AWC             過               常


        
#783/1336 短編
★タイトル (AZA     )  97/ 5/21   1:47  (200)
            過               常
★内容
 鬱陶しいのよね。
「これ、女子の分だから……。配っておいてほしい」
 脂性の手で、プリントを触んないでよ。一番上と一番下の子、かわいそうに。
「ごみは捨てておいたから」
 お似合いだわ。
「あ、それから」
 急に振り向くと、ふけが飛ぶでしょ。自分のこと、全然分かってないのかし
ら。ああ、もう! にきび面を近づけないで!
「日誌帳は、黒鳥さんが書いてくれる? 字がきれいだから」
 ……どうして、こんなのと日番を一緒にやらなきゃいけないのよ、この私が。
 北頭勇二。何で、カ行なの? いらつく!
 だいたい、同じクラスにすることが間違ってる。先生ったら、何考えてんの
かしら。馬鹿なんだから。
 私は、引き立て役の醜い物をそばに置かなくたって、充分に美しいのよ。か
えって、精神衛生上、悪いわ。毎日、きれいな物を眺めて暮らしたい。でも、
学校に来て、鏡ばかり覗き込んでる訳にいかないし。
 北頭だけじゃなく、クラスの男達と来たら、たいていは基準に達していない
のよね。低レベルなのは何とか我慢するけれど、見るに耐えないっていうのは、
勘弁してほしいわ。
 女子にしたって、大したことないのばっかり。切磋琢磨って言うの? そう
いうことができる相手、いた方がいいと思うのに。
 それはまあ、私は感じいい人だから、口に出しはしないけどさ。ほんと、よ
っぽど言ってあげようかなと思う子も、周りにたくさんいる訳よ。努力なさい
よって注意してあげた方が、その子のためになると思うのだけど、なかなかで
きないものだわ。人間関係、大切にしないとね。
 その分、鬱積しちゃうのよ。胸の内に溜めておくと、これも精神衛生上よく
ないから、ぜーんぶ、北頭にぶつけてやってる。あいつなら、何を言おうが気
にならない。誰が見たって、汚いもん。他の子だって、たとえばにきびがある
とか、汗っかきだとか、少し太ってるとかあるけれど、北頭は全部が集まって
る。救いようがないわ。私と正反対もいいところ。
 特に、にきびが酷い。男子に、私みたいなすべすべのお肌を要求するのは到
底無理としても、二つか、多くても三つぐらいまでなら、青春のシンボルとか
何とかで許せもする。けれど、あの男は限度を遥かに超えてる。月面写真その
ものだわ。
 全然手入れしてないのも、何考えてんのか分からない。薬の一つでも塗った
らどうなのよ。痕がぼこぼこに残って、それが治らない内に、次から次に作っ
て……ああっ、気色悪い。
「どうしたの、黒鳥さん?」
 薄笑い浮かべてんじゃないわよっ。

 友達と談笑していると、邪魔が入った。
「あのー、黒鳥さん」
 北頭が近付いてきただけで、みんな静かになってしまう。早く追い返さない
と、気分壊れる。
 でも、喋るのももったいない。早口で、「何よ」と問い返した。
「日誌帳、渡しとこうと思って」
 何だ、そんなことで、わざわざ邪魔をしに来たの? 全く、無神経だわ。
「ほら、早く」
 手を出して、日誌帳を引ったくるようにして受け取った。
 それから、相手を無視して、帳面の表裏を、透かすように凝視する。あいつ
が触った箇所には、できる限り触れないようにしなくちゃ。
 ほーら、指紋の痕があっちこっちに、べたべたと。脂ぎってるから、はっき
り見えるのよ。自分で始末させたいぐらいだけど、あの男が持ってるハンカチ
や何かで拭かれることを思うと、もっとおぞましい。
 ちり紙を使うのももったいないから、掃除の道具箱に向かった。雑巾で乾拭
きして、適当に済ませた。
 その頃には当然、北頭はどこかに消えてた。ふん。これで、お喋りに戻れる。
「麗花も災難ねえ」
「ほーんと、あれとペアにされるなんて。美女と野獣」
「ペアなんて、よしてよ」
 鳥肌の立つ言葉を、急いで否定した。友達と言えども、こういうふざけた冗
談は許さないから。
「怒んないでよ。一日だけ我慢すればいいんだから」
「そんなこと言うなら、あと半日、代わってほしいわね」
「げっ、やだよー」
「私もお断り……」
 どいつもこいつも……こういう奴なんだから。顔は並で、性格悪けりゃ、も
てないわよ。
「にしても、信じられないのは、あんなにぶつぶつ出来物作って、平気でいら
れる神経」
「そうそう。ちょっとでも触れたら爆発しそうなの、いくつもあるのよ。危な
くて、近付けやしない」
「黄色と赤と茶色と黒が混じったみたいな……あんなのが顔にできてるってだ
けで、気味悪くて辛抱できないのが普通よ」
「あんまり言わないでよー。ここにほら、ちっこいのができかけてるんだから」
 一人が、右眼の下、泣きぼくろのような位置にできつつある小さな小さな点
を指差した。
「女だったら、これぐらいでも気にするのに」
 私は少しばかり、声高になった。
「鈍感な人種も、世の中にはいるもんよねえ」
 聞こえてもかまわない。聞こえたって、自分のことだと気付かないに違いな
い市、改めるはずもない。

 掃除が終わった教室にいるのは、私と北頭の二人だけになってた。
 あー、やだやだ。さっさと済ませて、さっさと帰らなくちゃ。
「書き終わった。鍵と一緒に、職員室に持ってって」
「いいよ」
 気安い調子で請け負う北頭を置いて、教室を出た。
 家に帰って、私服に替えるため、鏡の前に立ったとき、変な物が鼻の頭に付
着しているのに、ふと気付いた。
「何……これ」
 指先を当て、取ってみた。半透明な、白っぽい、小さな菱形のように見える。
 ……もしかして。
「きゃあー!」
 それが何か分かると同時に、悲鳴を上げ、手を振り回していた。
 母親が何事かと飛んで来たけれど、「何でもない。ちょっとびっくりしただ
けだから」と適当にごまかす。
 再び一人になるや、私は鼻の頭に石鹸を塗り込み、念入りに洗った。
 さっきの、北頭のふけだわ。間違いない。私自身は毎朝毎晩、完璧にケアし
ているし、体質的に言っても、ああいうふけは出るはずがない。
 あの男と近付く機会がちょっぴり増えただけで、こんな目に遭うなんて。や
っぱり、ろくなことにならない!
 二度とごめんだわ。明日、学校に行ったら、はっきりきっぱり、言ってやら
なくちゃ。それが世のため人のためよ。
 私は五度、石鹸やクリームを使って洗顔した。特に、鼻は気持ち悪い感触が
残っているような気がしたので、しつこいぐらいこすった。
 改めて鏡を覗くと、私の鼻は、美しい肌を取り戻していた。

 翌朝、私は再び鏡の前で叫んでしまった。
「ど、どうして……」
 今度は母親の他に父親も追い出して、鏡の中の自分にじっと見入る。焦点を
合わせるのは、鼻の頭。
 昨日、あの忌々しいふけが付いていた辺りに、ぽちっとした腫れが……。
 信じたくないけれど、これって、にきびの出来始めにそっくり。
 やだ、何でよ? お手入れちゃんとしているし、適度な運動、睡眠も充分。
規則正しい生活をして、食べ物にも注意してるのよ? その私がにきびなんて、
許せないっ。あり得ないっ。
 −−あ! 北頭だわ!
 あいつのふけ、何かばい菌でも付いてるんじゃないの? あれだけ洗って落
ちないぐらい、強烈な。
 それが繊細な私のお肌に悪い影響を与えて……うう、嫌っ。
 何てことよ、もうっ!
 と、とにかく、薬付けなくちゃ。にきび治療のクリームを。
 震える手でキャップを取り、これまでの私の人生で使ってきた総量の倍はあ
るほど、たっぷりとクリームを指先に取り、問題の箇所に塗り込んでいく。す
りすり、ぐりぐり。
 これでにきびも死んだはず。
 どうにか人心地つけたけれど、これじゃ、学校なんて行けない。
 私ともあろう者が、この黒鳥麗花が、鼻の頭に小さなにきびを作って、人前
に出られるもんですか!
「今日は休むから!」
 理由も告げずに両親に対してそう宣言すると、私は自室に閉じこもった。

           *           *

「ほんと、私も心配で……」
 顔色の悪い麗花の母に案内され、クラスメート達四人は、麗花の部屋の前に
立った。
「麗花。お友達が来てくれたわよ」
 戸を開けず、そのまま呼びかける母親。
 間髪入れず、悲鳴のような返事があった。
「帰ってもらってよ!」
「……もう、上がってもらってるのよ。悪いじゃないの」
「嫌ったら嫌! 誰にも会いたくない!」
「麗花、いい加減になさいっ。わがまま言ってたら、誰からも相手されなくな
るわよ!」
「……」
 静かになった。
 沈黙は承諾ということなのか、麗花の母は四人へと振り返った。
「ごめんなさいね。みっともないところを見せてしまって……。休み出してか
ら麗花、気が立っているみたいなのよ」
「え、ええ……」
 戸惑いつつも、一人が受け答えする。
「で、でも、声を聞くと、思ってたより、ずっと元気そうで……」
「そうなのよ。ちょっとした変調が出てるだけで、大したことはないの。だか
ら、あなた達が元気づけてくれたら、麗花も登校する気になるんじゃないかし
ら。ぜひ、お願いするわ」
 母親の話しぶりに気圧された形で、四人のクラスメートは首を縦に振った。
「じゃあ、私がいない方がいいでしょうから」
 と、母親の方は、そのまま廊下から立ち去ってしまう。
 四人は顔を見合わせ、うなずき合った。
「−−麗花? 入っていいかな?」
 しばし待ったが、返事はない。
 一人が、意を決して手をノブに掛け、回す。
「入るよ……」
 その子を先頭に、四人は隙間から顔を覗かせた。
 部屋の中は暗い。夕方、まだ陽が出ているにも関わらず、カーテンを閉めて
いる。辛うじて射し込む西日のおかげで、ぼんやりと明るかった。
 麗花自身は、ベッドの上で布団をほとんど頭まで被り、壁の方を向いている。
「ど、どしたん?」
「心配してるよ、私達も、みんなも……」
 口々に言うと、ようやく麗花の声が返ってきた。が、聞き取れない。
「え? 何?」
「にきび……できちゃった」
「……何だ、そんなこと?」
 一瞬ぽかんとし、次いで苦笑いを浮かべる四人。
「麗花はこれまで、にきび全然なかったから、びっくりしちゃったのね? 大
丈夫よ、死ぬ訳じゃないんだしぃ」
「そうよ。一週間もすれば、跡形もなく、きれいになるって」
「……本当に、そう思う?」
 低い声だった。対して、四人は、明るく声を揃える。
「もっちろんよ」
「そうかしら」
 突然、麗花が音を立てて、上半身を起こした。長い髪に隠れて、その表情は
見えない。
 皆、びくりとしたが、すぐに取り繕うように笑顔をなし、口を開く。
「そうそう。平気だって。ねえ、みんな?」
「うん。ちゃんと手入れしてれば、元通り、きれいになるわよ」
 しばらくの静寂があって、やがて麗花が言った。
「これでも?」
 髪をかき上げ、麗花が振り返る。
「−−ぎゃっ」
 最初、暗いので見間違えたかと思っていた四人は、「それ」をしかと認識で
きた途端、折り重なるようにして廊下へ転がり出た。
 麗花は、顔全体が一つの巨大なにきびになっていた。
 鼻の頭に触れると、皮膚が破け、張り詰めた膿が今にもこぼれ出て来そうな。
 そして。
 ぷつ。

−−幕




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