 山サキは謝ることに慣れてはない。頭を下げている自分を想像すると、吐き気がし
てくる。金曜日なんか、永遠にこなければいい……だが、時間の流れは止められない。
 夜の日南東公園はカップルが隠れ潜んでいる。茂みの陰、建物の陰に。見られるの
が好きなのか、ベンチの上で熱烈な愛を交換している人たちもいる。
 山サキと海ハラが顔を合わせたのは、イルミネーションが輝く、噴水の前。噴水に
合わせてベンチが八つ円形に並べられている。
 山サキが座っていたのは、二つある人工灯のうち、東側にある一灯の下だった。
「やあ」山サキが力の入らない右手を挙げた。
「オッス」
 海ハラは、体育会系だったのだろうか? 返事を聞きながら山サキは想像する。マ
ハラージュはそっぽを向いているし、どうしたものかと美枝子の顔を見た。 ガンバレ、
顔に浮かんだメッセージ。意を決した山サキは海ハラの前にたった。
「ごめん、今までのことは水に流してくれ。俺が悪かった」山サキが深々と頭を下げ
る。
「い、いや、俺が悪かった。俺が一番悪いんだ。山サキ……君を旧サーバーに置き去
りにしたのは俺なんだから。それに……会いたいっていったのは、俺が謝るつもりだ
ったからさ」
「いや、悪いのは俺なんだ。君のパスワードを盗んで、ひどいことをしてしまった」
「気にしないでくれ、おあいこってやつだろう」海ハラは立ち上がり、山サキの肩を
軽く叩いた。
「そう言ってくれると気が楽になる」山サキの本心である。
 美枝子は海ハラが立ち上がった席に座り、そっぽを向くマハラージュに優しく声を
かけた。
「マハラージュさん。いいわねえ。男の人って。馬鹿なことをやっても、ああやって
分かり合えるんですから」
「……」
「?」美枝子が聞き返す。マハラージュの声が小さくて聞き取れなかったのだ。
「聞こえなかったの? おばさん、っていったの。繰り返して上げる。お、ば、さ、
ん! あのねえ、海ちゃんが謝ろうと思ったのは、フォンハッキグするような相手と
事を構えるのは、みんなの迷惑になると思ったからよ。サーバーを再構築して。ホス
トを立ち上げるのに二日徹夜したんだから。私とデートもできなかったのよ」
 マハラージュは一気にまくし立てた。だが、美枝子の耳には一部しか届いていない。
「お、ば、さ、ん? 私がおばさんですって!」
「20歳過ぎればただのババアよ。おばさんって言ってもらえるだけ感謝してよね。
ホント、年上のくせに礼儀をわきまえないんだから……」
「生意気ねえ。言葉が悪いわよ」美枝子としては優しく言ってるつもりである。
「あら、眉間に皺寄せて。それ以上ブスになったらどうするの? おばさんはおばさ
んらしく、化粧で塗りたくっていればいいのよ。大人の話に首をつっこまないでよね。
邪魔だから」
「あのねえ」美枝子は反論しようとしたが、言葉が喉につかえて出てこなかった。
「お願いだから、息しないで。臭いから」マハラージュは無表情のまま。
 美枝子の理性の糸が、ぷつんと切れた。
「今回の事を小説にしようと思うんだ。タイトルは、そうだなあ……新しいメッセー
ジはありません、なんてどうだ。書いてもいいかな?」切り出したのは海ハラだった。
「ああ、いいとも」山サキは返事をするが、心はここに存在していない。マハラージ
ュと美枝子が激しく言い争っているから、どうしても気がそがれてしまう。
「それでな、四部構成として、二部と四部は俺に任せてくれ、一部と三部は君に任せ
るから」
 ああ、いいとも、そう答えようとした山サキだったが、口を開いて出てきた言葉は
逆だった。
「俺は二部と四部がいい」ラストは作品の質を決定する。どんなに良質な作品でもラ
ストが決まらなければ、読み手の心に残らない。
「あちゃー、技術的に無理だと思うけどなあ」
「何が言いたい」山サキが喰ってかかる。
「だから、技術的に無理じゃないかと言っている」
「ふーん。独善的だねえ。何でも自分が正しいと決めてかかっている。そういう人間
だから善良な会員を旧サーバーに置き去りにするなんて犯罪を犯せるんだ。納得」
 山サキは拳を握りながら、平然さを装った。
「いやあ、ホストをハッキングしてダウンさせちゃうような山サキ君の芸当から比べ
たら、俺なんて、小さくて小さくて……」
 海ハラは拳を握りながら、ゆっくりと喋った。
「いやあ、君には負けるよ。悪で腐った魂の腐敗臭には勝てないなあ」
「いやいや、山サキ君の腐った根性には勝ちたくても勝てないよ。残念だけどね」
「あははははっ」二人は同時に笑い出した。次いで、「殺してやる」と、低い声が響
いたが、どちらが発したものかは二人にも分からなかった。
 二人が殴り合いになっても、マハラージュも美枝子も止めには入らない。いや、入
れないのだ。
「このクソバカ!」「ブスのおたんこなすのオッペケペー」「キー、あんたなんか援
助交際で病気うつればいいのよ」「ひどーい! 売女の台詞じゃないわよ。そっくり、
その言葉、おばんに返してあげる」
 髪を振り乱しての乱闘は女同士でも行われていたのだから。

  -- 了 --

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>#786/786 らくがきノート
★タイトル (FWG40160)  97/10/20  20:25  
新しいメッセージは、ありません   武闘
★内容
 山サキ、海ハラ両氏の入院にともない、文筆創作コーナーのメンバーが「新しいメ
ッセージは、ありません」のリレー小説を作ることになったのは、皆さんの記憶に新
しいところだと思います。
 しかし、残念ながら最終章である、第四章を手がける人はいませんでした。マハ
ラージュや美枝子さんの反撃が怖いからだと邪推する次第です。
 私、こと武闘は文筆創作コーナーの新メンバーであり、居住地も都心から遠く離れ
た北海道の釧路市に住んでいることから、敢えて書いてみた次第です。
 山サキ、海ハラの両氏は海よりも深い反省をしています。今回の事件、大目に見て
上げてはいかがでしょうか? 我々にも、感想を書くということに対して振り返る機
会を与えてくれたではありませんか。
 なお、人間であれば喧嘩もします。マハラージュ、及び美枝子さんは、普段は大人
しい淑女であります。その点を勘案して下さることを切に願い、また第一章を手がけ
た永山さん、第二章を手がけたみのうらさんに深い感謝の念を捧げ、筆を置かさせて
いただきます。
                  乱筆乱文、笑って許してやって下さい。武闘





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