AWC お題>ペルソナ(18禁&放送禁止語軽有) $フィン


        
#327/1336 短編
★タイトル (XVB     )  94/11/ 5   4:12  (116)
お題>ペルソナ(18禁&放送禁止語軽有)  $フィン
★内容

 村中のありとあらゆる百姓が一生懸命走っていました。
 みんないつもならお役人に治める稲のことを考えていなければならない時期なので
すが、この日ばかりはそんなことをすべて忘れて一生懸命走っていました。
 村の元気な若者はもちろんのこと、ひょこひょことしか歩けない足の不自由な老人
も、目の見えぬ赤子ですら母親の背に縛りつけられたまま村の中で走っていました。
その中には肺の病に侵されて血反吐をまきながら走るものもいました。倉の中で一生
の大半を暮らなければならない精神の不自由な人も村の中で何が起こっているのか知
ってか、知らずかその日は特別な日なので倉から出して貰って一生懸命走っているよ
うでした。
 もちろんわたしはその頃まだ若かったものですから、村の誰よりも早く走ることが
できましたが、わたしはおカヨの手をしっかり握っていましたので、彼女にあわせて
ゆっくり走らなければなりませんでした。
 おカヨですか。一週間前に二つの家の間で内祝いを上げたわたしのとても愛してい
た婚約者の名前です。おカヨはそれはもう美しい娘で、村の若者たちの中でおカヨを
女房にしたいと思わない若者はいなかったと思っています。
 そんなお佳代の美しさに比べてわたしはどうだったかというと、わたしが朝、水に
写った姿を見ると股と股の間から黄色い液体をちろちろ流れ出すほどのおぞましいも
のだったのですから、他の者から見ると見るのも嫌だったのではないでしょうか。
 その証拠におカヨは、わたしの顔を結納のときも一切見なかったし、あんなに走り
続けていてわたしの手を握りしめているときでさえ一切見ようとはしないほどわたし
の姿は醜いものだったのです。
 そんな醜い姿のわたしが、とても美しいおカヨを妻にすることができたのは、わた
しの愛情が他の若者よりも勝っていたのです。
 わたしは美しいおカヨを手に入れることができるのなら、なんでもしますと夜も昼
も寝ようとはせず、近くになるあらゆる仏様、あらゆる神様、異国のものまで、願い
事を適えてくれるものならなんでもいいからと願いました。それこそ目は充血し、血
ぎんぎんに走り、鼻から流れた青汁がどろーりと流れ、耳からは白いぽろぽろ耳糞が
湧き、口からはだらだら泡を出し、大小便は垂れ流すほど熱心に祈りました。
 でも、わたしがどんなに祈っても無駄でした。
 わたしは神にも仏にも頼らず、自らの手でおカヨを手に入れようと考えました。
 まずわたしがやったことは、お佳代に近づこうとする若者をあちらの世界に送るこ
とでした。お役人様は年貢を治める良心的な百姓をあちらの世界に送るのを奨励する
はずはありません。もちろんわたしも他の百姓よりもやや大きな土地を持っていたと
はいえ、どっぶり漬かっている百姓には変わりありません。
 百姓が百姓を殺せば罪になり、罰せられます。わたしは罰せられるのは大嫌いでし
たので、秘かに誰にもばれないようにうまく始末していきました。
 最初にあちらの世界に送ったのは、おカヨの幼ななじみのサキチです。このサキチ
という男、わたしから見えばいけすかない男です。貧乏な水呑百姓の癖に、顔だけは
よくて、わたしが見ても、ほれぼれとするぐらいの色男でした。ましてやおカヨの場
合はわたしと違い女子です。おカヨがサキチに惚れてしまう可能性は大きいものでし
た。だからわたしは幼いころから、そんな色男のサキチが嫌で嫌でたまりませんでし
た。
 わたしはサキチをあちらの世界に送るきっかけになったのは、去年の夏祭りの夜、
そうこんな月が明るい夜のことでした。わたしはたまたま小便をしようと祭りの輪か
ら抜け出したときに、庚申様の方から、がさごそと甘い声が聞こえてきました。わた
しはその音を聞いて若い男女の閨のときの音だと直感しました。わたしは行為を邪魔
することのないよう、わたしが近づいていくことが化れることのないように、甘い声
がする場所へ、哀れなどぶねずみとなり、地べたに這いつくばって行きました。
 そこでわたしが見たものは、あの美しくそして若さを十分に出した張りのある肌を
持つサキチの裸体でした。そしてサキチの裸体の下で組み絡まれているのは、ことも
あろうに、わたしが寝ても覚めても恋こがれて焼き尽くさんばかりのあの愛しいおカ
ヨの裸体だったのです。
 なんということでしょう。わたしはこのとき見てはいけないものを見てしまったの
かもしれません。そうです。それはきっとわたしのおカヨへの愛があまりに激しすぎ
たために見せた幻覚だったのかもしれません。わたしがこうでありたいという願い、
わたしがあのサキチのように美しい男なら、おカヨも進んでその身を捧げてくれるは
ずだという思いが、幻覚となってわたしの目に写ったのかもしれません。
 でも、残念なことにそれは幻覚ではありませんでした。わたしはサチキではありま
せんでした。おカヨをこの身に抱いている感覚もありませんでした。だから現実だっ
たのです。
 わたしは草の中から抜け出して、サキチとおカヨとの仲を裂こうとすればできたか
もしれません。でもそれはできませんでした。
 なぜならわたしの体は二人の行為を長い間眺めていると酔ってしまい動けなくなっ
ていたのです。今になって落ち着いて考えてみれば若い二人の行為を最後まで見届け
ようとするわたしの心のどこかがブレーキを踏んでしまっていたのでしょうか。その
ときはわたし自身なのに思うように動くこともできないまごろっこさが先に立って、
そのような分析をする余裕すらありませんでした。
 そのときのわたしは、草の中から若い二人の行為を覗きみるだけの哀れな醜男にす
ぎなかったのです。
 酔いしれて動けないわたしをあざ笑うかのように、二人は己の行為に没頭している
のがよくわかりました。わたしが行為を見ているだけで二人の熱い息が、特におカヨ
の熱い息がわたしの首筋に掛かってくるような感覚に襲われていましたので、遠くか
ら見ていたわたしにもわかりました。
 やがて、サキチの体がぴくりぴくりと一度痙攣を起しました。おカヨもサキチの激
しい動きにつられて一度大きく痙攣を起し、お互いの体はするすると弛緩していきま
した。
 行為がやっと終わったのです。
 するとどうでしょう。今まで酔いしれて動けなかったわたしの体が簡単に動くよう
になりました。
 二人の行為を見届けると、現金なもので、今までの感動はどこへやら、おカヨをサ
キチに取られてしまったことへの恨み、わたしのおカヨは、初物をわたしに捧げる定
めになるはずだったのに、水呑百姓のサチキに取られてしまった。愛情が深ければ、
その憎悪を同じぐらい深いのです。わたしはおカヨとサチキに復讐をすることにしま
した。
 わたしは足音を忍ばせて、ぐったりと疲れて地べたに横たわる二人のそばにまで近
づいてきました。二人はなぜか心身とも疲れきっているようすでわたしが近づいてい
ってもわたしに気づくことはありませんでした。
 わたしは持っていた鎌で、どこから持ってきたのかわかりません。まばたき一つす
る間に、ずしりと重い鎌がわたしの手の中に入っていたようなのです。
 わたしは、眠っている水呑百姓のサチキの後ろから、力一杯頭に鎌を振り立てまし
た。ぷしゅっと血が天に登っていきます。サキチの悲痛な叫び声が聞こえてきます。
サキチは脳漿をぱぁっと飛び散らせ、鎌を頭にとりつけたまま、からくり人形のよう
に音を立ててゆっくりわたしの方に向きました。
 するとどうでしょう。今まで、サキチだ、サキチだと思っていたサキチの顔が、く
るりと振り向いたとたんわたしの顔に変わってしまったのです。
 あああああ、わたしはこのときほど恐ろしい思いをしたことはありません。サキチ
がわたしになり、わたしがサキチになってしまったのです。わたしがサキチになった
とたん、サキチがどれほどおカヨのことを愛していたのかを、胸が痛くなるほどわか
ってしまったのです。
 わたしは泣きました。どうやら、わたしはおカヨを愛していたわたしの影サキチを
またあちらの世界に送ってしまったようなのです。
 それを見ていたおカヨもわたしと同じ思いだったようです。わたしの返り血を浴び
たわたしの姿を見ると、ケラケラ笑いながら、鎌を持つわたしにしっかり抱きついて
きました。
 ケラケラとカン高い声で笑い続けるおカヨを見ていると、わたしの隣の部屋に長い
間押し込められていたおカヨもやはり気違いだったとわかりました。
 気違いであっても美しいおカヨはわたしの可愛い女房になるべき女子だと信じてい
ます。わたしは最後まで気違いのおカヨを守りとおすつもりで、わたしたちを長い間
閉じめる鍵を持ったお役人を、この鎌であちらの世界に送りました。わたしはこうや
って愛しいおカヨを手に入れることができたのです。

 たくさんお役人がたくさんの百姓と一緒に走り始めました。どうやら今日も特別な
日のようです。

                                  $フィン




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