#75/1336 短編
★タイトル (DRH ) 93/ 7/ 1 8:57 ( 21)
「歪み」/Tink
★内容
撲がここにいることを、君は知らない。
ただ、雨がしとしとと降り頻る街の片隅で、傘もささずに立ち尽くす撲を横目に、
忙しそうな人達が足早に過ぎて行く。
出したくて出せなかった手紙を、宛先も書かないままポストへ投函したあの日、撲
の中で、なにかが壊れた。
愛情なんて分からないけど、分かりたくないけれど、撲は君のことを愛していたよ
うだ。
出会いなんて無い方がいい。変化なんて望まない。
だけど、気持ちは高ぶり、ゆっくりと血液が体中を駆け巡る。
会いたくて、会いたくて、それだけが頭の中を渦巻く。
いつまでも続くリフレイン。何が撲を変えてしまったのだろうか。
唇を強く噛み締める。口の中に広がる鉄の味が撲の生きているという唯一の証拠。
そして、口から滴り落ちる血。痛み──。すべては幻なんだろうか。
いつしか君は撲の目の前に現われ、撲を優しく慈しむ。
微かに揺れる視界の中で、君の微笑みだけが撲を救ってくれる。
闇に沈んで行く意識のなかで、ここには居ない君に笑いかけることができたのか、
それだけが消えて行く心の中にいつまでも残っていた。
Fin