AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(15/25) らいと・ひる


        
#5475/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  23:09  (199)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(15/25) らいと・ひる
★内容
◇井伊倉 茜


「パーティーだよ」
 寺脇くんはそう言って、目の前の重そうな扉を開ける。
 日も落ちかけていて建物全体はよく見えなかったが、倉庫風のものだった。
 あれからわたしたちは、数百メートル離れた先まで湾岸沿いに行き、そこからさら
に内陸部に北上して約30分くらい歩いていったのだ。
 ここは、先ほどの賑やかな場所とは違って周りにはひとけは感じられない。
 ドアを開けると、鼻を突く匂いがしてくる。もう何度か嗅いだ事のあるあの香りを
さらに強力にした感じ。
「見学者はこちらになります」
 寺脇くんは冗談っぽくそう言ったが、わたしは笑う気にはなれなかった。
 さすがに倉庫とだけあって天井は高かったが、ちょっとばかり照明が暗い感じ。中
には小さなプレハブのようなものが4つあり、なんとも異様な光景でもあった。建物
の中に建物があるというのをわたしは初めて見たような気がする。
 寺脇くんはプレハブの一つへと私を案内する。中はだいたい十二畳くらいだろうか、
ウッドカーペットが敷いてあり、玄関と思われる入口の付近でいちおう靴を脱いで
あがった。
 中はビデオデッキが数十台あり、家のと同じくらいの大きさの(多分、29インチ
ぐらいかな?)テレビと、ビデオの編集に使われるらしき機材が並んでいた。
「ここは?」
「そのモニタで他の部屋を見ることができるんだ」
「なんのため?」
「見てみる?」
 そう言われ、わたしは一瞬戸惑う。が、すぐに頷いて返事をする。
 彼はテレビのスイッチを入れ、編集用の機械を操作する。
『あぁっ……ふぅ、あぁぁ、あぁぁぁ』
 最初、動物の鳴き声かと思った。でも、モニタの映像からそれが人間のものである
ことがわかる。
 男女数人が裸で入り乱れてHしてる。
 思わずかぁっと顔が熱くなる。羞恥心が心の中で暴れ出す。それを理性と好奇心が
必死で抑えつけている感じ。
「驚いた?」
 自分以外のすべてを嗤いたくてしょうがないという瞳で、寺脇くんはこちらを向い
ている。
「驚きはしないよ……予想はついてたから。だから気持ち悪いだけ」
 強がりなんかじゃない。
「嫌悪感かい? でも、きみだってあの人たちと変わらないよ。人間には本来そうい
うシステムが組み込まれているんだからさ」
 そろそろ彼の本音が出る頃だろうと思っていた。わたしは今さらながら警戒を少し
強める。
「まるで自分だけは特別って顔してるね」
「そうだよ」
 彼の笑顔からはもう感情が読みとれない。それは仮面のように暖かみをもたなかっ
た。そして背筋に寒気を感じるぐらいのほんの僅かな恐怖心をわたしの心に植え付け
た。
「パーティーは始まったばかりだからね。じっくり観てけばいいよ。ほら、今、あの
ロンゲの若い男の性器にしゃぶりついているおばさんいるだろう。あの人、旦那さん
も子供もいてすごく円満な家庭なんだけどね、もう1ヶ月前からここへ通い詰めなん
だよ。幸せなんかよりも快楽を選んだってわけさ。それから、あそこの右隅にいる腹
の出たおっさんいるだろう? 若い子二人の相手してる。あの人は学校の先生だよ。
とっても温厚で生徒からけっこう慕われているらしいよ。もちろん、そういう実生活
が満たされている人ばかりじゃない。キミもよく知っている橘さんみたいに、何かを
忘れるためにここで快楽に身を委ねている人もたくさんいるわけだ」
 わたしは黙ってじっと聞いているだけだった。何か喋ったら、怒りが暴走してしま
う。
「人間はよく他の生き物を下等だというけど、それは人間だって同じなんだよ。他の
物を支配下におきたがるくせに、自分がシステムに支配されているのさえ気づいてい
ない」
「寺脇くんはそれに気づいているから特別なの?」
 深呼吸して一気に吐き出す。あとは、感情をなるべく制御する方へ労力を振り分け
る。
「きみは頭の回転が速い。でも、感情に支配されているだけ原始的なんだよ」
 だから何? そう言い返したかった。原始的で何が悪い。だいたい、他人を支配下
に置きたがるのは、何者でもない寺脇くん自身だってことに気づいているの?
「そういえばきみは橘さんのことを聞きたかったんだよね。教えてあげるよ」
 得意げな彼の口調に、わたしの感情もそろそろ制御を失いそう。
「ここは、パーティーの場を提供するところ。ただ、維持費とかいろいろと経費がか
かるからね。その分僅かな会費をとってる。中にはこのパーティーがやみつきになっ
て会費を払えなくなるほどの人もいるんだ、そう橘さんみたいに。そういう人には、
ちょっとしたビデオに出演してもらう。女性に限るけどね。もちろん、こんな事は強
制じゃないし、払えないならここに来なければいいだけの話だ」
「リスキーエンジェルって麻薬なんでしょ。単にクスリ漬けにさせているだけじゃな
い」
 わたしは自分の知っている情報をさらけ出す。もう隠していてもしょうがない。
「人間ってのは欲望に際限がないから、快楽を餌にされると自ら破壊への道へと足を
滑らすんだ。それだけ愚かだってことだよ。そうそう、橘さんの話だったね。彼女は、
そういう状態だったよ。悦楽だけが彼女の糧でそれだけが自ら信じられる感覚だった
んだろうね。最後の方は誰彼かまわずに腰を振ってたよ」
 そんなの聞きたくない。違う、わたしが知りたかったのはこんなことじゃない。
「彼女、車に轢かれたんだってね。あれはね、ここの客の一人が無理矢理外へ連れ出
したからなんだよ。自分にカラダを開いてくれるからって、それで都合のいい風に解
釈して恋愛してるんだと思いこんだんだろう。あの男にとっては彼女をここから助け
出したつもりなんだろうが、彼女にとってはいい迷惑。途中であの男から逃げ出して、
ここへ帰ってくるつもりだったんだろう」
 悔しい。なんで橘さんは、こんな所に戻ろうとしたのだろう。
「まあ、ここにいる連中はみんなそんな感じだ。悦楽に浸る為に自分の都合のいい理
由付けをする。例えば平和すぎる日常に飽きてしまったとか、逆にトゲトゲしい人間
関係に巻き込まれるのは嫌だとか。だから、原始的なシステムに支配されることに喜
びを感じられるんだ。そうだ、いいものを見せてあげよう」」
 モニターに映し出されていた画像が別のものに変わる。左下に10桁ほどの数字が
目まぐるしくカウントしている。ビデオの映像なのだろうか。
 最初に映し出されたのは、ここと同じ造りの部屋、そして多分、ダブルベッドらし
きもの。
 女の子の姿がちらりと見える。どこかで見た姿、カメラがズームして彼女の顔を捉
える。
 焦点の合わない瞳、半開きの口からはよだれがこぼれている。何か言葉を喋ってい
るようだが、わたしには聞き取れなかった。
 カメラはズームアウトし、ベッド全体が見えてくる。それと同時に小太りの男の姿
とそれに絡みつくように腰を動かす彼女の姿。
 これはわたしの知っている橘さんじゃない。でも……本当は、事故のあった日から
なんとなく想像はついていたんだ。
 ちょっと前に彼女と話したあの時、もしかしたらわかりあえるかもしれないとわた
しは期待していた。だから、わたしはずっと認めたくなかったんだ。
 人間がどうしようもなく脆くて変わりやすいってこと。それを認めてしまうのが怖
かっただけ。
「どう? 見違えるだろ。学校では冷めた感じの橘玲奈が、ここではこうも淫らにな
ってさ」
「かわいそう」
 彼を見据えてそう言葉をこぼす。
「そうだろ。こういう所でしかはけ口がないってのも悲しいよな」
「違うよ。寺脇クンが、だよ」
 わたしはゆっくりとそして強い口調でそう言い切った。
「どういう事だい?」
「他人を見下すことでしか、自己主張できないんだね」
 彼の口から笑いがこぼれる。
「なにがおかしいの」
「伊井倉さんは、やっぱり優等生だなぁってね。ほんと、教師が作り出した模範解答
を聞いてるようだよ」
「模範解答?」
「周りの奴らによく言われるんだ。おまえは他人を見下してる、ってね。でも、井伊
倉さんみたいに解釈がついたのは初めてかな。でも結局、誰もボクのことは理解して
いない。支配されていることに甘えている奴らには何もね」
 甘えているのは寺脇くんの方だよ。これ以上彼の甘えにつき合うつもりはない。私
は無言で彼へと背を向ける。
 もういい。わたしは復讐に来たんじゃないんだから。
「帰るのかい?」
「もう用事は済んだから」
 振り返らずにわたしはそう呟く。
「このままボクがおとなしく帰すと思う?」
 何を仕掛けてくるつもり? わたしは思わず振り返り、彼を睨み付ける。
 ここに来たことを後悔しているわけじゃない。ただ、寺脇くんを許せなくなりそう
な気がして……誰かを酷く憎くなりそうで、そんな感情に陥りそうな自分が少しだけ
嫌だった。
「熊谷! お客さんを丁重に扱ってくれ」
 彼のその呼び声を合図にドアが開く。そこから一人の男が入ってきた。180くら
いはありそうな背丈で、かなりの筋肉質、しかもいかつい顔だった。
 男は部屋に入るなりいきなり私の右腕をつかみ上げる。
「痛い!」
 ほんとはあまり痛くないけどこういう時は大げさに、そして冷静に。
「おい! あまり乱暴に扱うなよ。いちおう商品になるかもしれないんだからな」
 そう言うと、男は無言で握力を弱める。わたしは不思議に思って彼の表情を窺う。
喜怒哀楽の感情を一切抑え込んだ、もしくは無くしてしまったかのような冷たい仮面
のよう。
 男はどう考えても20代以上であるのに、年下のしかも中学生である寺脇くんに対
して気味が悪いくらい従順だった。
 そんなわたしの表情を読みとったのか、寺脇くんはわざわざ説明してくれる。
「年下のボクが偉そうに命令するなんておかしいと思っているんだろ? そいつはボ
クの下僕だ。クスリと暗示と快楽を餌に、ちょっとした操作でそんなロボットみたい
な奴も作れるわけさ。だから言ったろ、人間は支配される事に甘えたいんだよ。その
方が楽だからね」
 表情が乏しいのはその為なんだろうか。でも、すべての人間が支配されたいと思っ
ているわけじゃない。
 頭に血が上りそうになるのを必死でこらえる。こういう時こそ冷静に行動しなくち
ゃいけない。
 わたしはタイミングを見計らって、男の弁慶の泣き所を蹴り上げる。たいしたダメ
ージにはならないみたいだけど彼の注意が逸れる。すかさず、掴まれている右腕に左
手を添え身体全体を回転させながら相手の腕にひねり上げ、体重移動の隙をついて、
支点になりつつある足を払いのける。
 男はぐらりとバランスを崩す。
 あとはそのまま一緒に床へと倒れるさいにみぞおちへとトドメのひじ打ちをくらわ
す。
「そこまでだ」
 寺脇くんは、何か黒い物をわたしに向けている。見慣れているわけではないので判
別に時間がかかった。
 あれは、本物の拳銃なのだろうか?
 参ったな、うまくいったと思ったのに……。やっぱりクスリがらみはヤクザ屋さん
とのお付き合いもあるから、拳銃を手に入れるのも簡単ってわけか。わたしは改めて
自分の甘さを反省する。
「わたしを殺すの?」
「殺しはしないよ。あとあと面倒だからね。だからきみには橘さんと同じ道を歩いて
もらう。それがきみの望みだろう?」
「わたしはそんなの望まないよ」
「死ぬよりはいいだろ?」
「そうだね、死にたくないのは確かかも。わたしは死ぬわけにはいかないから」
 そう言ってわたしはようやく起きあがることにする。倒した男はまだ回復の兆しは
ないようだ。銃を持っていたとしても一人ならまだ対処のしようがある。こういう時
は冷静さを失ってはいけない。ね、そうでしょ……。
「しかし驚いたね。きみが護身術を習っていたなんて」
「おじいちゃんが道場の元師範だからね」
 素手の相手なら二人くらいまで相手にする自信はあった。
「そこまで腕が立つとは、ボクもちょっと油断しすぎた感じかな。やっぱりキミのデ
ータはかなり抜け落ちている部分が多いようだ」
「わたしの事を調べてたんだ」
「キミのことを、というよりボクは周りにいる奴からとれるだけのデータを集める主
義なんでね。時々、キミのようにデータ不足で計算外の対処をしなければならないこ
ともある」
「人間は計算通りになんていかないよ。いっくら情報を集めたってね」
「それはわかってるから二重三重に手を打つんだよ」
 彼の方が一枚上手だということはわかった。でも、まだあきらめるわけにはいかな
い。
「わたしもクスリ漬けにするつもり?」
「パーティー会場できみを紹介してあげるよ。そうだな、きみにおとなしくしてもら
うためにも一度に3、4人くらいを相手にしてもらって、あとは身体が勝手に反応す
るまで存分にクスリと快楽を味わってもらえばいい。そうすればもうキミは何も考え
なくていい。嫌なことも哀しいことも全部忘れられる」
「……わたしは忘れないよ」
 強がりじゃない。それは誓いみたいなものだから。




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