#520/1336 短編
★タイトル (GSC ) 95/10/20 21:40 ( 51)
お題> ポプラ並木 (竹木貝石)
★内容
私が札幌に赴任したのは、大学卒業と同時だった。
フロンティア精神とか、雪国に憧れてなどというロマンティックな気持ちからでは
なく、単に、地元の愛知県で採用してもらえなかったというだけの理由に過ぎない。
それでも、
「どうせ他の地方へ就職するのなら、いっそ北海道まで行ってしまおう。」
と考えたのも事実であった。
就職した最初の1年は独身で暮らし、次の1年間に、人生における重要な出来事を
幾つも経験した、すなわち、結婚・2度の転居・祖母の死と葬儀・長男の誕生である。
数年後、少し落ちついた頃、郷里の名古屋から友人が訪ねて来るというので、札幌
市内の名所などをあらかじめ下調べしておくことにした。
札幌市の観光案内を見ると、時計台・藻岩山のロープウエイ・大通り公園・狸小路・
薄野などと並んで、北海道大学のポプラ並木が見所であると書いてあった。他はよく
知っていたが、このポプラ並木だけは、まだ一度も見に行ったことがなかった。
そこで、私は妻と子供に手を引かれ、北大校内をあちこちと捜し歩いたが、クラー
ク博士の銅像はすぐ見つかったのに、目指すポプラ並木は一向に見あたらない。
かれこれ1時間半も歩いただろうか? 北大校内の北のはずれに近く、どうやらそ
れらしい場所に辿り着いた。
なるほど、看板には「ポプラ並木」と書いてあるが、並木とは名ばかりの、ほんの
僅かのポプラの樹が道の両側に立ち並んでいるだけである。数えてみて確か18本だ
ったと記憶しているが、無論定かではない。いずれにしても、写真や絵はがきで眺め
るのとは大違いで、絵はがきには、いかにもポプラのトンネルが延々と続いているか
のように描かれているが、実際にはアッという間に通り過ぎてしまう。
さて、札幌で暮らした11年間は大変多忙であった。
そして、名古屋に転勤してから今日まで、既に25年が過ぎ去ったが、札幌での
11年よりも、名古屋での25年の方がはるかに短く感じるのは、年齢のせいもあろ
う。
名古屋に転勤して来た当初、一番困ったのは住居であった。
苦心の末、管理人を引き受けるという条件で、狭いながらも、一応県営住宅に入居
することができて、ほっとしたものである。
県営住宅は古びた六軒長屋で、六畳と四畳半の和室に四畳の板の間があるだけの、
いわゆる〈2K〉の家だった。この家に6人家族と盲導犬が済むのであるから、狭い
どころの騒ぎでない。
家は平屋建てで十坪余り、庭の面積は五、六坪もあっただろうか? この狭い庭に、
なんとポプラの樹が4本も植えてあったのである。角地ではあったが、あの大きなポ
プラの樹が4本というのはすごい! そして、このポプラがよく成長し、毎年のよう
に枝を切り払っても、たちまち伸びて、家を包み、道路にはみ出す。トラックが通る
度に、その屋根でポプラの葉っぱをガサガサガサッとかき分け、時には枝をビシビシ
とへし折っていくのであった。
北大の広い校内でさえ18本しかないポプラの大樹が、猫の額より狭いわが家の庭
に4本もあれば、これは正に立派な「ポプラ並木」と言ってよい。
しかしながら、いかに樹木を愛する私といえども、この旺盛なポプラを1本切り、
二本切りして、とうとう最後の1本も、物置を立てるために、涙を飲んで切り倒さざ
るを得なくなった。
今でも私は、あの県営住宅のポプラ並木に、済まないことをしたと思っている。
[1995年10月20日]