#499/1336 短編
★タイトル (XVB ) 95/ 9/ 3 15: 3 ( 62)
特上 $フィン
★内容
「あなたぁ、大変よぉ」ある晴れた日のことである。一通の手紙を掴んで、妻
がわたしのところまでやってきた。
「どうしたのだ、そんなに慌てて」わたしは椅子に腰掛けたまま、妻に聞いた。
「悟が、とうとう合格書を貰ったのよ」
「なんだって、それは本当か」わたしは、飲んでいた栄養剤を口からごぼりと
出してしまった。わたしは驚いてしまったのだ。
「それも特上よ。今まで待っていたかいがあったわ」妻は目をきらきら輝かし
ている。役所から来た手紙には、めったなものには選ばれない特上と書かれてい
た。それは悟を生んで育てた母親として、大層嬉しかったのだろう。涙のかわり
に鼻水すら出すほどの喜びようなのだ。
「それじゃ、近所にも知らせにゃならんな」
「そうね、そうね。悟の盛大なパーティを開きましょうね」妻はもう舞い上が
っている。そうなのだ、妻はこれまで悟が選ばれなかったことを気にかけて、夜
も昼も寝られぬほど悩んでいたのだ。それが、衛生局からの合格書で、それまで
の気苦労が一気に吹っとんでしまったのだ。悟を今まで愛情を込めて育ててきた
分、妻の喜びは天まで登るものになっているのだった。
「盛大なパーティといっても我が家の家計ではそんなに大きなものができない
だろう」今回の悟のように、次も我が家から特上が出るとは限らない。わたしは
これからの暮らしぶりを考え、わたしはそう言ってやった。
「あなた! 悟が特上として選ばれたのよ。悟ちゃんのために近所に自慢して
まわらなくちゃならないわ。盛大なパーティをしてどこが悪いのよ」妻は、顔を
真っ赤にさせて怒り始めた。
「わたしはパーティをするなとは言っていない。そんなに大きなパーティをし
ない方がいいんじゃないかと思っただけなのだよ」
「いいえ、いいえ、わたしは絶対しますからね。あなたとわたしの働きが悪い
から、うちの悟ちゃんが合格書を貰えないのだって、隣の奥様に嫌みを言われた
のをあなたは知らないから言えるのだわ。これまで遅れた分だけ御近所を集めて
盛大なパーティをしなくちゃならないのよ」妻は、目をぎらぎら輝かせて、わた
しにたたみかれるように言った。
「わかったよ。おまえの言うとおりにすればいい」妻をこのままほっておれば
どうなるか判らなくなる。わたしは仕方なく妻の言うことを聞くことにした。
「ああ、悟ちゃんが帰ってきたわ」妻は幼稚園から帰ってきた悟に近づき、母
親として息子を抱きしめた。
「苦しいよ、ママ」悟はびっくりして、妻の胸の中でじたばたしている。今ま
で母親に力強く抱きしめてもらったことがないから、驚いているのだ。
「悟ちゃん、喜びなさい。あなたは特上で選ばれたのよ」妻は骨がみしみし言
うほどぎゅっと抱きしめた。
「え・・・ぼくが選ばれた?」悟の顔が急に歪んだ。
「そうよ。悟ちゃんはあまりお肉を食べなかったから、よその子より成長が少
し遅れちゃっただけなのよ。その分特上として選ばれたのよ。ママはとっても嬉
しいわ」
「ぼく、そんなの嫌だよ」悟が涙を浮かべてわたしと妻を見る。どうして涙を
浮かべているのか、わたしにはわからなかった。
「何を言っているの、悟ちゃん! こんなに長い間選ばれなかったのはあなた
だけなのよ。ママは今まで悟ちゃんの合格書が貰えなくて、どんなに御近所に肩
身の狭い思いをしたのかわからないの」
「ぼくわからないよ。ぼくはそんなのに選ばれたくなかった。今までのように
パパとママの子として一緒に暮らしていたいよ」悟は父親であったわたしと母親
であった妻を見つめて涙をためて言った。
「何をわからないことを言っているの、悟ちゃんは特上で合格したのよ」妻は、
嫌がって泣きじゃくる悟に不思議そうな顔で見る。
「いやだよぉ、いやだよぉ・・・そんなの嫌だよぉ」悟は妻の腕の中から逃げ
出そうとする。
「聞き分けの悪いことを云わないの。よその子は合格書を貰って、悟ちゃんに
なったじゃないの。悟ちゃんだけお肉になるのが嫌だなんて言わないの」妻はぐ
いっと力を込めたらしい、ぼきんと心地よい音が悟の首から聞こえてきた。
一週間後、妻は盛大なパーティを開いた。特上だった悟の肉はおいしかった。
$フィン