#341/1336 短編
★タイトル (KCH ) 94/12/17 8:28 ( 86)
随想・いじめ そあら
★内容
先日から話題になっている、いじめの問題について、ふと考えたことを書いてみ
ようと思う。
いじめ。
昔は「いじめられる」とか動詞で使われていたものだが、いつの頃からか知らな
いが「いじめ」という名詞で使われている。
さて、その「いじめ」だが、私も「いじめ」みたいなものをされたことがある。
もっともそれを「いじめ」というのかはよく分からない。
それは読んでいる人、あなた、がそれぞれに判断してもらいたい。
小学校の頃である。
私は周りから「ネクラ」であるといわれていた。
このことばももはや死語であるが、ここではそのままでもいいだろう。
また、友人も数えるほどしかいなかった。
そのため「友達と遊ぶ」行為は他の友人に比べると少なかった。
あるとき、こちらからある同級生に話しかけた。
内容は他愛無いことだったと思うが、無視された。
無視されたこと事態、なんてことはなかった。
すでに「ネクラ」というレッテルが貼られていたのだから、接するのが嫌なのだ
ろうと思っていた。
そう無理に思っていた。
あるとき、机に落書された。
書いてある内容はこれもやっぱり他愛無いものだった。
「ネクラ」
鉛筆だったので消しゴムでせっせと消した。
何とも思わないことにした。
考えると止め止めもなく悪い方向に突っ走りそうだったから。
あるとき、椅子に画鋲をおかれた。
椅子を引いたときに分かったので肉体的には痛くなかったものの、精神的に少し
痛みを覚えた。
どうしてそんなことをするのだろう。
そんなことして楽しいのか。
そう思った。
すぐに黙って画鋲を椅子からはがした。
これらのことが続いていくと精神的に参ってしまう。
もちろん、といっていいのか分からないが、自殺も考えたこともあった。
けれども自分の実行力の無さと、ある考えから、いまだに生き長らえている。
それでいいと今は思う。
その考えとは何か。
あまりにも「自殺」という道は安易過ぎる。
まだどうしようもない、絶望的状況ではない。
これだけではない。一番大きな比重を占めている考えがある。
両親に申し訳が立たない。
ここまで僕を育ててくれたのに。
こんな些細な理由で死ぬ。それは今まで生きてきた意味が無い。
もっと良いことがこれからある。
そう思って、自分に鞭打った。
誰もいないところで、こそこそと泣いていたこともあった。
でも、あくまで希望を求めていた。
私のハンドルネームもそこに由来がある。
本の中の登場人物の名前なのだが、その人物は明るく元気に、かつ、希望を持っ
ている。
私もそういった人生が送れたらいいなぁなんて思った。
だから、ハンドルネーム決めるときすぐに思いついたのが、この名前だった。
いじめに悩んでいる人へ。
悪いことは考えないで、無理にでも明るく振る舞おう。
でっかい希望を持とう。
死ぬことを考えるのは簡単だけれども、いじめよりずっとつらいことがまだまだ
この世の中には沢山あるんだよ。
それなのに「いじめ」というまだまだ低いハードルを越えられないからって、レー
スを棄権するのは馬鹿馬鹿しいことじゃないのかい。
人間っていうのは希望があればつらいことでも、なんてこともないように思うこ
とが出来るんだよ。
絶望だけは持たないようにしよう。
「いじめ」という堅い扉を開くカギは周りをよく見回せば転がっているよ。
だからどうにかなるよ。絶対。
いじめられた経験は人生という畑のいい肥やしになる。
それは断言してもいい。
最後に。
明日は明日の風が吹く。
死ななけりゃ負けじゃない。
この世に生をせっかく受けたのだから、それを充実したものにしよう。
「いじめ」なんてつまらないことは忘れて、何か一つでもいいから打ち込もう。
たとえ他人から非難されても。
関係ないことを書いたかもしれないけれど、これは今の率直な意見です。
今までの乱筆乱文をどうぞお許しください。
そあら