AWC 十行小説集/有松乃栄


        
#137/1336 短編
★タイトル (WMH     )  93/ 9/18  23:40  (162)
十行小説集/有松乃栄
★内容


『テレビ人間』


 テレビが好きだから、テレビと一体化した生活をしたいと、単純に考えた。人
間なんてものは、思い込めばどんなことでも実現するもので、僕はテレビ人間に
なることが出来たのだ。とりあえず僕は、街角に出て、誰かに拾われてみようと
思った。
 学生が通りかかり、僕を見て「おお、ちょうどよさそうなテレビだ。まだ新し
い」と、喜んで部屋に持ち帰った。僕は彼の部屋で、様々な番組を映す姿を想像
した。しかし、彼は僕にビデオデッキをつなげると、よりによってアダルトビデ
オを見始めた。AV女優のきわどいポーズが、僕の脳内にイメージとして伝わっ
てくる。興奮した僕は、ついに、ぷつんと音をたててショートしてしまった。そ
れを見た彼が一言「なんだこのテレビ、俺よりも早いな」

          ☆★☆★☆

『こういう日もあるねんな』


 朝、起きた。ベッドから転げ落ちて、目が覚めた。あわてて、起き上がろうと
して、机のカドに頭をぶつけた。洗面所に行くと、電気コードに足を引っ掛け、
すべった歯ブラシが歯グキに突っ込んだ。血が流れ、あわててうがいをしようと
して、蛇口に小指をコーンと当てた。うがいをしている途中で、くしゃみを我慢
して、鼻に水が入った。せきが止まらなくなり、思わずしゃがみこんだ時、洗面
台に額をぶち当てた。這いつくばってキッチンへ行くと、足の甲に魔法瓶が落ち
てきた。うぎゃあと叫んだ時、胸の筋がつったような痛みを覚えた。とりあえず
椅子に座り、急須にお湯を入れようとすると、お湯が吹き出してヤケドをした。
お茶っ葉も、ブヨブヨになった昨日のもので、出がらしでお湯の味しかしなかっ
た。今日はついてないなと思い、ジャーを開けると生米が輝いていた。

          ☆★☆★☆

『ヤサシイセカイ』


 目が覚めたら、部屋がなかった。天井は、赤く無気味な光を放っている、空に
なっており、部屋を囲んでいた壁のかわりに、だだっ広い空間がただ、遠くまで
かすんでいた。そして、ベッドと、その上に座り込んだ彼自身だけが、彼の記憶
の中に残っている存在だった。
 彼はベッドから降り立った。すると、そこはゴムのように伸び縮みのする材質
をした地面で、裸足で立っているには心地好い。なんとも不思議な空間だなあ。
彼はそう思った。そして、遠く向こうの方を見た。何もない景色ではなかった。
所々、赤や紫や黄色に輝く、優しい光の突起物が見えた。美しい。そして、あま
りにも静かな空間だ。彼は、その突起物に神秘性を感じながら、今が夜であるこ
とを感じ取っていた。まさに、夢のようだ。

          ☆★☆★☆

『酒と泪と女と女』


 「泣きすぎやない?」淑子にそう言われた。「そうかな? 私、そんなに泣い
てるかな」鼻づまりの声で、私が言った。たぶん、今の私の顔を鏡で見ると、目
は涙で腫れ上がり、鼻もおそらく真っ赤だろう。淑子は、水割りの入ったグラス
を私の目にあてた。「ひやっこい」私が言った。「まあね。私が泣けへんから、
あんたのことが羨ましいんやと思うよ」「ごめんね、私ってホントに泣き虫やか
ら」ふられる度に、淑子は私の部屋に来ては、私の愚痴を聞いてくれる。これで
何度めだろうと、頭の中、指折り数えると自分が哀れになってきた。「でもね。
フリーなんは、私も一緒。私だって、寂しい時ぐらいあるんよ」「そんな時、泣
いたらすっきりせーへん?」「さあ……」淑子は、遠い目をしていた。そう言え
ば、淑子の彼が亡くなった二年前から、彼女の涙を見ていないことに気づいた。

          ☆★☆★☆

『蝉と罰』


 毎年のことだから。
 夏生は、そう思っていた。性格ってやつだから、どうしようもない。こうやっ
て、夏休みの宿題を放ったらかして、遊びまくり、最後の三日間で片づけてしま
う……なんてことは、いつもの繰り返しにすぎない。母に叱られようと、姉にイ
ヤミを言われようと、夏生にとって、これこそが夏のすべてなのだから。こうやっ
て、苦痛の中、去り行く夏を惜しむ。その為に、自分は夏休みの宿題に手をつけ
なかったんだ、とまで思っていた。が、一日、二日とやはりはかどらない。二日
目は、どうにもたまらずに徹夜しようと思っていたものの、ついつい、深夜テレ
ビなど見てしまう。眠気の中、夏休み最後の朝を迎える。庭の桜の木から聞こえ
る、ジィジィという蝉の声が、夏生の夏を傍観していた。

          ☆★☆★☆

『ックスが終わって』


 ックスが終わって、僕らは生まれた。ックスを知らずに、僕らは育った。大人
になったら、ックスを知った。ックスを知ったら、大人になった。時には、子供
に戻りたいが、それでも僕はすっかり大人。ホテル街をフラフラ、ックスを理解
し、信奉する女性とともに歩いていると、後ろから男の人に声をかけられた。
 「兄ちゃん、これからお楽しみか? それとも、お楽しみの後か?」
 僕は、おっさんと仲良くなれそうだと思ったが、これからックスに挑もうとし
ている時に、無駄な時間を潰す訳にもいかない。僕達は、おっさんを無視して、
ホテルに入った。部屋で、ックスをした。ックスをした。ックスをした。ホテル
の前で、彼女と別れた。僕は頭の中でックスを反芻し、煙草に火をつけた。ック
スを知ったから、僕は大人になったんだろうか。ックスは終わったのだ。

          ☆★☆★☆

『氏の作品についての感想』


 まさに、天才の名を欲しいままにしている氏の最新作は、現代関西人気質をと
らえ、痛烈な批判精神に満ちた、まさに“文学”の髄である。主人公の破天荒な
性格、その行動の描写もさることながら、雄々しくも歯切れのよい文体が、読者
を引きつけて離さない。が、はっきり言ってこの小説は失敗作である。何故なら、
面白くないからだ。ストーリーの途中では、これはどういう展開になるのかと、
常に期待を持たせられながら進んでいくが、期待が最高潮に達した時に、氏の長
男(8歳)の絵日記に差し替えられてしまう。そして、そのまま本編に戻ること
なく、夏休み最後の「おなかをこわした」という一文によって、本作は締めくく
られる。主人公の香港マフィアとの対決、誘拐された鈴紅の行方、そしてラブロ
マンスは、長男がすいかを食べすぎたことによって台無しになってしまうのだ。

          ☆★☆★☆

『朝だ私だ』


 私としたことが、朝帰り。数人で飲みに行って、私と女友達の二人で、ある男
の子の部屋に泊めてもらった。夜中に目覚めると、彼のベッドの上で、ゴソゴソ。
たまらず、二人が寝ている間に、部屋を出て、ラッシュの地下鉄に飛び乗った。
 ターミナル駅で地下鉄の乗り換え。ヒールが小さくて、靴ずれをおこしている。
何がしんどいって、この駅の乗り換えほど面倒臭いものはない。四度も階段を上
り下りして、さらに歩き続けなければならない。私と平行して、無言の集団が歩
き続ける。ああ、この人達は毎日、同じコースを歩いているんだろうな。
 乗り換えホームから、電車到着のアナウンスが響く。誰一人、慌てて走ろうと
はしない。彼らは、この電車が当駅止まりであることを知っているのだ。階段を
走り下りて振り返ると、彼らに「はみだし者」と言われているような気がした。

          ☆★☆★☆

『きすのおもいで』


 僕達の、一番の思い出といえば、やはりあれしかないと思う。その日、テレビ
を見ていた彼女が、突然「私らもやってみーひん?」と言い出した。ブラウン管
の向こうでは、“長時間キス選手権”との垂れ幕が下がった会場で、十組のカッ
プルが、キスをしていた。僕達は、テレビの前で同じようにキスをした。しかし、
これはなかなかの苦痛で、十分もすれば舌がつり、三十分もすれば感覚がなくなっ
た。一時間が経過すると、喉がかわいてたまらなくなった。僕達は、キスをした
まま、体をななめに倒して、麦茶を注ぎいれようとした。案の定、口の横からお
茶がこぼれ、床にボタボタと落ちて広がった。僕達は、キスをしたまま、たまら
ず笑い転げた。それでも、六時間もキスをした。いつの間にか、眠ってしまった
彼女の髪を撫でながら、幸せを感じた。今では、何もかもが、思い出に変わった。

          ☆★☆★☆

『わらび餅探偵事件簿[86]』


 美代子は、
 「じゃあ、あなたはずっと私をだましていたのね。“犬踊りの謎事件”で、袋
小路家の執事を殺した長女が、鬼歌を歌っていた老婆とともに、忽然と姿を消し
た時、私の周りをウロチョロしていたから、どうも怪しいと思っていたら、寅馬
博士の作ったQ−い号の口封じの為に、大量の16ミリフィルムが盗まれた晩に、
鶴太と亀吉が受験にすべって自殺しようとしてたのを、この私が説得してやめさ
せたことを、京阪神スポーツの谷口記者が、嬉しそうに飛原権太郎に話すもんだ
から、私の父が博洋物産を解任された時の黒幕、アブ・トンバル駐日大使と京都
の旅館で、わらび餅を食べていたことを、どうして話してくれなかったの?」
 と、言った。

                                (おわり)





前のメッセージ 次のメッセージ 
「短編」一覧 有松乃栄の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE