#441/1336 短編
★タイトル (DRH ) 95/ 4/23 7:50 ( 70)
「アルバム」/Tink
★内容
「アルバム」
写真立ての中の一枚きりの写真。
ぎこちない微笑みを浮かべる僕の横で、楽しそうに腕を組んで来た君が写ってる。
写真を見る度に思い出す情景は一つだけだった。
まだ、恋とも呼べないような、ほろ苦いときめきを胸に、時に哀しく、時に楽しく。
一緒に過ごした日々は、もう帰らないのに。
幾度となく繰り返した、出会いと別れの中で、他の娘には悪いのだけれど、一度で
も君のことが頭から離れた日は無かった。
もちろん、繰り返すつもりはない。
ただ、淡い思い出としての、君と過ごした日々を思い出すだけで満足だった。
そう、あの日までは----。
午前中はあんなに良い天気だったのに、急に降り出すなんてついてない。
僕は、重々しくのしかかって来るような雲を軽く睨むと、暫くためらった後、意を
決して雨の中へと飛び出した。
それが、全ての始まりだった。
それが、全ての終わりだった。
僕が、鞄を傘変わりに、頭の上にかざして走っていると、君を見つけた。
五年振りの再会だった。
僕が思わず立ち止まると、驚いたような顔をして、君も立ち止まった。
長い、長い、永遠に続くと思われる程の一瞬の後、君はあのころの僕のように、ぎ
こちない微笑みで答えてくれた。
「ひさしぶり、ね」
目の前で、今の君と、五年前の君とがオーバーラップする。
僕は、言葉が出ないまま軽く肯くと、逃げ出したくなる衝動を必至に押さえた。
いつも、会いたいと思っていたのに。
会えば、もっと切なくなるのも分かっていた。
「元気‥‥だった?」
僕はなんとか声を絞り出す。
「うん、まあ、ね」
簡単な挨拶だけで、僕たちは別れ、別々の道へと歩き出す。
僕は歩きながら、涙が溢れ出るのを感じていた。
もっと、色々と話したかったのに。
もっと、一緒にいたかったのに。
今は雨が心地よかった。
身も心も雨で濡れている。
微かに震えているのは、心の震えだろうか?
後は、大粒の雨だけが、全てを洗い流してくれる感じがした。
★
それから、数日経ってから、君からの電話がかかって来た。
そして、幾度と無く友達として会うようになったのだが、心が張り裂けそうだった。
切なくて、哀しくて、こんなことなら会わなかった方が良かった。
しかし、君と一緒にいる時には、顔には表わすことが出来ない。
友達以上には、なれないことは分かっていた。
もし、友達以上になれたとしても、うまくやっていける自信も持てなかった。
同じ繰り返しになるのを、心のどこかで恐れているのだろうか?
一人の時には、自然と涙が溢れて来る。
昔のアルバムをめくると、楽しそうな君の笑顔と、はにかんだ僕の笑顔が写ってる。
そして、今の写真には、はにかんだ二つの笑顔だけが焼き付いていた。
何かが違っていた。
何かが変わっていた。
君と会っている時でも、瞼を閉じて浮かぶのは、あのころの君。
五年の歳月と共に、君も、僕も、変わってしまったのだろうか?
僕の知っている君がいて、僕の知らない君がいる。
すべては時と共に変貌し、いつしか風化していくのだろう。
僕が好きだったのは、あの頃の君。
いや、あの頃の君をモチーフにして、嫌な部分を切り捨てた、理想しての----愚像
としての君が好きだったのだろう。
君への憧れが恋に変わり、恋から愛に変わり、そして別れた後、いつしか思いだけ
が独り歩きをはじめてしまったのだ。
心の中の価値感が、音を立てて崩れていくのを感じていた。
やっと、君の愚像の呪縛が解けるのを感じていた。
いつしか、アルバムのページを一緒に積み重ねていくのは、もしかしたら君とかも
知れないし、君の知らない他の人とかもしれないが、きっと、沢山の中の一つの思い
出として笑い飛ばせるだろうと感じていた----。
(おわり)