AWC 「凍結メール」         スパマン


        
#370/1336 短編
★タイトル (GVM     )  95/ 1/14  13: 5  (180)
「凍結メール」         スパマン
★内容
 帰宅すると、またもや女房と娘は固まっていた。女二人は懲りず
に芸能ニュースを見ていたらしい。俺は舌打ちしながら、テレビ電
話のオレンジ色の短縮ボタンを押した。

 「亭主が仕事から疲れて帰って来てるんだぞっ!」

 笑った表情のままで、テレビを見ている女房に向かって叫んだ。
無論、返事はない。もっとも普段でも返事はしないのだが。
 叫ぶとよけいに腹が立ち、電話のボディの色にさえ怒りがこみ上
げてきた。真っ赤なのだ。

 「俺の好みも考えろよ。」
                 『・・・はっ?』

 電話がつながったところだった。

                 『はい。どうなされましたか?』

 相手は、その唇に真っ赤な口紅をひいた若い看護婦だった。
こういう赤なら許してやっても良い。

 「おっと失礼、いまのは独り言です。」

 女房を取り替えられるものなら、こういう若い看護婦が良い
などと内心で鼻の下を伸ばしながら告げた。

 「また女房と娘が固まっているんです。」

                 『はい。では、さっそく
                  解凍信号をお送りしましょう。』

 「よろしくお願いします。」

                 『いいえ、どういたしまして。』

 「今度、個人的にお会いしたいものですね。」

                 『はい。また奥様が
                     固まってるときにでも。』

 若い看護婦は茶目っ気たっぷりのウィンクをして画面から消えた。
 いろんな技術が進歩しても、ボディランゲージは変わらぬものだ
と世界の真理をひとつばかり発見したような気分になって、テレビ
画面が、解凍センターの専用有線ケーブルからの信号で解凍モード
にはいるのを見ていた。

 テレビというものも、いろんな技術の進歩で実に美しく、クオリ
ティが増したということが言えるだろう。だが、その番組の内容は
進歩していない。あいも変わらず、テレビ局はスキャンダルや、タ
レントの私生活を追いかけ回し、あるいは犯罪の告発に躍起となっ
ている。
 ところが近年、そうした暴露番組を妨害する、非合法の放送局が
出現してきた。それは、業界の片隅では、その妨害局は実は官僚の
天下り先のひとつだとも囁かれている。
 妨害局が具体的に何をするかと言うと、その番組の電波あるいは
ケーブルに侵入し、特殊な画像、あるいは音楽を割り込ませ、その
効果により番組を見ている人間を「固まらせる」というわけだ。そ
の「固まっている」間に見た番組は記憶に残らない。一種の催眠術
と思えばいいだろう。俺がやるなら、テレビを嫌いになるようにす
るとか、チャンネルを変えたくなるようにするのだが、妨害局はも
っと巧妙な作戦を取った。
 つまり、テレビ業界では神の啓示のように扱われる「視聴率」の
信頼性を根底から揺るがせることにしたのだ。妨害により、テレビ
のチャンネルを変えさせた場合、その番組の視聴率は低下するが、
その視聴率そのものは実際に視聴された数字であり、これをゼロに
することは不可能だ。だが、「固まらせる」ことにより視聴者がチ
ャンネルを変えることが出来ないとなれば、その視聴率の信頼性は
失われ、実際にはゼロかも知れないと思わせるという作戦だ。

 番組の存続は「視聴率」で決まると言っても過言ではない。
視聴率の調査はどういう方法を採ろうが「腐っても鯛」であり、多
少捏造されても、この結果は客観的なものである。
その視聴率の信頼性が失われれば、番組の存廃を決める基準を別の
ところに求めざるを得なくなる。
 そして、その別の基準は、「捏造された視聴率」よりも客観的で
あるとは言い難い。
 これが実は、アウトローあるいは必殺仕掛人を装った「妨害局」
の真のねらいであり、政府の陰の「マスメディア・コントロール政
策」であるとも言われている。
 政府にとって都合の悪い番組をやめさせようとしても視聴率があ
れば、すなわち国民が見たがっているとすれば、やめさせることは
出来ない。しかし、その視聴率の信頼性が失われれば、テレビ局は
存続の理由を持たぬこととなり、いろんな形での圧力に対抗出来な
くなるというわけだ。逆に政府にとって都合のいい番組は、その視
聴率は信頼出来るものとなる。
 勿論、これはあくまでも想像であり、噂であり、深読みとも言え
るが、現実に摘発の動きは鈍い。それは、何と言っても、テレビも
見ずに働いている世の亭主族が心情的には歓迎しているからと言え
るかも知れなかった。

 だが、「固まっている」女房、子供をそのままにしておくわけに
はいかない。もちろん5、6時間もすれば自然に「解凍」されるの
だが、それでは愛情が足りないと言われても仕方なく、現実にそれ
が離婚の原因となった例も多くある。だから、離婚したくない、あ
るいは離婚できない夫は、解凍センターへのボタンを押すことにな
るというわけだ。
 それに「固まっている」状態に副作用が無いわけではない。解凍
後に筋肉の痛みを訴えたり、まだ死者は出ていないものの、透析を
必要とする人が救急車の世話になったり、若い人妻が空き巣にいた
ずらされたりと、被害は少なくない。
 いずれ「固まっている」間に殺されるというような事件も起きる
だろうことは容易に想像される。

 だから、テレビはあまり見ないようにしろ、特にワイドショーの
芸能ニュースを見てはいけないと、口を酸っぱくして昨日も言った
ばかりなのだが、この始末だ。俺は腹が立って仕方がなかった。

 「あれほど言っているのに…」

 愚痴を言うまいと決めているのに、つい口からこぼれてしまう自
分がくやしかった。だから二重に腹立たしい。こんなに腹が立つの
も空腹だからだと自分をなだめ、女房が解凍されてから作らせよう
かとも思ったが、それでは待つ間に毒づく自分が卑小な人間になり
そうで、迷ったあげく自分でラーメンでも作ることにした。
 だが台所にラーメンの類はまったく無かった。茶漬けは出来るか
と保温ジャーを覗くと空っぽ。それなのに電源は入っている。うむ
む。また怒りがこみ上げてきて、女房の所に戻り、独り言のように
言う。

 「めしが無いよ。めしが。」

 娘も居るので、激しく怒るわけにもいかないからだ。はぁーっと
深い溜息をつく。

 「腹がぺこぺこなんだ。早くしてくれよ。」

 にこやかな二人の表情の前に怒りは長続きしなかった。ま、あき
らめの境地というやつだ。考えてみれば結婚して十年、こんなこと
はしょっちゅうだったのだ。今更、直るはずもなかった。それに固
まっている間の記憶はほとんど無いはずで、解凍されても副作用が
なければ、固まっていたことさえわからず、覚えがないことでいく
ら怒っても効果はないに等しい。

 テレビの解凍信号はやっと終了し、俺は解凍を待った。あと長く
ても五分くらいのはずだった。それから、めしの支度をさせ、食べ
れるようになるには一時間は掛かるだろう。その間、テレビでも見
ているか、パソコン通信しかない。
 そう覚悟して、買ったばかりのモデム内蔵のノートパソコンを携
帯ケースから取り出し、テレビ電話につなぐ。書斎のデスクトップ
のほうが使いやすいのだが、解凍直後の女房に、文句のひとつでも
言ってやらねば気が済まなかったからだ。

 キーホスト局から、テレビ局のサービスに入り込み、テレビ番組
の検索をする。もちろん、キーワードは「時代劇」だ。数秒で番組
名とチャンネル、オンエア時刻、出演者のリストが表示される。
 「暴れん坊侍」というのがあり、詳細情報を読むと色っぽいシー
ンもあり、おもしろそうなので、それを見ることに決めた。
 そして、回線から離脱しようとしたとき、電子メールが届いたと
のメッセージが表示された。女房と娘の様子を見ると、まだ固まっ
たままなので、メールを読むことにした。
 メールボックスに移動して、オープンを選び、リターンキーを押
した…



 ふと気付くと、女房と娘が見ていた。先程までの笑いと違って、
ニヤニヤしている。どこか猾そうな雰囲気がある。嫌な予感がした
が、気を取り直して、言った。

 「おい。めしの用意をしろ。」
 「はぁーい。」

 娘と女房が合唱し、吹き出した。嫌な予感は当たったようだ。女
房が笑いながら言った。

 「もう、とっくに出来てますからね。」
 「固まっているときのお父さんの顔って、結構シブイよ。」

 俺はあわててモデムの接続ケーブルを外した。噂には聞いていた
が、俺は「凍結メール」を開いてしまったらしい。パソコン通信を
長時間やっていると送られてくるというやつだ。

 「買ったばかりのノートだから、つい使いすぎたかな。あはは。」

 俺は、そう自嘲した。

 「あら、あなた、しょっちゅう書斎で固まっているわよ。」
 「だいじょうぶ。わたしが解凍してあげてるから。お父さん。」

 娘がニコニコしながら言った。




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