AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(19/25) らいと・ひる


        
#5479/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  23:12  (198)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(19/25) らいと・ひる
★内容
 予想通り、数十秒で暗闇ではなくなる。薄明かりが少しあるので、茜の位置が確認
できた。幾田と湊は……まあ、幾田がなんとかするだろう。とりあえず茜を連れ出さ
なくては。私は足下に気をつけながら駆け出す。
「茜!」
 少しだけ小声で、少しだけ強く彼女を呼んだ。
「藍。わたし……わたし……」
 震える声でそれに答えてくる。
「とりあえず逃げるよ。考えるのは後にして」
 私は茜の手を引っ張った。
 あの子の手を引きながら私の頭の中には7年前の記憶が蘇りだしていた。


**


 当時、私は茜と二人で直接遊ぶようなことはなかった。いつも彼女の姉のさくらち
ゃんが一緒だった。あの子はさくらちゃんに嫌々ついてきただけだったし、私が声を
かけてもまともに話すようなことはなかったのだ。
 そのうちさくらちゃんとばかり遊ぶようになり、私を嫌っていたあの子は家に閉じ
こもるようになっていった。もともと身体が弱かった茜は、私を嫌いだという理由を
付けて外へのコミュニケーションを一切絶とうとしていたのだ。
「茜ちゃん、また怒って来ないの?」
「怒ってるっていうか……あの子ね、ほんとは寂しがりやなんだよ」
 さくらちゃんは、よくそう言っていた。
「だったら、一緒に遊べばいいのに。そんなに私のこと嫌いなのかな」
「それは違うの。あの子、身体が弱いってことを気にして積極的にはなれないだけな
んだよ」
「よくわかんない」
「うん、わかんないと思うけど、藍ちゃんの事、本当に嫌いなわけじゃないから。だ
から、わたしが忙しい時はあの子とも遊んでやってね」
 もちろん、私は茜の事は嫌いではなかったから、さくらちゃんに相談を受けた後も
自分から進んであの子のところへと遊びにいった。だが、茜は頑なにそれを拒絶した。
たぶんあの子は、私がお姉ちゃんを取ってしまったと思い込んでいたのかもしれな
い。その事でかなり私を恨んでいたんだろう。
 その関係が8才くらいまで続いた。顔見知りにはなれても、一緒に遊ぶことはない、
まともに口をきくこともない、そんな感じだった。
 そして、あの子の病状が悪化し入院するようになり、私は何度かお見舞いに行った。
さすがに拒む元気がないのか、追い返されはしなかったけど。
 茜は肝臓に障害を持っていたらしく、臓器移植を受ければ助かるという話を聞いて
いた。さくらちゃんは自分のものを半分あげれば妹は良くなり、その為には検査をし
なければならないと言っていた。
 あの子の手術はそれから数日後に行われ成功した。だが、茜が退院する直前、さく
らちゃんは不慮の事故で亡くなった。
 私はそのことがショックで寝込んでしまい、三日ぐらい学校を休んだ。涙は出なか
った、だけど……もう遊ぶことができなくなったさくらちゃんのことを思うと、悲し
くて悲しくて何もする気になれなかった。でもそれは、さくらちゃんの妹である茜の
方が強かっただろうと思っていた。
 ところが、四日目の朝、私の家にあの子が来た。
「茜?」
 寝不足の目をこすりながら玄関へ出ると、笑顔の茜がそこにいた。あの子のそんな
顔なんて、出会ってから初めて見たかもしれない。
「藍ちゃん。一緒に学校へ行こう」
 たぶん、何かを吹っ切ったのだろう。
 さくらちゃんがよく言っていた笑顔のおまじないを実践していたのかもしれない。
 それを機に茜の性格は明るくなっていき、誰からも愛されるようなそんな子になっ
た。
 今思えば、本当の茜はあの時点で自分の時間を止めたのかもしれない。

 そして代わりに、自分の姉の時間を進めた。



◇井伊倉 茜


 震えが止まらない手を藍が握りしめてくれる。
 そういえばこれと似たようなことが昔あったな。その時、わたしの手を握ってくれ
ていたのはさくらお姉ちゃんだった。
 毎日毎日嫌いな薬ばかり飲まなくちゃいけなくて、それでも具合が悪くて気持ち悪
くて、なんにもいいことなんかなくて、そのうち死ぬんじゃないかって怖くて怖くて、
そんな時でもお姉ちゃんは優しくわたしの手を握りしめてくれていた。
「薬なんか飲みたくないよぉ」
 わたしがどんなわがままいっても、
「あたし、藍ちゃんの事、あんまし好きじゃない」
 どんなにお姉ちゃんを困らせても、
「お姉ちゃん、眠るまでそばにいてね」
 いつでも優しい笑顔がそこにあった。
 手術を受けることだって、お姉ちゃんに元気づけられたからこそ頑張ろうって気に
なったのだ。
「茜。今度の手術はね、わたしの身体の一部をあなたにあげる為のものなの」
「からだの一部?」
「そう、お腹の中のこの辺の『かんぞう』って部分なんだけどね」
「えー、そんなことしたらお姉ちゃん死んじゃうよぉ」
「だいじょうぶだよ。あげるのは半分だけだから。だから死んだりしないよ」
「いいのぉ?」
「あたりまえじゃない、茜の為なんだから。だから、茜もがんばらないと」
「がんばる?」
「そうだよ。病気っていうのは、本人に治す気がないと、ずーと治らないんだから。
わたしはその手助けをするだけ。わたしの一部が茜の中で一緒に生きるんだから、が
んばらないとお姉ちゃん、怒るからね」
 わたしの中にお姉ちゃんの一部があるって事はそれだけで誇りに思えたし、同時に
がんばらなくちゃという気にもさせてくれた
 そして……。
「茜ちゃん、よかったね。明日で退院よ」
 看護婦さんに、そう言われてわたしは満面の笑みを浮かべていたと思う。
「うん、あたしがんばったから、きっとお姉ちゃんも喜んでくれるよね」
「良くなったからって、あんまりはしゃいじゃダメよ。3時くらいになったらお姉さ
んが迎えにくるのよね」
「うん」
 ところが3時になってもお姉ちゃんは来なかった。4時になっても5時になっても、
日にちを間違えたんじゃないかって心配になって家に電話してみたんだけど、誰も出
なかった。
「まだ、退院できないのかな……」
 ちょっと不安になって落ち込んでいるうちに寝てしまって、気づいた時にはもう次
の日の朝だった。
 目が開いた時にはそこにはお母さんがいた。今までにないくらいに優しい顔……い
っつもわたしがワガママをいって怒らせていた時のような怖い顔なんか少しも感じさ
せないくらいの優しい顔で、お母さんは静かにわたしを見ていた。
「起きた? ごめんね、昨日は迎えに来られなくて」
 その言葉で、昨日から感じていた不安が堰を切ったかのようにあふれ出てくる。
 わたしは震えそうな声で聞いた。
「ねぇ、お姉ちゃんは?」


**


「お姉ちゃん……」
 涙が溢れてくる。どうにも止まらない。今、自分自身がどこにいるのかもわからな
くなってくる。
「茜! 止まらないで」
 わたしの手を引いているのは、お姉ちゃんじゃない。わたしの大嫌いな藍ちゃんだ
った。
「お姉ちゃん……」
 パシっといい音が響いてわたしの頬に痛みが走る。
「茜! いい加減にして」
 暗闇から藍ちゃんの声だけが聞こえる。
「嫌い……」
 わたしはずっと嫌いだったんだ。憎くて憎くてしょうがなかったんだ。でも、わた
しの身体はお姉ちゃんのものでもあるから……お姉ちゃんはまだ生きているんだから。
 そこでぱっと辺りが明るくなり、暗闇から引き戻されて眩しくて目を開けていられ
なくなる。
「……ッ!」
 誰かが舌打ちをする。
「逃げたって無駄だよ」
 あれは美咲の声?
「茜、貸して」
 わたしの手から何かをひったくる。
 そして破裂音。
「素人に扱えるものじゃないよ」
 美咲の声。そこでわたしははっとする。
「藍!」
「やっと正気に戻ってくれたね。自分の身は自分で守ってくれないと」
 彼女はわずかな笑みを浮かべる。
 同時に破裂音……いや、銃声だ。側にいる藍がわたしからとった拳銃で応戦してい
るんだ。
 美咲の方を見ると、二人いたはずの女性の一人が肩を押さえて倒れている。
「海外にいる父親に会いに行ったとき、ついでに銃のレクチャーも受けてきたから」
 そう言ってわたしにウインクをする。
 美咲が唖然としている間に、残りの一人の女性も藍に撃たれて倒れる。
「正当防衛だからね。まあ、相手も素人に毛が生えた程度だったから対応できたのか
もしれないけど」
「藍……」
「さあ、逃げるよ」
「うん」
 後ろにいる美咲たちを警戒しながら、わたしたちは出口へと走り出した。
 だけど、急に藍の足が止まる。
 再び高まる緊張感。
 出口付近に10人以上の大人の男たちがいた。それも人相からしてカタギの人では
ないとすぐわかった。
 ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。
「所詮、お子さまの考える事ね。美咲!」
 その中に一人だけ女性がいた。なんとなく誰かに似た雰囲気を持つ顔立ちだ。
 美咲は怯えながら下を向いている。
「あんたのお遊びはこれまでよ。まったく、私の奴隷まで台無しにしちゃって」
「へっへっへ、子供同士のケンカは見てられませんね、姉御」
 その女性の右隣にいたスキンヘッドの男がそう呟いた。
 そういえば、美咲に年の離れた姉がいると聞いたことがあった。まさか、目の前の
女性が彼女の姉なのだろうか?
「どいて!」
 藍が目の前の奴らに銃を向けて大声を出す。
「あんた、カタギにしておくにはもったいないね。でも残りの弾数を計算してる? 
これだけの人数を相手できると思ってるのかしら」
「わかってるよ。このリボルバーは残り2発。そんだけあればあんたを殺せる」
 藍の声が少しだけ震えているのがわかった。人を殺すのはいくら彼女でも気が引け
るのだろう。
「ふふふ、ますます気に入った。壊すのはもったいないわね。どう? あたしらの仲
間に入らない? 偲は信用できないし、美咲だけだと詰めが甘いとこもあるからね」
「お姉ちゃん!」
 美咲が悲痛な叫び声をあげる。たぶんこの姉妹の間にも何か特別なものがあるのか
もしれない。
「仲間に入ってもいいけど……でも本当にその言葉が信じられるの?」
 藍……。
「最初っからあんたたちを殺す気なんてないよ。ただ、選択は二つに一つ。仲間にな
るか、快楽に身を委ねて楽になるか」
 腕を組んで美咲の姉はまっすぐに藍を見ている。もしかしたら本気なのかもしれな
い。そして、藍も……。
「わかった。二つほど条件がある」
 藍は銃を下げる。なんで……? なんで簡単にそんな奴の言う事を聞くの?
「何? その隣りにいる子を解放して、とか言うのはなしよ」
「後で、茜……この子と二人きりで話をさせて、それからこの子にも選択する権利を
与えて」
「それは仲間になるかどうかってこと?」
「藍! わたしこんな奴らの仲間になんか」
「そういうこと」
「藍……」
 きっと作戦だよね? わたしたちがここから逃げ切るための作戦なんだよね。わた
しはそう理解するよ。




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