AWC タクラマカンで砂になる     椿 美枝子


        
#138/1336 短編
★タイトル (RMM     )  93/ 9/20  19:21  ( 56)
      タクラマカンで砂になる     椿 美枝子
★内容
 たくさん恋をして辿り着いたのが恋をしない女性。絶対君を振り向かせる、と
言ったら君は儚く微笑む。君は僕を信じているのに僕の言葉は信じていない。
「君は君自身に宝石をたくさん持っているんだ」
 私、宝石は、要らない。
「僕となら君は幸せになれる」
 私、充分、幸せ。

 電話を掛ける。君と話す。毎晩。約束をする。君と会う。毎週。会うと君は僕
を見付けて不思議な目をして、こんにちは。食事に誘って君を見つめると茫洋と
した視線は窓の外。
「今、何を見ているの」
 え、何も。
「僕と居る時は僕の目を見てよ」
 え、ごめんなさい。

 花を愛で、鳥を愛で、星空を愛でるその瞳に僕はいつも透明に取り残される。
レコードを聴こう、音楽会に行こう、けれど僕の声は聴こえていないね。僕と一
緒に居る時だけは、空を見て何も聴かず僕の事など考えていない。
「側に居たいよ」
 側に、居るでしょう。
「君は本当にそこに居るのかな」
 ここに、居るでしょう。

 君は笑わない。微笑むだけ。君は喜ばない。感謝するだけ。君は驚かない。戸
惑うだけ。君は泣かない。悲しむだけ。君は叫ばない。遮るだけ。君は怒らない。
黙るだけ。
「僕に心を開いてよ」
 開いているわ。
「僕に正直になってよ」
 正直よ。

 君はネパールに行くと言った。僕と一緒に行くと言った。

 私が死んだら鳥葬にして。ネパールの山間に埋めて頂戴。自然が私をついばむ
わ。私は自然の役に立つでしょう。
 それなら、と僕は言う。僕は砂漠で死ねば良い。タクラマカンで砂になる。

 君はネパールに行くと言った。僕と一緒に行くと言った。
 僕は働いた。旅費を貯めた。言葉を学んだ。旅先のプロポーズに指輪を買った。

 君は僕を置いて行った。君は翼で僕を裏切った。

 僕の心には透明で大きなガラス玉がある。君はその微笑みで傷付ける。やがて
僕のガラス玉は傷で濁ってしまう。君の微笑みの透明さに、僕の微笑みが消えて
ゆく。

 どうして僕と一緒に死んではくれないの、どうして。君に出会うまで、僕は一
人で生きて行くつもりだった、君のせいなのに。

 やがて僕は崩れ落ちる。さらさらと音を立て。ここはタクラマカンなんだ。


                  了

                       1992.10.01.
                       1993.07.23.14:00




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