AWC       「蛙」      スパマン


        
#328/1336 短編
★タイトル (GVM     )  94/11/20  13:58  ( 95)
      「蛙」      スパマン
★内容
 腹の痛みで目覚めた彼は、どこかで壊れたラジオが鳴っているようなグルグ
ルゴロゴロと言う不可解な音を聞いた。その謎を解きたいと思ったが、身じろ
ぐと尻の間にはめ込まれた肛門という名の小さな輪が広がりかかったり縮んだ
りして送ってくる、せっぱ詰まった苦痛とも快感とも分からぬ感情を優先しな
くてはならないと思い直し、やがて輪がその形を崩してしまうまでに、そうな
っても誰からも咎めを受けぬ場所に行き着かねばならぬと決心する。
 自分でも水枕そっくりに思える、たぽんたぽんの腹を両の手で抱え、上から
二段目と五段目の板がぐらつく階段を、額に冷や汗をにじませながら下りてい
く。この階段の下から三段目辺りで、彼が顔を引っ掛かれて怒り任せに投げた
子猫が落命したことを不意に思い出し、その恨みがとり憑くのではないかとま
で心配もし、それでもじりじりと動かざるをえないのを呪い悪態をつきながら
目的地までのおおむね半分の距離を進んだ。
 そして、予告も無しに、ふいにゴロゴロと腹の中に小さいが、誰の耳にも聞
こえるような雷が生じて、壊れたラジオの正体を知り苦々しく思いながら、自
分はこういうふうに、地道にじわじわと動くことも出来るのだという奇妙な自
負心を頼りに、ようやく安堵できる場所に着いた。
 だが、排便は快感の底に恐怖が潜んでいた。最初の排出の快感の途中で、い
きなり肛門から脳髄まで、体を串刺しにされたような痛みが突っ走った。しば
らくはその深い痛みに息することも出来ず、水洗のパイプを必死につかみ、痛
みを知らぬ大理石の像のようにぴたりと体の動きを止めた。
 最大の痛みが通過した後で、あの根気強いゆっくりした動作を続けて、白い
便器の中をそっと覗いても形は無かった。あれだけの苦痛を与えて形もないこ
とに、苛立ちを覚えたが、見極めた液体がトマトジュースを水で薄めたような
色で、それに内臓の臭いが混じっているのに気付くと、脳の中の深い暗黒の部
分から、言い知れぬ恐怖が立ち上って来るような気がした。
 一瞬、このままずるずると内臓が出てくるのではないかという幻想が浮かび
恐怖が込みあげて、叫びたい衝動に駆られた。
 だが、震える手でレバーを動かして水を流し、トイレの小窓を開けて外の景
色を見ると辛うじて気分は落ち着いた。水洗のパイプを手掛かりに、快感の混
じった痛みにしびれた太ももを引き揚げ、あの深刻な痛みを発生させた、直接
は見ることのできない形を崩した輪から、腸の一部がはみ出しているような気
がしたまま、もう安堵の場所ではなくなってしまった水洗トイレを出た。
 いったい何が悪かったのだろう。尻の輪を今では、痛いこぶのように感じな
がら、彼は記憶をたどってみた。
 昨夜食べたものは、カマンベールのチーズにりんご、裂きいかに、あられと
ウィスキーで・・あっ、と彼は決定的なものを思い出した。そうだ、蛙の唐揚
げを食ったんだ。きっと、それだ。それに間違いない。
 妻の京子が姉の出産が近いからと広島へ里帰りを兼ねて手伝いに行っている
間の二連休を無駄に過ごすことはないと、昨夜は、過去に二度ばかり行きずり
の女を拾ったことのある店で粘っていたが運悪く不猟で、仕方なく午前二時頃
になると仕事帰りのホステスがホテルに行く前に客を待たせておいたり、茶漬
なんかを食うという居酒屋に行き、そこで洋子と言うホステスと気が合い、そ
の女に乗せられて蛙なんかを食ってしまったのだった。
 彼は、口の中ではっきりと蛙の手足の先の骨だと見分けながら、見栄と酔い
に任せて、出されたものをすべて平らげたのだった。まざまざと口の中で舌に
までニチャとくっつく柔らかい骨の感触を思い出して、ぞっとした。
 それなのに、「また今度」と女には軽く逃げられ、おまけに今朝はこんな状
態では、蛙のたたりかと彼はありそうもない不安を抱いた。
 とにかく酔っ払って帰るなりゴロ寝してしまったから、腹が冷えたのかもし
れないと思い、お湯で例の臭い薬を飲むことにして、やかんに水を入れガスコ
ンロの元栓を開いてパチンと点火装置の付いた栓を開いた。
 そういえば…と彼は思いだした。昔は、平気で蛙をよくおもちゃにして、殺
したものだ。溝の中の蛙に最初は小さな石をぶつけて遊び、やがて徐々に大き
な石をぶつける。瀕死の状態にさせて、それでもなおかつ足引き摺って逃げよ
うとするのを、大人でも片手で持ち上げるにはちょっと心構えがいるような重
い石を両の手で必死に持ち上げて運び、蛙の真上から、すとんと落としてとど
めを刺す。
 また、ダイナマイトという名の、鉛筆を三、四センチの長さにぶつ切りした
ような形の音だけの花火を蛙の口に無理矢理くわえさせて火をつけ、バンと破
裂させる。それはおもちゃでもダイナマイトの名にふさわしく蛙はまさに五体
ばらばらになって、その飛び散るのを見て、喜んだものだ。さすがに、ちぎれ
た足が顔に頬にべちゃっと付いた時には気持ち悪く、二、三日は別の遊びをし
たが、ほとぼりさめれば、また何度でもした。
 たった一度だが、ズックの足で直接踏みにじったことがある。その時、足の
裏から伝わる感触に子供ながら下半身に何かむずむずするものを感じ、蛙の命
をそんなふうにして奪うことが強烈な快感になりそうな気がした。だが、それ
をたった一度でも味わうと心の奥底の、自分でもどうしようもない何かが目覚
めてしまい、そうなると自分が自分でなくなってしまうような気がして、足の
力を緩めた。すると蛙が口や肛門から内臓をはみ出させながらもまだピョンピ
ョン跳ねて逃げようとするので、大きな石でつぶした。
 そう思い出すと、蛙のたたりがあっても不思議ではなく、それに食べてしま
うなどと残酷の極みを行なった今、踏みにじった蛙のごとく肛門からはみ出し
た内臓をパンツの中に必死に押し込んで、ぴょんぴょん跳ねて病院へと向かっ
て行く途中で、トラックにでもぐしゃと潰されて命絶えても自業自得かもしれ
ぬと感じ入る。
 また腹がギュルギュルと大きな音を立てるので、彼はトイレに急いだ。今度
は先刻よりも楽だったが、それでも内臓が出てくるような感じはなくならず、
いや、むしろその感じは強くなっており、もしかすると脱肛というのになりか
かっているのではないかと怖れ、これは早く腹を暖めたが良いと決めてトイレ
を出ると、下半身を脱いで浴室のシャワーで尻を洗いしばらく腹に熱い湯を掛
けていると、それが効いたようでだんだん楽になってきた。バスタオルを二枚
使って拭いた後、三枚目の大きなひまわり模様のものを腰に巻いてパンツを探
したがなかなか見付からず、とにかく何か身に着けぬといけぬと思いパジャマ
の下だけを履いてまたバスタオルを巻き付けた。次に薬と探しても薬箱に見当
たらず、そう言えば妻が出掛けに飲んだと思い出して玄関に行くと案の定、薬
瓶と飲みさしのコップが鋳物の牛の後ろに隠すようにおいてある。おまけに煙
草も隠してあった。妊婦のそばでは煙草も吸えないし、実家でもやいのやいの
言われるから、しばらくは禁煙だと最後の一服を玄関でして行ったのだ。彼は
その煙草を代わりに吸ってやることにして、一本を取り出し火をつける。その
ままくわえ煙草で、薬瓶やらコップやら煙草やらを持って台所に行った。そこ
で、やっとやかんを思い出し、煮えくり返っているかと見やれば、そんな様子
もなく、持っていたものをテーブルにおいて、よく見ようと煙草を口から外し
屈んでコンロを覗いた瞬間、最初から火も付かずにシューシューと吹き出し、
流れ出て床の低い所に溜っていたガスが爆発して、彼は五体バラバラとなり果
てた。




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