AWC >〔一人称に関する習作〕  「 ノム・バチャイ 「


        
#377/1336 短編
★タイトル (SKH     )  95/ 1/23   6:18  ( 65)
>〔一人称に関する習作〕  「 ノム・バチャイ 「
★内容


 私は小さなスツールに腰掛けている。目の前には二つの異世界、すなわち暗雲たれ
こめる空と風に波打つ草原。
「遠い昔、世界は始まった。いずれ終わるだろう」
そうつぶやいた私の視界が閃光で覆い尽くされ、その一瞬後には全てがいつもの通り…
いや、あの地平線にそびえ立つでっかいキノコ雲はやはり異質だ。もちろん全て幻覚
であるわけだが。
さて、一通り身支度を済ませた私は、玄関のドアに取り付けてある姿見を前にして、
再びボディチェック。
柔らかくブロウしたショートヘア。髪と同じくらいに黒い眼。ナチュラルメイクの
中に際だつ緋色の唇。長身を伸びやかに包むリキエルのソフトスーツ。プラチナ系の
アクセサリー、それらと呼応して知的興奮を醸すレースアップシューズ。
O.K.。ドアが開く。ドアが閉まる。足音。ドアが開く。ドアが閉まる。エンジン
音と排気音、徐々に高まり、遠ざかる。
私は車上の人。本当はオープンカーが欲しかったんだけど、街で生活するのに屋根無
しは意味無しも同然。
四番街のカフェの前で獲物を発見。あの服、どう見てもネコの素質あり。ネコを見分
けるポイントはいくつかある。ここには書かないけどね。書いたって、素質を引き出
すテクニック無しなら意味無しも同然。ついでに口説く過程も割愛して、ここはホテ
ルの一室。私は女のコと一緒にバスタブに浸って他愛ない遊びに興じている。時折耳
たぶを軽く噛んだり、後ろから彼女を抱きしめたりするのは効果的だ。湯面には、バ
スルームの花瓶に差してある水仙の葉を摘んで作った舟が浮かんでいる。
翌朝、街はずれを流れる河で、ゆっくりと水面を滑る水死体が発見された。若い女、
身元調査中だそうだ。発見されたとき、女の四肢はX字型に広げて両手両足それぞれ
の間に横木を渡して固定され、それら二本の横木と垂直に交わる棒が渡されていた。
まるで舟のように。葉の舟を浮かべたのは私。死体の舟を浮かべたのも私。
ところで、その翌日に私が八百屋へ行くと、色合いの良い洋梨が店頭に並んでいたの
だが、その店の主人は他の客とのやりとりに忙しいようだったので、独りで品評会と
しゃれ込んだ。
梨の一つを手に取る。二本の梨に比べて肌理の細かい果皮。ひょうたんに似てユーモ
ラスな形。挑発的な視線を思わせる香り。常々、果実に男女の区別を意識してきた私
だが、やはり洋梨は女。私は洋梨は好きだ。一口かみしめた時、口の中で柔らかに広
がってゆく甘い芳香が連想させるのは…
八百屋の主人の声が響いた。
「ちょっと、オネエちゃん! 金払ってよ!」
はたと我に返った時、私は一口分かじり取られた跡のあるよう梨を手にしている自分
に気がついた。私はおもむろに振り返り、そのまま店を離れた。
「ちょっと! おい! 待ちなよ!」
急ぎ足で追ってくる主人。私は歩調を早める。
十メートルほど進んで、私は突然立ち止まり、後を追ってきた主人に向き直った。手
の中にあった洋梨を突き出す。主人は戸惑ったような表情で私の顔を見た。私は一口
かじった洋梨を主人の手中に押し込むと、そのまま無表情に立ち去った。主人はそれ
きり追ってくることはなかった。
男性中心主義的社会において、『美女の食べ残し』は高い価値を有する。
帰宅後、テレビを見ていた私は、ある有名なミュージシャンがトーク番組に置いてし
きりに“諸行無常だから”と口にするのを眺めながら考えた。ついでに口に出して言
ってみた。
「この人は『諸行無常』の意味が分かってるのかしら」
その時、唐突に画面が切り替わり、汗だくのニュースキャスターが早口にしゃべり始
めた。
「臨時ニュースです。臨時ニュースです。現地時間午後一時十二分、北朝鮮東部の軍
事施設と思われる地点よりミサイルが発射されました。アメリカ合衆国防衛…あっ、
と…も、申しわけありません、資料がおちて…、ぺ、ペンタゴンの発表によりますと、
ミサイルの型式は大陸間弾道弾ICBM、総数三発、到着地点はワシントン、モスク
ワ、パリの三都市と予想されます。これは演習ではありません、これは…」
画面脇から腕が伸び、キャスターに紙片を渡す。驚くキャスター。
「ただ今入ってきた情報によりますと、今から一分前、アメリカならびにロシアの軍
事衛星によって、ICBMは三発とも大気圏外において撃墜されたという事です。ア
メリカ、ロシアの両国は、その直後に各メディアを通じ、北朝鮮に対する報復を宣言…
」「ビンゴ、ビンゴ、ビンゴ」
私はつぶやき、テレビを消した。
もちろん、ニュースのくだりは、私の幻覚であるわけだが。
ああ、諸行無常。





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