#472/1336 短編
★タイトル (ALN ) 95/ 6/27 1:16 ( 50)
お題>やもり 『壁虎』 聖 紫
★内容
その女の背中には今にも這い出しそうな壁虎の刺青が在った。
気が付いたのはつい最近の事だが、実は… 夜な夜なその刺青は女の体を這うら
しいのだ。
だから「その女の背中」と云うのは正し表現では無くて、「その女の躰」と云
うべきで… その方が正しいとも思う。
何でもその壁虎… 女の躰に張り付くまでは、何処かの女の恋人だったとかで
無論そのころは、人間の姿をした… 相当二枚目の青年だったらしい… 断言で
きないのは、その壁虎が言葉を話せないからで、では単なる憶測かと云えば、そ
うでも無いと云えるような経緯が在るから、全くの作り話でも無いらしい。
その女自身が壁虎の存在に気が付いたのも最近らしいが、壁虎自身その女に張
り付いて居る事に、否、自分が壁虎の刺青だと云う事に気付いたのもつい最近の
事らしい… 結局は総てが『らしい』と云う話だが、事実は、その女の躰に在る
壁虎の刺青は、夜な夜なその女の躰を所かまわず這い回ると云う事だ。
女は最近良く夢を観た。 夢と云うよりは、……感じるのだ。
姿を観た事は無く、懐かしい様な… ただの激しいだけの快楽の様な悲しみ…。
そんな夜をいったい何時から… 幾夜数えただろうか… そんな事すら思い出す
必要も無く、気付きもしなかったのはただの夢に過ぎないと云う安心感だったの
か… 或いは、有り触れた寂しさへの諦めであったのか… 否… 否、 それは
真実に背けられた逃避に他ならない。 それ程までに、生々しい夢なのだ。
女が眠りにつくと間違い無く其れは訪れた。
意識の遠ざかる気配に酔いしれる微睡みに隠れる様に、何物かが背中を撫でさす
り始める。 女が今宵もその優しさの訪れに彷徨い始める頃その安らぎは脇腹を
伝い胸の起上へと這う様に蠢く… 夢なのか現なのか覚えぬ侭にその冷ややかな
感触は乳首を弄び、一頻り女をいたぶると、決まってその滑らかな腹部を通り抜
け、やがて恥ずかしい緩陵を目指し… 生暖かい襞癖に潜り込む… その後は女
にも言い表す事の出来ない侭朝を迎えるのだが… 壁虎がその谷間から這い出た
記憶は嘗て、女にも… 壁虎にも無かった。
壁虎は、女の腹の中からそのまま背中に帰って行く… 等と云っても、意味も
無い事の様だが… 女の体の中で壁虎は一部に過ぎないと云うだけの事なのだ。
或いは壁虎は女の躰の一部では無く、影虎の腹の下に女が居ると考えても良いと
は思えないだろうか…
それは未だ女が少女の頃だったかも知れない… 断言出来ないのは、女は此の
世に生を受けた時より、或いはその昔より女だったと云う事に他ならない。 そ
れは、壁虎がその昔人間の男であり、今は女の躰に住み着いている刺青である事
とは随分違う様だが、全く同じ事でも在って… 同じ事でなくては、女も壁虎も
存在する意味の無い事を証明している… 否、否。 女が少女であるその古にも
女で在ったが故に壁虎は女の背中に住み着く刺青なのだ。 何故ならば、壁虎は
女の躰以外に生存する術を知らず、女で無い物が壁虎を擒にする術を持たないか
らに他ならない。
聖 紫