AWC 覆面>老紳士


        
#342/1336 短編
★タイトル (XVB     )  94/12/24   1:14  ( 62)
覆面>老紳士
★内容

 静かな美しい音楽が鳴り響く店の中、美しく着飾った人々が笑顔で、それぞれ注文
した料理を食べている。黒いタキシードを纏ったウエィターたちは、楽しい団欒の時
を過ごす客の邪魔をしないように訓練されているのか、物音一つたてることなく慣れ
た腰つきで、客の注文どおりの料理を運んでいた。
 入口の紫檀の扉が開き、灰色のステッキを持った老紳士と白いレースのドレスを纏
った少女が入って来た。
 こつん、こつん、こつん、灰色のステッキの音が、音楽がなっているにも関わらず
店内に響く。
 その音を聞いて、今食べている料理から口を放し、ステッキの音を立てながら入っ
てくる老紳士に非難の目を向けるものもいる。だが、大抵の客は、新しく入ってきた
二人をちらりと横目で見ただけで、それ以上見ようとはせず、予想以上においしくで
きあがった料理にただ黙々と口を運んでいるだけだ。
「お待ちしておりました」黒服のウエィターが老紳士の名を尋ねる。老紳士が軽く肯
き、その名を告げる。ウエイターは彼ら二人を見晴らしのいい席に案内した。
 装飾の施された椅子にややぎこちなく座る少女は、美しく着飾った人々と、どこか
この店に違和感を感じるのか、不安げに辺りを見渡している。
「いい場所だね」老紳士はウエイターに言った。
 そこの場所から見える光景は、店内の明るい雰囲気とは違って、荒廃した赤褐色の
大地が出ているだけで、他には何もない。
「ここに座るみなさまがそう言われました」ウエイターは答えた。
「きみはこの風景を見てどう思っているのだね」
「さあ・・・わたしには戦後創られましたので・・・」ウエイターが首を傾げて困
った顔で老紳士を見る。
「きみもアンドロイドだったのかね」老紳士は聞いた。
「はい、ここでウエイターをやっているものは皆ウエイタータイプのアンドロイドで
す。人間様に満足な奉仕ができるようにわたしたちは創られました」ウエイターが、
心持ち胸をはったように、老紳士には思えた。
「そうか。悪いことを聞いたな。もういい、さっさと自分の持ち場につくがいい」老
紳士はそう言うと窓に目をやった。
 ウエイターは無表情で軽く一礼をすると厨房の中へ入って行った。
 老紳士は、ウエイターが去った後も無言で、紫色の空と赤褐色の大地を眺める顔は
険しく、時折軽い湿った咳をしていた。
「大丈夫?」きらびやかな装飾を施された椅子に、ぎこちなく座っている少女は、沈
黙に耐えきれなくなって老紳士に声をかけた。
「わたしなら・・・大丈夫だよ」老紳士は白いハンカチを口元に覆ったまま言った。
「苦しくなったらわたしに言ってね。何でもします」少女は老紳士の青白い顔を心配
そうに眺めている。
「ああ、わかっている」老紳士はハンカチについた赤い染みが少女から見えないよう
にポケットにしまいこみ、少女を安心させるために微笑んだ。
「ここに来るまで疲れてしまったようだ。わたしはちょっと眠ることにするよ。料理
が運ばれて来たら教えてくれないか」老紳士は少女にそう言うと目を閉じた。
 少女は老紳士の寝顔を見ている。
 少女は老紳士が苦しむことがないように寝顔を見ている。
 少女は老紳士が苦しむことがないように、適切な処置を施すために寝顔を見ている。
 しばらく後、一人分の料理を持って、黒服のウエイターがやってきた。
「お客さま、どうされました」ウエイターは眠り続けている老紳士に声をかけた。
「もう死んでいます。苦しまずに行きました」少女は老紳士を見ながら言った。
「この料理はどういたしましょう」ウエイターは湯気が立ち昇る料理を手にして途方
にくれていた。
「さあ・・・わたしにもわかりません」少女は肩をすくめてみせた。
「こまった。こまった。こまった・・・」ウエイターは今までにない人間の死に出会
い、どうすればいいのかわからず老紳士のまわりをぐるぐる回り始めた。
 少女は回路がショートしたウエイターを無視して、眠り続ける老紳士と肌を重ねあ
わした。
「だんだん冷たくなっていくわ・・・」少女は老紳士の体温を計りながらそうつぶや
いた。
「コマッタ。コマッタ。コマッタ・・・」少女の隣ではウエイターの狂った叫びが聞
こえてくる。
「アンドロイドが涙を流さないなんて誰が言ったのだろう。私はこうして涙を流すこ
とができるというのに・・・」少女のガラスの瞳から大粒の水滴が流れ始めていた。





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