AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(21/25) らいと・ひる


        
#5481/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  23:14  (200)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(21/25) らいと・ひる
★内容
「ほっときな、ケガしてるからどうせ遠くまでいけないよ。いいから撃ちな!」
 連続した銃声が。
 それと同時に私は柱の影へと伏せる。
 その数十秒後。
 予想通りの爆発音。
 しばらくの間、耳鳴りがしている。今度は気づいていたのだから、片方だけでも耳
を塞いでいればよかった。
 
 2階のロフトの小部屋付近は爆発で炎上し、その下には焼けこげた死体がいくつも
散らばっている。
 このありさまでは誰も助からなかっただろう。たぶん、あの人も。
 やっぱりトラップだったんだ。ボウガンを自動発射させるのは簡単。本体を2つほ
ど交互に使って矢の装填も自動にしたんだろう。あとは銃で撃たせて火薬に火をつけ
させればいい。失敗しても時間稼ぎにはなる。
 わたしは足を引きずりながら茜の元へと戻ろうと考える。倉庫自体に燃え広がった
ら茜の身が危険になる。組織の人間がいなくなった以上、あの子を助けない理由が見
あたらない。
 理由?
 どうして私はそんな事を考えるのだろう。
 理由がないことに私はほっとしている。
 私の思考は過去のデータを参照して検証し、あの子を助ける事を望んでいる。だか
ら、ほっとしている。では、なんで助けない理由など探さなければならないのだろう。
 ……。
 なぜ?
 やっぱり、思考さえも制御を失っているの?
 支配されているはずの思考でさえ、制御を失いかけて壊れていく。ただ、それだけ
なのか。
 ワタシハコワレテイク……。
 目眩がする。
 ここに立っているのは、石崎藍。肉体というハードウェアに組み込まれた意識とい
うプログラムがただ働いているだけ。
 ヒトというシステムがソンザイシテイルダケ……。


「石崎さん」
 目の前に突然人影が現れる。
「寺脇……偲?」
 一瞬、判別が遅れる。私はこの人間に対して警戒しなければいけない。直感的なも
のがそう告げていた。
「あのトラップに気づくとは、やはりボクが見込んだだけのことはあるね」
 寺脇偲の右後ろには、無表情の大男が立っていた。先ほど茜に倒された男だ。
「私に何か用? そういえば、最近、茜にちょっかいかけてたんだってね」
 私は警戒をゆるめずまっすぐに彼を見る。
「それは逆だよ。彼女の方がボクにちょっかいをかけていたんだから。ボクが興味が
あるのはキミだけだよ」
「どーでもいいよそんなこと」
 彼から目線を逸らす。大男は相変わらず無表情で身動きせずに彼の側にいる。
「どうだい? ボクの仲間にならないかい。キミが仲間になるはずだった河合英子…
…河合美咲の姉さんはもういないよ」
「……」
 私は焼け焦げた肉片を見る。
「単純なトラップにも気づかない、レベルの低い人間の行く末さ。その点キミは違う。
だからボクはキミに興味があるし、ぜひとも仲間になってもらいたい」
「仲間?」
「そうだよ。キミとボクが組めば何だってできる」
「断るっていったら?」
「なんでだい? あの組織には入ってもよかったんだろ?」
「私はあなたが苦手だから……」
 理由なんてわからない。いや、わかっていて私は考えるのをやめているのかもしれ
ない。
「それは酷いな。でもキミには理解できるはずだよボクの考えが」
「人間は支配される生き物だってこと?」
「そうだよ。簡易なプログラムに従っている人間には、高度なプログラムは理解でき
ないからね」
 聞いたことのある台詞。ぼんやりと浮かぶ男の子の顔。
「なんか誰かさんも似たようなこと言ってたな。でもあいつは人間自体がすでに高度
なプログラムを持っているって」
「それは誰だい?」
 私はおかしくなって笑う。
「あんたの嫌いな幾田だよ。あんた、幾田に警告したんだってね。ふふふ、ありがと。
でもあれくらいで懲りるような奴じゃないから、困ったもんだよね」
「キミも困っているのなら、奴には構わない事だ」
「私ね、幾田ってあんまり好きじゃない。でも寺脇くん、あなたの方がもっと嫌いな
んだよ」
 嫌いという感情は無くなっていたつもりだった。だが、目の前にいる寺脇偲を見て
いると不思議と嫌悪感を抱いてしまう。
「それは同族嫌いというやつかな?」
 同族? 同じ生物という意味では当たっているかもしれない。それとも彼と私は似
すぎているのか?
 ふいに妙な感覚に襲われる。今まで閉ざされていた回路が開かれるように。
「さあ? どうしてだろうね」
 私は強がっているだけなのか?
「つれないねぇ。まったく知らない間柄ってわけでもないだろ。忘れてしまったかい?
 こうやって話すのは2年ぶりくらいかな。あれは1年の2学期だったね」
 私は寺脇偲と初対面ではない。クラスは一度も同じにならなかったが、一度だけ接
触はあった。
 あれは、2年前の秋。二重のフェンスで囲まれた監獄のような屋上。せっかくの景
色が金網で台無しだって、そんな感想を茜から聞いたこともあったっけ。
 私の通う学校の屋上は、周りだけでなく天井も網で囲われている。つまり、よじ上
って向こう側に行くことさえ不可能ということ。飛び降り自殺者を出さないためなの
か、それとも本当にここは監獄なのか。私にはどうでもいいことかもしれない。


**


「虫かごみたい」
 私はぽつりと呟いた。
 別に誰かにそう言いたかったわけじゃない。でも彼にはしっかり聞こえたようだ。
「人間なんて虫と変わんないよ」
「誰?」
 後ろに人がいたなんて気づかなかった。なんとなくぼーっとしながら屋上へ来たか
ら、気が緩んでいたのかもしれない。
「誰でもいいじゃないか」
「そう。だったら、名前は聞かない」
 私はその時、少しだけ警戒していたのかもしれない。それは本能だったのか、それ
とも安定しない心のせいだったのか、よくわからない。
「虫も人間も変わらないって話知ってる?」
「そりゃ同じ生物だからね」
「じゃあ、コンピュータも人間も変わらないって話は?」
「どっちもプログラムされたものが行動結果となるって事でしょ。不確定要素でさえ、
人間固有の物じゃないからね。コンピュータだってランダムで物を選ぶ事はできるし、
癖だってある。もともと人間に似せて創られた物だから」
「いやぁ、お見事」
 彼は大げさに拍手をする。
「くだらない場所だと思ってたけど、意外にも収穫があったな」
 彼は続けてそう言った。
「学校はくだない場所?」
 くだらないという感覚は私と似ているかもしれない。
「そう」
「そうだね」
「キミの名前は?」
「なんでそんな事聞くの?」
 いきなり名前を聞かれてその時は驚いた。でも、すぐにそれが橋本誠司の時と同じ
なんだという事に気づく。
「聞きたいからだよ」
「A組の石崎藍。学年は上履き見ればわかるでしょ」
 一応社交辞令みたいなものだ。言わなければ調べられるに決まっている。だったら
自分の口から言っておいたほうがいい。
「ありがとう。ボクは」
「名前だったらいい」
「どうして?」
「興味がないから」
「そう。だったら興味を持ったら調べるといい。キミならそれくらい簡単だろ」
 なんとなく見透かされたような顔。
「興味をもったらね」
 私は興味なさげに言う。しつこくなければいい。しつこい奴は鬱陶しいから面倒だ。
 結局、彼との直の接触はその一回限りだった。ただ、常に見られているという感覚
はあった。
 それは彼が私を同族と見ていたためなのだろう。人間は自由ではない。他の生き物
……いや、この地球上のすべての物質が同じように支配されているという事に気づい
ていたのだ。人間の行動、自分の感情さえ組み込まれたシステムが反応しているだけ
なのだと。
 でも、ただ一つだけ私と違うことがあった。
 それは……。



◇井伊倉 茜


 頭が痛い。
 こめかみを押さえながらわたしは立ち上がった。
 ここは?
 記憶がぼやけている。
 ……そうだ、さっきまで藍と一緒だった。
 あの子が話があるって言ってきて、この部屋に入って、そして真実を聞かされた。
 残酷だよ。
 どうせならずっと嘘をついていて欲しかった。
 ずっと……。
 痛みだす心の傷。わたしは痛みを消そうと感覚を麻痺させていく。そんな中、ふい
に聞こえてくる連続した破裂音。
 これは、銃声? まだ誰かが戦っている?
 ぼやけていた頭に急にこみあげてくる嫌な気配。
 その瞬間。
 爆音。
 わたしは床にうずくまる。
 キーンとしばらく耳鳴りが続き、再び意識は闇の中へと溶け込んだ。


 再び軽い頭痛に襲われて、意識が覚醒してくる。
 いったい何が起こっているの?
 わたしは咳き込んだ。あたりを漂う煙が呼吸器を刺激する。
 立ち上がって状況を把握しようとして、部屋の中にガラスが散乱しているのに気づ
く。気をつけて外に出なければ。
 ドアを開けて周りを見る。しばらく思考がうまく働かなかった。
 そこにあるのはただの焼け焦げた肉片の山。
 そう、ただの肉片……。
 わたしはむせ返るような匂いを我慢しながら、ゆっくりとその中を歩いていく。
 奥の方にちらりと何かが見える。その物体にわたしは見覚えがあった。
 どうしたんだろう頭がぼーっとしている。大丈夫だよね? わたしは生きてるんだ
よね?
 ぼんやりしながらわたしはその物体に近づいていく。
 鉄骨らしきものが、幾重にも重なって床を埋め尽くしているその一角。その中に白
と赤の見覚えのある物があった。
「美咲?」
 なんでだろう? わたしはまたいつものように彼女を呼んでいた。まるで何事もな
かったかのように。
 しばらく肩を揺らしながら下を向いていた美咲の顔がこちらを向く。
 泣きはらして真っ赤にしながらも、その奥に憎しみがこめられていることがすぐに
わかった。
「茜!」
 真っ直ぐに、彼女はわたしに対し銃を向けて立ち上がる。
 わたしにはもう、逃げる気力も刃向かう気力もなかった。ただただ、美咲の顔を見
つめることしかできない。
「どうしたっての? さっきの威勢はどこいったの? あんただって生き残りたいん
でしょ。誰かを犠牲にしてでも生きたいって思ってたんじゃないの?!」
 破裂音がした。どこかで跳ね返るような金属音がする。
 音は、また続く、2回、3回、4回……わたしはもうすぐ死ぬんだろうか?
 死んだらお姉ちゃんに会えるかな? ……バカだね。会えるわけないじゃない。




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