#51/1336 短編
★タイトル (ZQG ) 93/ 6/ 7 4:14 (109)
蛇の来去る。(随筆) 【惑星人奈宇】
★内容
五月の終り頃にも成ると、暑いですね。気温が26度を越えましたから、シャツ
一枚でも汗が出てきます。
冷蔵庫からアイスクリームを取り出して、口に入れて冷たい美味しさを身体一杯
に感じさせて涼しさを取り戻します。そして、ちよっと初夏を通りすぎて夏かなと
思わせられるような明るい外に視線を移します。木々が快さそうにそよ風に揺れて
います。
平穏な毎日が続いていても、自然界の恵と摂理に対し感謝の気持ちで一杯になり
ます。でもこの時外に見える嫌いなものを見てほんとに「ひゃゃあ。うひゃゃあ」
と悲鳴を上げたく成って仕舞いました。窓から3メートル程前にある生け垣に太く
て長い蛇が解けた帯のように乗っているでは有りませんか。ほんとにびっくり仰天
して仕舞いました。
僕は蛇を見ただけで肝を潰してしまうような気弱な性質です。目から見え無い場
所に去って欲しいために、色々と退散させる方法を考え出すことにしました。
家の近所では蛇の姿を見ることは滅多に有りません。5年以上見ていないと思い
ます。蛇は何処からやって来たのでしょうか。近くに森のような所はありません。
近付いて良く見ると、二日前に家の前の田圃の畦道に居た、行き先が決らずウロ
ウロとしていた蛇だと直感しました。
丁度この時は、会社に自転車にのって行くときで、長さが2メートル程もある蛇
が何処に行こうかと思案しているようでした。私は、あっと驚く為五郎のように、
慌てふためいて仕舞いました。ハンドルを持つ手に力が入り過ぎて道路横の小川に
落ちそうに成ったのです。蛇の進む方向が自分の住んでいる家とは反対方向でした
ので多分家の屋敷には入って来ないだろうと高を括って会社に出かけました。
この蛇の背は濃緑褐色の胴体をしていて、胴体中央辺りが太く頭と尻尾は細くて、
動きが割合鈍かったので、田舎では親しまれていて無毒の青大将だろうと推測しま
した。
私の蛇に対するアレルギは、誰も信じられない程、身体に症状が出ます。蛇を見
ただけで悪寒が走り思考停止の他のことは何にも考えられない状態になり、そして
思い出すだけで身体が寒くなり気持ち悪くなります。だからいつも蛇のことは考え
ないように思い出さないように、たとえ思い出してもすぐに忘れるように、気を付
けています。このように書くと、単なる虚弱体質では無いかと仰ることでしょう。
昔少年であった頃には、蛇が僕達の集団の前に現れたりすると、皆で寄ってたか
って棒でつついたり叩いたりして殺してしまいました。
群衆心理というものでしょうか、蛇が嫌いという理由だけで、皆と一緒になって
棒でつついたり石をぶつけたりして、更には頭部を切断したりして、危険な蛇を退
治しました。そして、僕はもう弱虫では無く強くなったのだと、と言うよりも、強
く成ったような気がしました。
でも蛇を恐く無くなったのでは有りません。学校帰りに蛇に出くわしたりすると
回り道をして帰ったり、暫く休んで蛇の居なくなるのを待って帰りました。
蛇は草むらや竹薮などに沢山居ました。天気が良くなると、しげみから出てきて
日向ぼっこをしていました。草の生えた道を無造作に歩いていたりすると、蛇に足
を引っかけることも有りました。
この嫌いな蛇が夢の中にまで現れることがあるのです。夢の中に蛇が現れて僕に
巻ついて飲み込もうとしたり、締め付けたりして苛めるのです。蛇の霊が夢の中に
まで現れて復讐をしているのです。僕は悪夢に悩まされるように成ってからは、蛇
アレルギに成ってしまいました。それで蛇を見たら蛙などの餌を与えて手なずけて
、蛇に良い印象を与えて蛇の復讐から逃れる方法は無いものかと真剣に考えたこと
も有ります。
青大将は、家の中の鼠とかを食べてくれますので、農家では大切にされたりして
います。でも一般的に蛇は見ているだけでも鎌首を立てて、抵抗的な態度を示すも
のが多いです。
家の回りには、生け垣として桧が高さ2メートルに植え揃えてあります。この垣
の二三本の木に青大将が絡まってというより気持ち良さそうに乗っていました。一
般的な普通の蛇のように舌をぺろぺろ出したりはせず、じっと下から70センチ辺
りに横たわっていました。何の為に木の枝に乗っているのかと思いましたが、雀な
どの鳥あるいは昆虫とか鼠を狙って居たのでしょうか?。
普通ならば、ここで蛇を木から引きずり落して他の場所に持って行くとか、ある
いは棒でつついて屋敷から追い出す方法を取るだろうと思います。だけど僕の場合
は蛇を苛めたり傷つけたりした為に起こるかも知れない霊的な逆襲に対する恐怖の
為に、力で追い払う実力行使だけは出来ませんでした。いや、してはいけないのだ
と心に決めているのでした。
一番優しい方法としてホースで水をかけることにしました。他の場所に移動して
くれと願いながら蛇の頭部に向かって放水しました。ホースからの水を受けて蛇は
頭部を多少動かしはしたが動き出す気配がありません。更に5分程辛抱強く放水し
ました。効き目はありませんでした。仕方が無いので、家の中に戻り、窓にブライ
ンドを降ろして麦茶をすすり休憩することにしました。
暫くして外に出て見ました。さっきの蛇が同じ所に木の枝に絡まっていました。
蛇が完全に屋敷から去ったことを確認したいために、優しく退去させる方法を考え
ながら草取りをすることにしました。時々蛇の方を見て様子を見ました。
静かに草取りをしていても、落ち着いて草取りなどしていられません。それで少
し苛々を感じ始めていました。
鎌の背でコンクリート・ブロックや物干し竿を支える金属製の棒を叩いたりして
草取りをしていました。この時です、蛇に異変が起きたのは………。そうです!蛇
がゆっくりと移動を開始したのです。思わず私は嬉しくなり、更にバンバンバンと
鉄棒を叩きました。
蛇はゆっくりと移動をしています。これなら大丈夫だと確信し、家の中に入り大
きな音の出る物を探しました。鍋では底が引っ込むだろうし茶碗では割れてしまい
ます。家の中で何分程適当なものを探したでしょうか。多分3分程だと思います。
それで、フライパンを取りだし叩きながら、玄関から出ました。ぱんぱんぱんぱ
ん、パンパン。大きな音を響かせながら外に出ました。近所の人は何だろうと思っ
たに違い有りません。空も晴れていたからフライパンの音は気持ち良く響き渡りま
した。パンパンパンと軽快に鳴らしながら、ゆっくりと蛇が居る筈の所に近付きま
した。
不思議や不思議、今まで居た蛇はもう居ません。
屋敷の回りは道路側を除いて、田圃や畑に成っています。蛇の姿は何処にも有り
ませんでした。
蛇は嫌われても居ますが、水神とか雨神あるいは作物神として崇拝されています。
僕は蛇に恨みを抱いているのでありません。この青大将が無事に、神社の境内と
か森のような所に行き着いて気楽に余生を全うして欲しいと思っただけでした。
***** 完 *****