AWC お題>青空2       青木無常


        
#48/1336 短編
★タイトル (GVJ     )  93/ 6/ 1   1:33  (120)
お題>青空2       青木無常
★内容

 突風が雑踏の臭気を吹きはらう。ヒトの集積した臭気だ。おれは鼻をならし、天
幕と超高層ビルの間をぬって、視線を上方へとむけた。
 大気と市場を震撼させつつ上昇する銀の弾丸は、地上と宇宙をむすぶ架け橋だ。
そしてあいにくの曇天のすきまをついてさし染める陽光を反射しながら、天へと挑
みつづけるシャトルをあざ笑うようにして、はるか高空に浮かぶ構築物――建設途
上の軌道エレヴェータ。技術はつぎつぎに先を目ざし、そして古びていく。
 数カ国語の入り乱れた雑踏をぬって港へのペーヴメントをいく。足どりが急いて
いるのは、期待かそれとも不安ゆえか。おれは首を左右に軽くふり、気を四囲にと
ばす。
 並木道、といきたいところだろうが、通廊ぞいに植えこまれた常緑樹は整然を志
向した計画から大きく逸脱して縦横無尽にその四肢をひろげ、一種凶暴といえそう
なまでにその生を謳歌していた。行き交う無数の人むれの顔、ひとつひとつもまた
エネルギーを抑えがたくふりまいている。ふぇん。ふぉん。樹陰から遠く近く、ひ
っきりなしに響きわたる反重力エンジンの離着陸の音。わめき声、笑い声。
 「よし」
 かけ声ひとつ、おれは停めていた足をふたたび踏みだす。
 発行されたての通行証をスリットにさしこんで玄関をくぐり、雑然と人のいなら
ぶ構内を眺めわたした。白髪あたまの獰猛そうな髭ヅラがぐいと手をあげ、そのま
まおれが後を追うのを確認もせずに背をむけて階段をのぼりだす。あわてて人びと
をかきわけながらしゃにむに前進、階段をなかばまで昇りかけたところでふい、と
背後をふりむいた。
 ガラスばりの壁のむこうで、見慣れた市街はまるではじめての街のように広がっ
ている。胸の奥で懐かしさを手さぐり、うまくいかずに肩をすくめたとたん、
 「坊や、とっととしな」
 老人の声が背後上から荒々しく、おれを促した。へ、と苦笑いをひとつ置きざり
に、ふたたび先を目ざす。
 搭乗を前にごった返すロビーを横目におれたちは職員通路を、誇りにみちた、そ
してやや大げさなほどの大股でのしのしと通りぬける。
 つかのまのロスタイムをやり過ごす連中の、どのひとつの顔も輝きと力に充ちあ
ふれているように見えるのはおれの気のせいだろうが、だれもが多かれ少なかれ、
おれと同じ期待に不安を抱えこんでいるのはまずまちがいない。おれたちはリム、
外縁へ、そしてエッジ、最先端へとその歩を踏みだそうとしている、愚かで凶暴な
ドン・キホーテだ。
 くすんだ弾丸型の外観は歳月の浸食をきざんで古くさく、そして荘厳だ。半世紀
近くの往復をくりかえしてきた骨董品だが、あと二十年は意地でも飛ばすと以前、
爺さんは息まいていた。場合によっちゃあ、爺さんの余命よりは長保ちするかもし
れない。親父の天命をこえて、今も生きのびているがごとく。
 誇らしげに、わが子の雄姿でも眺めあげるがごとく古びたシャトルに見入ってい
た爺さんは「うむ」とおもむろににうなずくと、ハッチのハンドルをまわす。
 「おれたちは幌馬車の御者さ」
 親父の口癖を思い出した。銀色の駅馬車もいつか、近いうちに軌道エレヴェータ
にその道をゆずり、世界の片隅へと追いやられる日がくるだろう。だがとりあえず
今は、地上と天とを結ぶ根幹だ。
 「ようこそ、《風天神》へ」
 開いたハッチの手まえで爺さんは気取った仕種で腰をおりながらそう言った。た
かだか地上と軌道ステーションの間を往復するだけのシャトルなんぞに、ずいぶん
大げさな名まえを、と十年前には嫌悪感とともにあきれ果てていた。それが今じゃ、
不思議とその名まえにさえ愛着を覚える。親父も、相棒である爺さんも、この船を、
否、幌馬車を、とても好きだったんだろう。
 うむ、と鼻をならし胸をはりつつ爺さんのかたわらを鷹揚に通りぬけて船内に足
踏みいれたとたん、背後から齢八十とは思えぬ健脚がおれの尻に蹴りをくらわせた。
調子に乗りすぎたか、と苦笑しつつ腰くだけにエアロックをぬける。
 狭苦しいコクピットの助手席に身体をおしこみ、爺さんの指示にしたがって仕業
準備にとりかかる。ライセンスはクラスBだが、ガキのころさんざん密航して親父
の膝の上であかず眺めた手順だ。淀みひとつあるはずがない。おれは唇の片端を歪
めた。これなら、鼻唄まじりで親父の記録を塗りかえられるかもしれない。
 「おい坊や、妙な気を起こすんじゃねえぞ。いいな」
 心中の思いを見透かすように、爺さんの罵声がとんだ。
 「テレパスだったのかよ、爺さん」
 驚きまじりの切りかえしにふん、と鼻をならし、
 「ひよっ子の考えることなど手にとるようにわかるわい。いいか、この《風天神》
はな、このわしが受け継ぐことに決まっとるんだ。助手席にすわる新米ももうステ
ーションで待っておる。ここにおまえの居場所などないんだぞ。ほんとうはな」
 「わかってる」おれは寂しさを苦笑にまぎらせてうなずいた。「親父の真似なん
ざとてもできないし、するつもりもないさ。わかってる」
 むう、ともうう、ともつかないうなりを上げて爺さんはふたたびおれをどやしつ
けながら作業を再開した。
 乗客の搭乗が開始される。港内要員の指示で手際よくさばかれていく長蛇の列を
モニターで確認しつつ、船内アナウンスの録音を流しはじめる。
 一日五回。この往復回数で事故のひとつも起こさず十数年をやり過ごしてきた親
父の手際は、今でも業界じゃ伝説の地位を保ちつづけている。専属の整備員ももた
ない個人事業主が記録の保持者であることも、驚異の対象のひとつらしい。優秀な
パイロットの一人として名をあげられることも多い爺さんが長年、親父の下でコ・
パイをつづけてきたのも、手際や勘を盗みとるためだったらしい。その成果はこの
先に披露されるんだろう。おれとしては、せめて無事にと祈るばかりだ。
 ブザーが鳴る。モニターで乗客の姿勢をひとわたり確認し、管制官とダミ声でや
りあう爺さんに横目で合図をおくる。
 「うむ。ではいくぞ」
 軽いかけ声とともにエンジンに火が入り、船は盛大な胴ぶるいとともに咆哮をあ
げた。
 ずわり、と船体が浮きあがり、振動とともに上からの圧力がおれたち全員をひと
しなみに座席へと沈降させる。無数のモニターにせわしなく視線をはしらせている
と、爺さんの笑い顔に目が行き当たった。ふん、と鼻をならして見せると、けっ、
と唇の端を歪めてよこす。
 おう、おう、おう、と大気を切り裂きながら馬車は昇り、曇天をつらぬいて蒼穹
へと踊りでる。さらに上へ、そしてさらに、上へ。上へ。
 青から藍へ、濃紺へ。空はぐいぐいとその色あいを深めていき、そして無窮へと。
 漆黒に散りばめた星は遠く、そして背後の大地の光もまた遠ざかる。
 「おい」
 横手から、ただよう煙とともに爺さんのしわがれた声が呼びかけた。就航中のシ
ャトルで煙草を喫うなど言語道断の安全基準法違反だが、不届きにも十年以上、爺
さんは煙をふかしつづけている。
 「煙いじゃねえか」
 笑顔で苦情をのべ立てるおれに、けっ、と口端を歪めてみせ、
 「坊やと言われて、なぜ怒らなかった?」
 と訊いた。
 答えようとして、言葉につまる。五年前なら、たしかに怒り狂っていた。答えを
さがして見あたらず、おれは肩をすくめてみせる。
 「べつに。あんたから見りゃ、たいがい坊やだろうよ。な、爺さん」
 「ひとを年寄りあつかいするんじゃねえよ」
 言ってにやりと笑い、
 「《雷天神》とでも呼ぶことにするか。おまえは、よ」
 つけ加えた。
 「ちと、おっ恥ずかしいね」
 とおれは、鼻のあたまをかく。
 「なに、そのうち慣れてくるさ。そのころにゃ、内実もついてくる」
 まじめくさってうなずきながら言う爺さんに「そう願いたいね」とお茶を濁した。
 軌道ステーション。
 限られた閉空間に無数の人群れがおしこみ、ひしめき合うフロンティアの一時預
かり所。乗降と声のかけあいをくりかえす乗客たちを尻目に、おれたちもまた肩を
たたきあう。
 「達者でな。せいぜい長生きしてくれよ」
 「余計なお世話だ。おまえこそ生きて帰ってくるんだぞ。わかったな」
 ふん、とおれは鼻をならす。
 けっ、と、爺さんは唇を歪める。
 そして右と左に別れた。爺さんは、ふたたび大気をぬって地上へ。そしておれは
オフワールドへ。
 おれたちは幌馬車の御者さ。
                                    了




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