AWC お題>博物館> 「水の柱」       珈琲


        
#461/1336 短編
★タイトル (RTG     )  95/ 5/27   1:38  (116)
お題>博物館> 「水の柱」       珈琲
★内容


act.1 砂漠にて

「あ・つ・い……」
 知夏は知らず知らずに言葉をもらしていた。天空から焼けつく程の日差しが容赦な
く照りつける。雲一つない真っ青な空間と、そして太陽。絶え間なく吹き抜ける風は
熱を帯び、白く輝く砂を散らしていく。だだっ広い砂漠がここにはある。
 額から流れ落ちる汗をぬぐおうともせず、知夏は上下する視界を眺めていた。握り
締めていた手綱も手から離れ、ゆらゆらと揺れている。
 どれ程の時間がすぎたのだろか、すでに意識はもうろうとしていた。
 どさっ、音をたてて知夏はラクダの背からずり落ちた。
「砂が、熱い……」
 そう呟くとどうにか体を起こしたが、そのままふと砂に埋もれようかしらと考える。
「おいおい、水葱君。もうダウンかな?」
 知夏の後ろから愉快そうな笑い声が聞こえた。ふり向く知夏。声の主は高野教授だ。
「とりあえず、これを飲むといい」
 そういうと、座り込んだままの知夏にすっと水筒を差し出した。知夏が講義でいつ
も聞いていたあの淡々とした口調。
 知夏は素直に水筒を受け取ると、こくりと水を飲んだが、ふいにその瞳がうるむ。
「教授〜! まだなんですかっ! もう半日になりますよ〜っ!」
 知夏は泣きそうな顔で教授に問いかけた。季節は春。近くの街を出たときは、まだ
朝も早く気温も肌寒いくらいだった。しかし今のこの暑さ、これは詐偽に近い。
「なにあと少しだ」
 そういうと教授はひとりうなずいた。そう、決して悪い人ではないのだ。ただ教授
の助手に誰も名乗り出なかった理由が今ならわかる。
 高野教授の講義は毎回おもしろい内容だった。それは教授自身の経験からくるもの
だったし、その多くは不思議な事象と見聞旅行の話だった。一種の冒険談といえる講
義で、知夏はそれが好きだった。
 助手の募集を聞いたとき、友人の忠告を聞かずに飛びついたのは、知夏にしてみれ
ばしごく当然である。もっとも、その結果がこれなのだ。
 知夏は立ち上がるとローブについた砂を払い落とし、再びラクダによじ登った。乗
り心地が良いわけでもなく、座りっぱなしでおしりも少し痛い。でも、あと少しの我
慢、知夏は自分にそう言い聞かせた。


act.2 オアシス

 それはひときわ大きな砂丘を乗り越えたとき知夏の目に飛び込んできた。揺らめく
陽炎の向こうに微かに輝く、大地から空へと伸びるひとすじの流れ。それは大地を紡
いでつくられた絹糸のようでもある。
「……蜃気楼?」
 知夏が呟く。
「ふぅ、どやら間に合ったようだな」
 教授は嬉しそうにいった。
「えっ、あれって……」
 知夏は驚いて教授を見返した。初めての見聞旅行、教授からはオアシスを見に行く
と聞かされていたのだ。
「……」
 眉をひそめる知夏。
「そう、あれがオアシス」
 教授はすんなりと言ってのけた。その目が微かに笑っている。知夏はある意味で騙
されたのかもしれない。
「この砂漠特有の水の柱状現象。通称オアシス」
 教授の声を背に、知夏は不思議な景色をしばし見つめた。
「それで、あれは何なんですか?」
 再びラクダに揺られて水の柱に向かいながら、知夏は教授に問いかけた。
「うん。砂漠の井戸、とでもいうのか。この下を流れる地下水があの場所から流れ出
しているんだ。それも空に向かってね。数千年、数万年の昔からあの井戸はこの土地
から水を汲み上げてきた。もともと雨の降らない土地だったから、乾いた大地は風に
よって侵食され、この砂漠になったと考えられている」
「砂漠の原因が、オアシスですか?」
 怪訝そうな顔の知夏。
「そうだよ、いかすだろ?」
 教授は笑って答えた。


act.3 続・オアシス

「水だぁ〜!」
 知夏はラクダからずり落ちながらも水ぎわに走りだした。水の柱の下、小さなくぼ
地には青く輝く水が満ちていた。
 知夏はローブを脱ぎ捨て、ざぶざぶと水に入った。水浴びでもしかねない勢いだ。
「教授〜! 気持ちいいですよ〜!」
 水と戯れる知夏に、やれやれ、といった顔で教授が近づいてくる。
「ホント、オアシスですね」
 知夏は嬉しそうに笑うと、水の柱を見た。ゆっくりと空に向かって流れる水脈。
「どうなっているんです?」
 知夏は教授に問いかけた。
「うん……、昔は重力場の特異点なんて言われたけど、今ではアルマイト鉱石が原因
とわかっている。この地下に鉱脈と水脈の接点があるんだよ。鉱石が溶けて水に与え
る影響は、非常に軽くなることと表面が粘土のようにやわらかくなること。見せてあ
げよう」
 教授はそういうと水の柱に近づき、手をかけるとその一部を取りだした。教授の手
の上、不定形だった水は、次の瞬間、完全な球形へと変わる。自分の手よりひとまわ
りも大きな水球を教授は楽しげに見つめ、知夏はそんな不思議な光景をただ黙って見
ていた。
 少しの間のあと教授は我に帰ったように知夏を見て、水球を手にゆっくりと歩いて
来た。
 間近で見るそれは光をいっぱいに詰め込んだ水晶玉のようでもある。教授が差し出
す水球を知夏は両手で受け取った。それは思ったよりも軽くて少し驚いたが、感触は
水と変わらず、冷たくて心地よいものだった。
「これは採取するんですか?」
 ふと、持って帰りたい気持ちにかられて、知夏は教授に問いかけた。
「残念だがそれは無理だな」
 本当に残念そうな声で教授が答える。知夏の手の中で水球がはじけた。知夏はふい
の出来事に驚くより、むしろその光景に見とれていた。閉じこめられていた光の粒が、
大気に溶けていくさまを。輝く光の世界を。
「小量のアルマイト水は崩壊にいたるまでの時間が極端に短い。すぐに普通の水にな
ってしまうんだ」
 空に向かう水の柱を見上げながら、教授はひとりごとのように呟いた。


act.4 博物館

 都のアカデミーには付属の博物館がある。存在こそ知られてはいるが学生でもそこ
に足を踏み入れる者は少ない。ちょうど図書館の裏手にあって普段は目にすることす
らないのだ。石造りの白い建物は風雨にさらされ灰色に姿を変えていた。
 館内は展示品によって、いくつかの部屋にわかれているが、その一つ、鉱石が展示
されている部屋は建物でもいちばん奥にあたる。細長い通路ともいえる部屋は、両側
に木製の古い陳列ケースが列んでいた。
 数千ともいえる標本のひとつ、薄暗い照明にてらされたそれは一枚の見聞書。表題
は、
 the discovery of "Nagi Oasis C."

                                   終




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