#54/1336 短編
★タイトル (GVJ ) 93/ 6/ 8 23:32 (200)
お題>僕は君だけは許せない 青木無常
★内容
「ひろ子ちゃんてかわいいよね」
と雅彦が天使のように笑いながら言ったとき、ああそうかって胸落ちした。だか
ら、
「へー、あんたひろ子のこと好きなんだ」
とからかいまじりにあいつの顔を見たときの表情も、はにかみにまちがいないっ
て確信した。
「べつにそういうわけじゃ……きらいじゃないけど……」
とかなんとかモゴモゴいうのは聞き流してあたし、
「でもあいつ、むつかしいよなー。正攻法でいってもフラれるの目に見えてるし。
……うーん、手はなさそうだよなー」
あれこれ思案してみるのだがどうもうまい手がうかばない。なにしろ雅彦は自分
のことを「ボク」と呼ぶ種類の、なんだか頼りないおぼっちゃまだし、ひろ子がこ
れまた「ちかごろの男の子って、ぜんぜん頼りなくってちっともステキじゃない。
夏美おねーさまのが凛々しくってステキ!」などとひとのことを勝手に「恋人」あ
つかいする能天気娘ときた。そりゃかわいいけどさ。ふたりとも。
だから、
「あ、いーのいーの。べつに。あの娘とつきあいたいとかそうゆうんじゃ、ぜん
ぜんないんだから。忘れて。忘れてってば」
と自称「美少年」が焦りまくって手と首を左右にふりまわしているのを見てあた
し、決心した。
美少年てのは行き過ぎにしても雅彦はけっこうきれいな顔してるし、男のこにし
ては背も低めだけど、学年でいちばんちっちゃいひろ子とならちょうどいいくらい
だ。すくなくとも、たいがいの男子よりはでかいあたしと並ぶよりは似合うはず。
そういうわけであたし、その晩ひろ子から電話がかかってきたとき、それとなく
さぐりを入れてみた。ところが、
「あのさ、今日ふと気がついたんだけど、雅彦ってさ。なんか女のこみたいに色
白いよね」
「そーですねえせんぱい。なまっちろくて気持ち悪ィーの。ねえねえそれよりせ
んぱいさーあ、今日山田のバカがさ、また階段から落ちてね、なんと今度は入院二
週間」
「い、いや。あーそう。うん、でさあ、雅彦がね」
「うんうんうんうん、それでさ、聞いてくださいよ、あの篠原先輩がなんと見舞
いにいこうって言いだしちゃってみんなちょーびっくり! やっぱりふだんのあの
執拗ないじめは愛情表現だったんだってもーたいへん!」
「あら。まあ、うん、でさ、ま、いいんだけど。あんたもそろそろ彼氏できても
いいころだねえ」
「やーだーせんぱあい。あたしには夏美せんぱいがいるじゃあないですかあ!」
「だー! だからあたしゃそーゆー趣味ないってのに」
「あ、ひどーい。こんなにあたしの心トリコにしといて。もうあたし生きてゆけ
ない。すんすん。おもちゃにしたのねあたしのこと。すんすん」
「だーもーいーかげんにしろー! あんたもいつまでもワケわかんないこといっ
てないでオトコつくれってのにもー」
「いや。いやいやいや。だってあたしもう、身も心も夏美せんぱいのものだもの。
ああ、どうにでもしてっ。オトコなんて不潔っ。なんてね」
てな調子でちっとも話がすすまない。
結局さぐりのさの字も入れられないまま三日が経った。
「なっちゃん、ぼく今日補習があるからいっしょに帰れない」
とすまなさそうに雅彦が言うのへああそう、しっかりやんなさいと背中たたいて
校舎を降り、テニスコートのわきを通りがかるといつものように、
「あっせんぱーい! さよーならあ! あとで電話しますねーえ!」
と元気丸出しでポニーテール跳びはねさせながらひろ子がぴょんぴょんする向こ
うで、汗をぬぐいながら学園のマドンナ、中村正美がちらりと微笑をうかべ、あた
しに向けて手をあげる。
一年二年とけっこう気もあってたけど、クラスがちがってからは話す機会もなく
なった。それでもなんとなくこうして毎日あいさつを交わしてきたが、つい最近ま
でひろ子はあたしと女子テニス部のキャプテンとが友だちどうしだって知らなかっ
たらしい。 ・・
「妬けちゃうなーあたし。学校一の超美人と、学校一の超美形が親友だなんて。
なんか弾きだされちゃいそう。ひどいひどいひどい」
というのが、そうと知れたときのひろ子の反応。でも、親友と呼べるほど親しか
ったわけでもない。
去年の夏だった。仲のいい女友だち数人でカラオケボックスにいき、騒ぎとおし
た夜ふけ、いきおいでなだれこんだ公園でみんな後悔と、そして好奇心とにつかま
った。あっちもこっちも人目はばからぬカップルの群れ。声をひそめてあちこち目
うつりする仲間たちに最初はあわせていたけど、ふとあたしだけ視線、釘づけられ
た。
正美だって、最初は気づかなかった。それほど学校とは雰囲気ちがってたから。
波紋を指さす華奢な手首に、銀の輪が三つ、しゃらしゃらと揺れていた。
うっすらとした化粧や腿までのピンクのスカートより、頬や伏せた睫毛の角度、
微妙に緊張した足から腰にかけてのラインなんかに、あたしはなにか、いつもとは
まるでちがった、もうひとりの正美を見たような気がしてた。
きゃらきゃらとよく笑い、男のこの前では気取ってみせたり、ちょっと媚態を見
せてみたり、あるいは今つきあってる人のベッドでのささやき方とかそんな話をし
ているときのちょっぴり、というかかなり妖しい雰囲気をただよわせたりしている
正美とはちがう、ほんとうの正美。
――ちがう、ふだんあたしたちが見ている正美だって嘘じゃない。
でも、いま、目の前でああして、見知らぬ男の子と、抱き合うでもなくただ肩と
肩を触れあわせて、水辺で真夜中の噴水を無心に眺めている正美だって、まちがい
なく嘘じゃない。
池をへだててずいぶん距離もあったから、ふと視線をあげた正美があたしの姿を
見つけてぺろりと舌をだしてみせたとき、正直いって焦りまくった。あわててみん
なを急かして公園を後にしてから、正美に変な娘だと思われやしないかと不安にな
ったことをよく覚えている。
でも翌日に当の正美から電話がかかってきていつもとかわらない彼女を見つけた
ときは、ちっとも意外じゃなかった。
そして、昨日の彼女の、屈託のない笑顔をあたしが平静に受けとめられなかった
のは、うらやましかったからだと自覚した。
水辺をさまよわせる視線や、そっと、さりげなく触れあわせる肩を思いだし、理
由はよくわからないけどすこし、哀しくもあった。
うらやましかったのは、ああして夜明けまでつきあってくれる男のこが正美には
いるからじゃなく、そういう時間をちっとも不自然じゃなく過ごせる彼女を見つけ
たからだった。
いまもまだ、あのときの男の子とつきあっているのだろうか。それとも、もうべ
つのひとを見つけているのだろうか。いずれにしろ――たとえ、いまつきあってい
るひとがいないのだとしても――彼女はああいう時間の過ごし方を知っていて、そ
していつでもそれが自然にできるのだろう。
歩いているだけでかすかに肌が汗ばむ季節に、あいかわらずあたし、ほとんどあ
のころのままだ。
もの思わしい気分のまま、あのときの公園へと足を向け、空いているベンチに腰
をおろす。
夕暮れの時間。
さまざまな人がさまざまな組み合わせでそれぞれの時間を過ごしている。あたし
のようにひとりで腰をおろしている人たちも少なくはない。多少の気ぜわしさを気
にしなければ、思うぞんぶんのんびりとできる天国のような時間だった。あたしは、
ベンチにひとり腰かけて噴水や池のなかのさかなや、暮れていく空なんかをぼんや
りと長いあいだ眺めていた。
「なっちゃん。なっちゃん」
と、雅彦の声が呼んでいるのに気づいたのは、何度呼びかけられてからだったの
だろう。
ふりかえると、人のよさそうな微笑をうかべた雅彦と、リスを思わせる不思議そ
うな目できょとんとあたしを見つめるひろ子が、ならんで立っているのを見つけた。
なーんだ、とあたしは小さくつぶやいていた。
なーんだ。
あたしなんかがおせっかい焼かなくてもちゃんと、男のこは女のこに出会えたん
だ、って。
たたたと息をはずませながらひろ子は雅彦のかたわらからあたしの方へと走りよ
り、ぴょこんと跳びはねて腰をおろした。見おろすあたしに愛らしい丸顔を向け、
にっこりと微笑んでみせる。
かわいい。こういうときのひろ子を見ると、こんな娘を彼女にできたらいいなと
思う。ただし。あたしが男のこなら。
かけ値なしに、あたしは女のこだから。
ひろ子があたしのことをどう言おうと、近所のひとや幼なじみや先生や男のこた
ちがなんといおうと。
そしてあたしが、あたし自身が、どう反抗しようと。どうあがこうと。最初から
あたしは女のこだから。
女のこだし、女のこでいたいから。
だからあたし、ぷっくらしたひろ子の頬をつんとつついた。
「女のこだぞ。あたし」
すると、とまどったようにひろ子の微笑が消え、一拍、間をおいてから赤い頬が
ぷっ、とふくらんだ。
「わかってますよお」
そして背後をふりかえり、あいかわらず気のぬけたような微笑をうかべる雅彦に
向けて、ねえ、と呼びかける。
そして、
「せんぱい、ひどい」
ときた。
意味がわからず、あいまいに笑いながらひろ子の顔を見返していると、
「雅彦くんとあたしを、くっつけようとしてたんでしょ」
と言いながらかわいらしく眉間に皺をよせる。
「くっついたんでしょ?」
というとひろ子はぶるるるるるんと首を左右にいきおいよくふった。
「あたしにはせんぱいがいますってば。……もう終わりだけど」
どうもつながりがよくわからずに、きょとんとひろ子を見かえしていると、
「雅彦くんも、せんぱいだけは許せないって、そう言ってるんですよっ」
とわけのわからないことを言って雅彦をふりかえる。
「ね、雅彦くん」
雅彦のほうがふたつも年上なのに、まるっきり正反対に見える。ひろ子が雅彦を
見つめる目には、それほどおねえさんじみた色があった。
それほど雅彦が、頼りなげに見えた。あちゃー、と舌うちしたい気分。
とそのとき、ひろ子がついとあたしの隣からすべり出て雅彦の後ろにまわり、ほ
らあと声をかけながら白い夏服の背中をおした。
勢いでよろよろと二、三歩ふみだし、情けなさそうにひろ子を見かえすのへ、か
わいらしいむっとした顔にいきあたって肩をすくめる。
そして意外にしっかりした足どりであたしの目の前に立つと、
「ぼく、きみのこと好きだから」
さっぱりわけのわからないことを、うつむいたまんまで早口に、口走った。
ぽかんと見上げる数刻をおいて、背後からささやき声でじれったそうに指示がと
ぶ。
「それだけじゃダメだ、っていったでしょ」
情けなげに眉をひそめてうらめしそうにひろ子を見かえしていた視線が、こんど
はまっすぐあたしを貫いた。
「なっちゃん、ぼくとつきあってくれない?」
いって、きゃあと女のこみたいな声をあげてくるりとふりかえり、そのまますた
こらと柵をのりこえて池のなかにどぼんととびこんだ。
もちろんあたしは、呆然とするばかり。
いつのまにやら再び隣に腰をおろして「どう?」とでもいいたげに笑いながらあ
たしを見つめるひろ子に、
「だってあいつ、ひろ子のこと好きであたしに近づいたんじゃないの?」
われながら自信の根こそぎ欠けた口調で、呆然とそうつぶやいていた。
「せんぱいは、とってもステキなんですよ」説教口調までかわいらしいのはこの
娘の人徳だろう。「もっと自信をもってくれなきゃ、ゆずるあたしがうかばれませ
ん」
「また、ひとをモノみたいに」
テレかくしに頬をふくらませてみせると、キューピッドきどりの小娘がにっこり
と笑って対岸を指さした。
「なんだか逃げちゃってるし。せんぱい、きっとものすごーく苦労させられます
よ。彼には」
ずぶぬれで池からあがる雅彦に、公園管理事務所から人がとんできて苦情でもあ
びせるんじゃないかと心配したが、どうもああいう手合いは珍しくもないらしい。
一方的に愛の告白を置き去って、男のこは返事もきかずに出口からいちもくさんに
走りでていってそのまま戻らなかった。ひろ子の予言、かなりあたりそうだ。
翌日、学校でどうもあたしと顔をあわせるのを避けているらしい雅彦をつかまえ
てほんとうのところどうなのかを問いただしてみたら、
「本気だよ、なっちゃん」
耳たぶまで真っ赤になってる。
「じゃどうして逃げまわるのよ」
と追求するあたしのほうこそ、真っ赤になってるのが自分で痛いほどよくわかる。
「その、恥ずかしいっていうか、まあ、あの、テレちゃって」
ふふっ。と、あたしの意志の隙間をついて不覚にも、うれしげな笑いがあたしの
鼻からもれた。
そしていちばん気になることと対決した。
「あたし、あんたより背、高いのよ」
たぶん、ずいぶん気弱げに見えたと思う。そのへん酌んでくれて、「そんなの関
係ないさ」くらい言ってくれればよかったのに、あいついうにことかいて、
「しかたないじゃない。ほれちゃったんだから」
ときた。こりゃほんとうに苦労させられそうだ。
ちなみにひろ子はどうなったのかというと、ちゃっかり彼氏を見せびらかしてい
る。しかもどうやら、「あたしは身も心もせんぱいのものよっ」とか騒いでいたあ
のころからすでに、つきあっていた相手らしい。まったく、不届きな娘だこと。
まあ、というわけであたしたち、学習してます。マル。 (了)