#5480/5495 長編
★タイトル (NKG ) 01/08/15 23:13 (199)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(20/25) らいと・ひる
★内容
「話をするならそこの部屋を使うといい」
美咲の姉はそう言って、さっきまで寺脇くんといたプレハブを指す。
「ありがとう」
「ただし、変なマネしたらあんたたちに選択の余地はなくなるからね」
藍はくるりと彼女たちに背を向け、わたしの手をとって元いた場所へと歩いていく。
後ろでは、この騒ぎの後始末を美咲の姉が指示を出して収拾をつけようとしている。
美咲は……美咲は姉の横で下を向いてしゅんとしていた。もう、わたしたちはあの
頃には戻れないのだろうか?
「あたしの奴隷の手当を! 後、寺脇と熊谷、それから美咲が連れてきた男の子二人
を探して! あの子たちとの争いに紛れてどこかに逃げたみたい。でもまだそんなに
遠くに行っていないはずよ」
テキパキとした声が響き渡る。
ぱたん、と戸を閉めると藍が鍵をかける。
わたしはぼんやりとその様子を眺めていた。
「茜。話がある」
その言葉で、ようやく思考が正常に戻り始める。
「ねぇ、どうやって逃げるの? なんか考えがあるんでしょ?」
「逃げられないよ」
藍の冷たい言葉がわたしのココロに突き刺さる。だから、彼女が何を言ったのかが
理解できない。
「え?」
「もう私らの手に負える問題じゃない。こういった組織がらみの事はいったん目をつ
けられたらもうおしまいなんだよ」
「ちょっと待って……なに言ってるの?」
藍はあきらめたってこと?
「もとは茜の好奇心から始まったこと。世の中には知らなくていいことがある。河合
美咲の言ってたことは正論だよ」
「たしかに寺脇くんにノコノコついていったのはわたしのミスだし、藍たちを巻き込
んだことは悪いと思っている。だけど、どうしてそんなに簡単にあきらめることがで
きるの?」
「茜は復讐がしたかったんだよね」
「え?」
「茜の部活の仲間の橘さんだっけ? 彼女をあんな目に遭わせた奴らが憎いからこの
組織に復讐がしたかったんだよね」
「……」
「だから寺脇偲に干渉した。そして裏で操っている組織の事もわかった。ゲームとし
てはいいトコまでいったんだよ。だけど、所詮私らはゲームの中で踊らされているに
すぎない。今、茜ができることは組織の末端部分と心中をするか、奴らの仲間になる
か、それとも快楽に支配される毎日を送るか」
「わたしが考えなしに行動した事は謝るし、藍にも酷い選択をさせてしまったことも
謝るよ。ごめんなさい。だから……だから、なんとかここを逃げる方法を考えようよ」
「今の状態ではそれは無理。それは茜にだって理解できると思う」
「それだったら、いったん仲間になるフリをして」
「甘いよ。私らが仲間になる為には、後戻りができないようなテストをするはずだよ。
例えば誰かを殺させるとか」
「……」
わたしは答えられない。いや、答えなくちゃいけない。
「藍はそれでいいの?」
「私は別にいいんだよ」
なげやりに答える。藍はなんでそんなに自分を大切にすることを放棄するの?
「わたしは嫌!」
「なんで?」
「だって、だって……」
「さくらお姉ちゃんの為?」
藍の口からお姉ちゃんの名前がこぼれる。久しぶりに他人が口にするのを聞く。も
う忘れてしまったかと思っていた。
「そうだよ。だから、そんなケガれた事なんてできない。わたしの身体はわたしだけ
の物じゃないんだよ。お姉ちゃんはまだここで生きているんだよ」
わたしはそう言って腹部に触れる。ここにはお姉ちゃんの細胞がある。
「だからそんなに無理をしているの?」
「そうだよ! そうじゃないとお姉ちゃんに悪いでしょ。わたしはお姉ちゃんの分ま
で生きてるんだよ」
「茜……聞いて。わたしが今日来たのは話があるから。あんたを助けるためじゃない、
伝える事があって」
「……え?」
「さくらちゃんの最後の伝言」
身体が震えてくる。藍はお姉ちゃんの最後の言葉を聞いているの?
「茜にはずっと内緒にしていたこと。あんたの為にはその方がいいって、さくらお姉
ちゃんもあんたの両親も言ってたからわたしは今まで言わなかった。でも、茜がそう
いう状態になったら迷わず言ってって」
「なに……?」
わたしはなんとなく聞くのが怖かった。なぜか身体が震えてくる。
「茜に臓器移植したのはさくらちゃんじゃない。あんたの母親だ」
なにをいっているの? あいちゃん、うそはよくないよ。さくらおねえちゃんはう
そつきなんかじゃないよ。
「……」
「さくらちゃんはもう存在しない」
「……」
ひどいよ、ひどいよ、ひどいよ、ひどいよ、ひどいよ……。
「さくらちゃんの代わりに生きる必要なんてないんだ」
「……うそつき」
みんなうそつき、みんなうそつき、みんなうそつき……。
「さくらちゃんはね、死ぬ間際までずっとその事を気にしていた。私が行った時はも
うダメだったみたいで、病室の外で待ってた私を茜の両親は入れてくれて、親しかっ
た私と最後の話をさせてくれた。その時、みんなで約束したの。本当は退院したら臓
器移植はさくらちゃんのじゃないって言うはずだったけど……あんたお姉ちゃんっ子
だったからね。ショックでまた具合悪くなるんじゃないかってご両親は考えて、それ
で嘘をついたままでいようって事になったんだ。……でも、最後の最後にさくらお姉
ちゃんは言ったんだ。「もし茜がわたしのために無理をするようなら本当の事を言っ
て、そうじゃないとあの子は前へは進めないから」って」
「……お姉ちゃん」
わたしはずっとお姉ちゃんに近づこうと頑張っていたのに。
「茜に干渉してもしょうがないことはわかっている。それがどういう理由かは今は言
わないであげる。でも……約束をしたのは私が変わる前の事だから」
「……うぅっ、うぅっ、お姉ちゃん」
「伝えたよ」
◆石崎 藍
「伝えたよ」
そう言って私は背を向ける。茜だけでも逃がしてやるのが人の道というものかもし
れないが、今の私にそれだけの力も知恵もありはしない。
私は私の意志で動く。今まで蓄積されたデータベースを参照しながら、プログラム
が働いていく。
だから、茜は茜の意志で動けばいい。あの子にはあの子なりのプログラムがある。
選択するのはあの子自身だ。
「しばらく一人にしてあげる。その間によく考えるといい」
そう言って、私はドアのノブに手をかける。「さよなら」と言った方がいいのかな。
きっとそうなるという予感はしている。私はさくらちゃんの次に茜の事をよく知っ
ているつもりだから。
「藍」
私を呼び止める声。そうか、茜も気づいていたんだよね。振り返ってあの子の笑顔
を記憶に焼き付けよう。あの子は笑って別れを言うはずだ。そういう子だから。
私はドアにかけた手を離す。
その瞬間。
爆音と衝撃が私の身体を襲う。
そしてそのまま、後ろへと吹き飛ばされた。
耳鳴りがして何も聞こえない。思考回路は混乱しかかっている。落ち着いて。こう
いう時は状況を把握しなくてはいけない。
右手首が痛い。出血は……ない。そうか、ドアを開けようとしてたから、なんらか
の衝撃でドアごと飛ばされたのか。骨にでもヒビが入ったか、筋をやられたか。頭は
……痛くない、左手で触れても出血していそうな感触はない。最悪の事態はまぬがれ
たようだ。
立ち上がろうとすると、右足首にも僅かな痛みがある。これは捻挫かも。
そうだ。茜は?
部屋の隅にあの子は倒れていた。私は痛む左手を支え、足を引きずりながら彼女の
元へ行く。
「茜!」
返事がない。
首筋に手をあてる。脈はある。呼吸もしている。出血らしい出血はない。頭を打っ
ていなければいいけど。
私は茜を動かさないことにし、そのまま右手の窓の外を窺う。
窓ガラスはない。割れた破片が部屋の中に散乱している。爆発だったのか? だっ
たらその規模が弱かったのが幸いしたのだ。この建物ごと吹っ飛んでいたら、私も茜
もこの世には存在しない。
窓の外には、隣りにあったもう一軒のプレハブが燃えているのが見える。あの中に
は数十名の男女がいたはず。たぶんもう助からないだろう。私は反対側の窓を見る。
こちらは割れていない。やはり爆発の規模が小さかったのだろう。少しだけ開けて外
の様子を窺う。
外にはさっきの男たちが動き回り、河合美咲の姉がいろいろと指示を出しているよ
うだ。男たちの中にも怪我人は何人かいる。
私はもう一度、あの子の側に寄る。
「茜。……茜」
返事はない。頭を打っていた場合を考えて動かさないのがベスト、いやこの場合は
ベターかな。これだけの騒ぎを起こしているのだから、外部に漏れないわけがない。
美咲の姉の部下たちが必死で消火作業を行っている。鎮火しなくても騒ぎで警察が
やってくる。
とりあえず、茜はここにおいていこう。本当は一緒に逃げられればいいのだが。
私は外に出ると、足を引きずりながら河合美咲の姉のもとへと行く。
「何があったの?」
「ああ、あんた大丈夫かい?」
彼女は、私を認識するとそう返事をした。
「右手がちょっとまずいみいたい。あと左足は軽い捻挫かな」
私は手首をさすりながら彼女の前へと立つ。
「後で病院を紹介してあげるわ。でも……あんたどうして逃げなかったの?」
彼女は微かに笑いながら私へとそう問いかける。
「仲間になったからだよ」
本当は状況を把握したいだけ。単なる事故なのか、それとも……。
「アネさん!」
彼女の部下らしきサングラスの男が慌ててやってくる。
「なに? どうしたの」
「あの小僧、ここに爆弾を仕掛けてやがった」
「やっばりね。だからあたしはあのガキは信じられないって言ったんだよ。あの弥勒
の口添えがなければ叩き出してやったってのに」
なるほど。状況はだいたい理解できてきた。
「姉御! あのガキが隠れているところがわかりました」
上の方から部下の声が聞こえる。
「よし、今行く」
彼女はそう言うとこちらを向き、首に巻いてあったスカーフを取り、私の腕にあて、
三角巾の代わりにしてくれる。
「しばらくはそれで我慢してね。まあ、あんた結構根性座ってるからそれぐらい平気
かもしれないね。ガキを始末したらあたしらは撤退する。ついてきなさい」
部下に慕われるのはそれなりの理由があるのかもしれない。私はなぜか笑みを浮か
べた。
さて、どうしたものか。
彼女の後に続き、倉庫の2階部分に上がる。2階といっても、ほとんど吹き抜けで
あるため、ロフトの小部屋がついているだけだ。
小部屋の手前で、一人の男が腹を血染めにして座っている。刺さったままの矢を抜
こうとしないのは、もうすでに死んでいるからなのか。
「アネさん。あのガキ、奥に籠城して入ってくる奴をボウガンで狙い撃ちしてやがる
んです」
背の低い男が彼女にそう報告している。
「威力のある銃を持ってきな。蜂の巣にしてやる」
部屋に籠城していて、相手を生かす必要がないのなら、攻撃力のある銃で何発もの
弾を撃ち込めばそれですむ。だけど、そんなに彼は単純なのだろうか。
部下の一人が5丁ほどの自動小銃を持ってくる。これは、たしかロシア軍の採用し
ている突撃銃だ。こんなものまで手に入るとは、組織としてはかなり大きな規模のも
のなのだろう。単純にヤクザっていうのとは違うのかもしれない。
「用意はいいかい?」
男たちが銃を構える。これで寺脇偲のゲームは本当に終わるのか?
そんなわけない!
私は危険を感じて部屋から背を向ける。足に激痛が走る。かまわず階段を下まで一
気に駆け下りる。
「姉御! あの小娘逃げやがった」