#712/1336 短編
★タイトル (FWG ) 96/11/30 1:20 (155)
新しいメッセージは、ありません・3(2)修正版 武闘
★内容
二、海ハラ
「おっ! 盛り上がってるねー」
居酒屋の小上がりに一際賑やかな集団がいる。海ハラはくすんだローファーを脱ぎ
ながら手短に挨拶をすませた。
「海さーん。待ってましたよーん」
ボサボサの髪ににきびで出来た顔面クレーター。オフには必ず顔出しする元町だ。
ハンドルネームは『リリカ』。ロマンチックな恋愛小説を得意とする男。まあ、もて
ない男の願望を具現しているわけだ。
そう考えると、自然に笑みがこぼれる。
「盛り上がってるね、話題は何だろう?」
見回しながら海ハラが尋ねた。忘年会オフに集まってるメンバーは、ほとんど顔見
知りだ。人妻のネネちゃん。精力的に作品を発表する長淵。重厚な作品が得手な薫さ
ん、美濃部にオールドマン。女子高生のマハラージュにOLのビキリナータ魔女さん。
知らない顔が一人。
「それがねー。山サキの話題で……」顔面クレーター、リリカが小声で話す。
「山サキ! あいつ復活したのか!?」
「いやー、ボードには出てないっすよ。この新人のもなかちゃんがね」
海ハラが視線を向けると、微笑みを返した男がいる。体育会系だろうか、骨太い体
格で身長よりはでかく見える。笑顔の裏側に威圧感が潜んでいて、心理的に圧迫され
る。気圧されるというやつだ。それが彼を一回り大きく見せている。
海ハラは彼に対して警戒感を持った。
なぜ、警戒感を持つ? はっきりとした理由は分からない。ただ、体が反応してい
るのだ。
「で、山サキがどうしたって?」
ビキリナータ魔女に勧められるまま、ジョッキを一気にあおる。
「新人ちゃんがね、過去のログをぜーんぶ読み返したんだって。そうしたら山サキの
メッセージや感想も当然、目にはいるよね」
「もちろん。きちんと読むならそうなる」
「あーんな感想を書くやつなんか、いなくなればいい。そう思ってたら本当にいなく
なったって話」
「なんだ。てっきり復活したのかと思った。最近、忙しくてROM もしていないから少
し焦った」
山サキを追い出した仕組み……ディスカルトサーブSSへ移行したのがばれたのかと
思った。遅いか、早いか、どちらにせよパソコン雑誌でも読めば分かることだが。自
分がやったと分からなければいい。
海ハラは心の中で安堵した。山サキに対する後ろめたさもわずかながら存在してい
るが、それもジョッキを重ねるごとに薄れていく。
「新人ちゃんがね、推理したんだって。おーい、新人ちゃんから説明してよ」
リリカに促されて、新人が立ち上がった。律儀な男だと海ハラは思った。
「初めまして、もなかです。海ハラさんの推理小説は読ませていただいています。
感想をボードにあげてますんで、よろしかったら読んでみて下さい」
新人が頭を下げるので、海ハラもつられた。オードブルをつまもうとして、ジョッ
キを倒しそうになる。酔いが回ってきたのが海ハラにも分かる。
「山サキさんが消えたのは、ディスカルトサーブSSへの移行時期と重なっていますよ
ね。もしかしたら事務局からのメールを全て押さえてしまったのではないかと思うん
です。皆さんがおっしゃるには、事務局はいつも通り後手後手の対応だったようです
し……メールを押さえてしまえば、移行を知らないわけです。そして山サキは旧アク
セスポイントにつなぎ、そこには誰もいない。まあ、当たり前ですね。皆、ディスカ
ルトサーブSSに繋いでいるんですから」
「ふ、ふーん」
海ハラは感心した振りをした。内心は細い糸のように張りつめている。仕組み自体
は簡単だが、想像できる人間がいるとは思っていなかった。
「まあ、それで私がいいたいのは、そんなことを出来る人がいたら凄いなー、そんな
人がいたらボードを正常化してくれたことに感謝を捧げたい、ということです。皆さ
ん賛成してくれてます。正義の味方が存在するなら、万歳三唱ってね」
海ハラは、もう一度見回した。女子高生のマハラージュもうなずいている。リリカ
といえばマハラージュを見つめている。マハラージュといえば、海ハラを見つめてい
る。その眼が輝くのを見て、海ハラの口が軽くなった。
「実はね、俺なんだよ」
「俺って?」オールドマンがあくびをしてから問いただした。
「俺はねN*D社の社員で、しかもパソコン通信部門のシステム担当者なんだ。した
ことといえば山サキ宛のメールを握りつぶしただけ。結果的に、山サキは旧サーバに
置き去りになったけどね。厭だけど、誰かが追い出さなければボードをつぶされるか
ら……まあ、仕方なく……」
リリカが大きくうなずく。山サキには何度も辛辣な批判を浴びているだけに同調で
きるのだろう。
「オフレコだよ。理由の是非を問わず越権行為なんだから」
「私、山サキって男、嫌い!」
耳元を小指側からかき上げ、女子高生のマハラージュが口を開いた。
次いで、席を変えるわ、といって海ハラとリリカの間に割り込む。
「じゃーん、実はですね……」マハラージュが頬を赤らめ、視線を海ハラに向けた。
海ハラがうなずき、マハラージュが宣言した。
「私たち、つきあってるんです」
酔いが回っているせいか、一際大きなどよめきが広がっていく。
「海ちゃん、27だろう……、マハちゃんは16?」リリカが問う。
「17よ」マハラージュが首を振り答えた。
「17……ちっきしょう。マハちゃん、狙っていたのにー! 僕なんか彼女いない歴
24年だぜー」
「すぐに、彼女なんか出来るさ」海原がリリカの肩をたたき、なぐさめる。心の中で
は、彼女いない歴一生、だと思っているが口には出さない。
一次会の後、二次会はスナックに決まった。オールドマン行きつけの場所で、繁華
街のはずれにある。
「俺、彼女を送ってくからさ。高校生にスナックはまずいだろう?」
海ハラがマハラージュの肩に腕を回した。ビールで酔いつぶれたのか、マハラージ
ュは眠そうに目を細めている。
「どうせ、ネオンの海に消えるんでしょう。スケベ!」
OLのビキリナータ魔女が、冗談とも本気ともいえない顔で大声をあげた。
「魔女さーん。そのナチュラルな髪で僕をなぐさめてよー」リリカが魔女を抱きすく
めようとした。魔女は右手で犬を追い払うように仕草を見せた。
「ふふっ」
思わず笑いがこみ上げる海ハラの前に、新人が立ちふさがった。
「海ハラさん、あなたが正義の味方だったんですね。一番知りたかったことが分かり
ました。今日、忘年会オフに来て、本当に良かったです」
「えーと、もなかさんだよね?」
「はい」
「これからも、よろしく」海ハラは空いた手を差し出した。
「こちらこそ」もなかは力強く握り返した。一瞬、海ハラの顔が苦痛で歪む。
「失礼……」もなかは背を向け、林立する電飾看板の間に消えていった。二次会には
参加しないつもりらしい。最初に感じた警戒感が蘇ってくる。
不味いことをした。
何が不味いのかは分からない。だが、不味い、失敗した、そんな観念が胸を渦巻い
ている。
「早く行こうよ……」マハラージュが瞳を輝かせる。
「あれえ、元気じゃん」
「酔った振りをしただけ。ねえ、早くう」
「分かった、分かった」
海ハラはどこに行こうか考えているうちに、マハラージュの裸体を想像し始めてい
た。ヒップアップした白いお尻、なまめかしいあえぎ声。考えるだけで下半身がうず
く。
三、山サキ
パソコンの電源を入れ、通信ソフトを起動させる。アクセスポイントを指定して、
モデムの設定をすませる。設定自体はTAPIに対応しているから煩雑なものではなく、
数秒の処理に過ぎない。山サキは通信ログを見返した。海ハラのIDをクリップボード
に送る。マジックインベーダーを立ち上げ、ID欄に海ハラのIDを登録する。
スタートボタンを押す。
リベンジ! 山サキは腹の中で唸った。
目には目を! 頭には血が上っている。
復讐だ! 叫んでしまう。
「うるさいわね! 静かにしてよ」
大学受験を控えた妹が、隣室から怒声をあげる。
「ああ、すまん……」
目はモニタを見つめる。昔なつかしインベーダーが、展開している。違うのは降り
てくるのがエイリアンではなく、女性の名前だということ。
男性はパスワードに女性の名前を使うケースが多い。マジックインベーダーのパス
ワード解析構造はその一点に尽きる。ランダムにアルファベットと数字を組み合わせ
たとすれば、解析は難しくなる。その場合、山サキには手だてがない。
『AKI』が降りてくる。ミサイルが向かい撃つ。当たれば『AKI』が消える。つまりパ
スワードは『AKI』ではないということ。三度繰り返しては、通信が切られる。その
度にマジックインベーダーはアクセスしなおし、パスワードを求めて女性の名前を入
力する。
『TAKAKO』、『TAMIKO』……。一時間たって『GAME-OVER』と、表示された。
三千数余の名前でも、パスワードを解除できなかったということだ。
「うーん」腕を組むが、良いアイデアはない。
「マハラージュの本名は……検索をかけてみるか」
本名はすぐに判明した。ログを残して置いて良かったと思う。
『TIAKI』入力するも、IDマタハ、パスワードガチガイマス、と表示される。
「確か、17っていってたな」
『TIAKI17』
「ちぇっ……、駄目か。ならば……」
『TIAKI_17』軽快にタイピングし終え、Enterキーを押した。
うー、我慢できない。知子はドアを開け、兄貴を怒鳴りつけた。
「うるさいってば! 勉強できないでしょう」
「ああ、すまん、すまん。もう、静かにするよ」
「もう、馬鹿笑いするんだもの。少しは気を使ってね」
知子はモニタを見て鼻で笑う。
「また、パソコン通信始めたの?」
「ああ、新しいパスワードを手に入れたからね」
山サキのくぐもった笑い声を背にして、知子はドアを閉じた。馬鹿な兄貴に構って
る暇など、受験が終わるまで存在していないのだ。