#782/1336 短編
★タイトル (ARJ ) 97/ 5/20 18:48 ( 89)
山田三平に、花束を 〜もしくは、Mの悲劇〜 みのうら
★内容
「あなたが、殺したのね」
ふと顔を上げると、見たこともない美人が俺を眺めていた。
いくら春だからといって、この手のガイキチに付き合うほど豊かな人生は送って
いない。コンビニで買った握り飯を真っ白い歯でかみ砕いて、俺はベンチから立ち
上がった。
美人は少女趣味な(だがよく似合っていた)白いワンピースの裾を翻し、見事な
延髄切りを寄越した。
「ぐはあ」
血反吐をまき散らして苦しむ俺を眺めながら、もういちど美人は宣言した。
「あなたが殺したのね」
殺した? 確かに夕べゴキブリを3匹ほど叩き殺したが。
ぺかぺか光る白のハイヒールで、額を踏みつけにされる。が、スカートの中身は
霧がかかったように見えない。何故だ。
つま先で顎を持ち上げられた。
「認めなさい。殺したわね? わたくしの弟を」
何だ? この女は。義気ぶりの
レースの手袋に包まれた白い手で、襟首を捕まれ引っ張り上げられた。そのまま
流れるように優雅な動作で(おそらく)カナディアン・バックブリーカー。
「がはあ」
ぐるぐると回る意識の隅で、歌うように美しい声がささやいた。
「たとえ不出来でしょーもない、生きている価値もないゴミくずのような男でも、
イヤなことに山田三平はわたくしの弟なの。そのわたくしの弟を殺して、無事でい
られるとでも思ったのかしら?」
ごき、と脳のどこかで音を感じた。腰のあたりに鈍い痛み。仰がされた天に真っ
赤な三日月が見える。これは、キャメルクラッチに違いあるまい。
……山田三平?
ざりざりと砂をかみしめ、俺は立ち上がる。
そんな馬鹿な。山田三平が殺されただと?
桃色に熟れた唇が、耳元を甘い吐息でくすぐったらしいが、全神経は股間で爆発
した赤い激痛に集中していた。何かが砕けたかもしれない。なま暖かい感触は、ど
ちらの液体だろう。
待ってくれ。俺に弁解の余地はないのか。
きわめて魅力的ながら酷薄な笑みを浮かべた美人の頬が、軽く紅潮している。
どこからかバケツが現れ、冷たい水が勢いよく俺を潤した。おかげで意識が少し
まとまる。
この美人は誰だ? なぜ山田三平を知っている?
だが、もしやの気持ちもあった。山田三平の最後以来、奴の父親や母親があらわ
れたという噂を聞く。姉の一人や二人いてもおかしくはおかしくはないだろう。
……だが、この女には覚えがある。
もしや……いや、万が一彼女がこの女だとしても、姉ではなくて妹のはずだ。し
かし、そんな些細なことにかまうような女だったか?
殺される。
もしこの女が彼女だったら、俺は確実に殺される。同僚に平気で実弾をぶっ放す
ような女だ。俺の頭をひねりつぶすことくらい、朝飯前だろう。ああ、せめて現れ
たのが、姉じゃなくて女王様だったら。
ぴるるるるるるる。
軽くさわやかな呼び出し音の後、どこからともなくシャンパンゴールドの携帯電
話(見たこともない機種だった)を取り出すと、答え始めた。
「……ええ、そう。今取り込み中なのですけれど。まあ、それは楽しそうね。ええ、
すぐゆきますわ。ほほほ、大した用ではないのよ。また今度にしますから。もちろ
んわたくしの分は残しておいてくださるわね。それじゃ」
彼女が携帯電話(?)をどこへともなく片づけ、為すすべもなく泡を吹く俺に新
たな蹴りをくれた。
「げふう」
「運のいい男ですわね。じゃ、ひとつだけいいこと? あたくしは山田三平のよう
な男の下風に立つことはできなくてよ。たとえ生まれた順番がどうであろうと、あ
たくしが目上。あたくしが姉。おおいやだ(と首をすくめた)……よろしくて?」
動かないはずの顎をがくがくと振ると、美人は満足したようにうなずき、指を一
つ鳴らした。
空を流星が過ぎった……ような気がした。もう女はいなかった。
俺はぼろぼろに草臥れた身体を起こし、土を払う。思った通りだ。傷一つない。
深呼吸を一つすると、乾ききった喉で声を絞る。
「私に電波をとばすのはやめてください」
遠くで女の高笑いが聞こえたような気がした。
だが、彼女が最後の山田三平の身内とは思えない。今後第二、第三の山田三平の
身内が現れないとも限らないのだ。次はあなたの町に、破壊神が降臨するかもしれ
ないぞ。
だが今は、あえて言おう。
さらば、山田三平の姉よ。
山田三平に、花束を。もしくは、Mの襲撃。
あるいは、誰が山田三平を殺したか。