#378/1336 短編
★タイトル (GVM ) 95/ 1/23 15:33 (184)
「ひょうたんから駒」 スパマン
★内容
「前田課長さん、部屋リばかりいラいで、ぱあっと行きまひょうよ・・・。」
課長に昇進したばかりの前田の部屋に来て、佐藤は、呂律の回らぬ舌でしゃべ
った。観光ホテルの名の入った浴衣をだらしなく引っ掛けている。
前田は、絡まれるのではないかと思った。佐藤とは、課長の椅子を争った間柄
なのだ。
「酔ったよ、俺は。勘弁してくれよ。」
「れも、ひゃちょうがバーで、前ラ課長を呼んれ来いって・・・」
社長がお呼びでは、是非も無い。
前田は腰を上げながら、社長も人が悪いと思った。課長のポストを争って、負
けた佐藤を使い走りにさせるとは・・。だが、そう思いながらも、優越感を覚え
ずにはいられなかった。
今年の社員旅行は、G温泉であった。
彼は、前に勤めていた会社のやはり社員旅行で、八年前、ここに一度来たこと
があり、二度と来たく無い重大な理由もあったが、来ざるを得なかった。
社長は、仕事の実績も評価するが、それ以上に人間的なもの、こうした社員旅
行に参加したかどうかも評価する方針であった。まして前田は課長に昇進したば
かりなのである。
「おう、来たか。おまえも観てもらえ。」
社長がそう言って、顎の先で示したバーの出口の先には、占いのコーナーがあ
った。
占いブームを反映してか、ホテルでもそんなものを作っていたのだ。何台もの
占いの機械が置いてあり、占い師も3人居た。
「あの、中央の女占い師だ。恐ろしく当たる。」
社長は顔を彼に近付けて、声をひそめて言った。酒臭い息が、もろに顔に当た
った。その不快感も、馬鹿ばかしいと思う気持ちも、前田は決して、表には出さ
なかった。
「あなたには、お子さんが、5人いらっしゃいますね。」
黒いベールをかぶり、いかにもらしい格好をした、その女占い師は言った。
前田は、せせら笑った。はずれたのだ。
「3人だよ。残念だったな。」
どうせ当たり障りの無いことしか言わぬインチキだと思っていたが、こうもは
っきり馬脚を現わすと、おかしかった。
「それは、あなたがそう思っているだけです。」
中年の女占い師は、彼が笑ったのが気に入らなかったらしく、声高になった。
廻りの客たちが、何事かと視線を彼に送った。
彼は、まずいと感じた。ここでは、目立ちたく無かった。八年前のことを誰も
知るはずは無いだろうが・・・、
そこで、彼は思わず、あっと息を飲んだ。思い当ったのだ。だが、まさか・・
・
「見料は、いくらだ。」
彼は、内心の動揺を押し隠して言った。
「お志で・・・」
前田は、浴衣の袂の財布から、一万円札を引っ張り出した。
「釣りはいらん。」
バーに戻ると、早速社長が言った。
「どうだ、当たるだろう。」
「はい。かなり、それらしいことは言っておりましたが・・。」
「当たらなかったのか? 俺のときは、女房の名までズバリ当てたぞ。」
「そうなんですか・・。」
彼は、不安が込み上げて来た。ここで、こうしていると、誰かが気付いて、彼
の罪を皆の前で暴くのではないかと恐れた。
「社長、ちょっと失礼します。かなり酔ったみたいで・・・」
「ああ、いいだろう。だが、仕事ではそんなことは許さんぞ。」
「はい・・。」
「よし、行っていいぞ。顔が青いからな。佐藤!介抱してやれ、おまえの上司
だ。」
そう言って、社長は豪快に笑った。
彼が、朝食を取るために広間に顔を出すと、先に来ていた女子社員のふたりに
笑われた。タカコとカズミというコンビだ。
「え?俺の顔になんか付いてるのか?」
「いえ、付いてませんけど・・・」
そう言って、今度はどっと笑った。
「な、なんだよ。教えてくれ。」
彼女たちは、お互い顔を見あわせて、目で相談した。まったく女どもと言うの
は、こういう会話方法には長けているようだ。
「・・実は、今朝早く、外に散歩に出たんです。そうしたら、」
「とっても可愛い双子が居たんです。ランドセル背負って。」
「男の子の双子。」
「そう、」
彼女たちは、まちまちに喋り始め、彼を無視して喋り続けるのではないかと思
った。
「それが、どうして俺と関係あるんだい?」
「なんと、そっくりなんですよ。」
「何が?」
「課長さんに顔がそっくりなんです。」
前田は、二日酔い気味の脳天をがんと殴られたような気がした。
「それは、他人の空似だろう。絶対。」
彼は、絶対という言葉に力を入れ過ぎた。
「どうしたんですか、課長さん、」
「そんなにムキになってぇ」
「まさか、隠し子とかじゃ・・」
「なにを言いだすんだ!」
彼は、そこにいたたまれなくなって、離れようと背を向けると、タカコが素っ
頓狂な声を発した。
「あーーーっ!!」
「どうしたの?」
彼女たちは、急にひそひそ声になった。
だが、前田には聞こえていた。
「課長さんの下のほうのお子さんは双子なのよ。」
「じゃ、こっそり付いてきたの?」
「ばかね。違うわよ。その双子はもっと大きいのよ。小四だわ、たしか。」
「じゃ、他人の空似?」
「他人じゃ、あそこまで似ないわよ。」
「じゃ、隠し子・・」
「なかなか、やるわね・・」
バスの出発時間まで、彼は身の置き所が無かった。社員の誰もが、彼の噂をし
ているような気がして仕方なかったのだ。こんな噂が社長の耳に届くのは、非常
にまずいと思った。いや、噂だけなら、他人の空似で突っ放せるだろうが、もし
彼の罪が発覚したら、せっかく昇進したのもつかの間で降格、いやいや馘首にも
なりかねないのだ。
彼は一分一秒でもこの土地から離れたかった。
ようやくバスがホテルの前に来て、彼は一番に乗り込んだ。
だが、バスは出発することが出来なかった。
佐藤が行方不明なのだ。
「あの馬鹿・・」
前田は、いらついた。昨日の様子では、きっと二日酔いで、まだトイレの便器
とにらめっこしているのかもしれぬと思った。
出発予定時間を二十分も過ぎた頃、佐藤はひょっこり現われた。青い顔をして
いる。やはり二日酔いなのだろう。
「どうも、すいません。」
「すいませんですんだら、警察いらんわい!」
皆の怒りを一身に受けながら、しかし佐藤の顔は笑っていた。前田はいやな予
感を覚えた。
ともかくもバスは出発し、昨夜の疲労など微塵も感じていないのか、若い社員
たちは、はしゃぎまくった。
突然、その騒ぎを鎮めたのが、前のほうに座っていた佐藤だった。
「皆さん、ご静粛に。おえっ・・」
「ゲロするんなら、バスの外にしてくださいよお。」
誰かが言った。それで、どっと笑いが出たが、佐藤は辛そうにしながらも、も
う一度話し始めた。
「実は、面白い話を聞き込んだんです。」
佐藤は、もったいぶった口調で始めた。前田は、嫌な感じがした。
「実は、昨夜泊まったホテルの近くに、実に可愛い双子が住んでいるんです。
」
そこまで聞いて、女子社員が口々に喋り始めた。
前田は思わず立ち上がりそうになった。まずいと感じたのだ。だが、思い直し
た。俺の話とは限らないし、第一、証拠は無いんだ・・。それに、あれは親告罪
だし・・。
落ち着けと、彼は自分自身に命じた。
「その双子が、なんと我が社の某人物にそっくりなのであります。」
何人かが、前田のほうを盗み見た。彼は、こぶしを握り締めた。
「で、私は、その双子の父親もひょっとすると某人物にそっくりなのではない
かと、考えたのであります。」
皆は、佐藤の話に引きずり込まれて行った。
「・・・ところが、その双子、兄が孝司くん、弟が武司くんと言うのですが、
・・お父さんがいないのです。」
女子社員の中から、かわいそうと言う声が上がった。
「どうも父親は死んだということになっているらしいのですが、その死因とか
が、はっきりしない。・・・それで、若干の調査費を使ったところ、ある女性か
ら、孝司くんと武司くんの、お母さんの不幸な話を聞くことが出来たのです。」
皆は、どよめいた。
「その、彼等のお母さんである女性は、なんと、あのホテルに遊びに来た客の
ひとりに強姦されていたのです。しかし、おとなしく無口な女性は、母にも誰に
もそのことを言い出せずに、とうとう一定の時期を過ぎてしまい、未婚で双子を
産む結果となってしまったのでした。」
「やめろ!!」
前田は、ついに黙っていることが出来なくなって叫んでしまった。全員が、彼
に注目した。社長も、彼を見た。犯罪者を見る冷たい目であった・・・。
ラブホテルの一室。
喪服を脱いだ男女が、激しく絡み合った後、話していた。
「まさか死ぬなんて思わなかったわ。」
「ふん、自殺する奴が悪いのさ。」
「おかげで誰かさんは、課長になれるけどね・・・」
「まだ、わからん。」
「私も少しは力になったのよ。」
「女の勘は、怖い。」
「そうよ。占いを聞いたときの、驚き方で、ピーンと来たの。」
「そして、ひと芝居打ったと。」
「カズミと、ちょっとからかっただけよ。」
「おまえが殺したようなもんだな。」
「とどめは、あなたのバスでの話よ。」
「俺は、おまえのシナリオ通りしゃべっただけだ。だけど・・・」
「だけど?」
「本当に、強姦なんてしたんだろうか?」
「自殺するくらいだから、本当でしょ。」
「ひょうたんから駒が出る、ってやつだな。」
「何よ、それ。」
「やれば、子供が出来るって、こと。」
そう言って、佐藤は、タカコの尻を平手でぺしゃと叩いた。
「ちゃんと、出来ないように、してよぉ。で、ないと・・」
「今度は、俺が自殺しなくちゃいけなくなる・・か。」
「ううん、奥さんと離婚よ。」