#5474/5495 長編
★タイトル (NKG ) 01/08/15 23:07 (192)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(14/25) らいと・ひる
★内容
妙名寺の駅は電車に乗って6つ目。ターミナル駅ではないのであまり行く機会がな
いのだが、カサンドラのケーキは有名なので、何度かみんなでお茶したりしている。
前に行ったのは、夏前だったかな、そんなことを考えなら駅前商店街を歩いていて、
わたしはふとあることを思い出す。
鞄からPHSを取り出し、内蔵メモリの一番最初の番号をワンプッシュ。
『はい井伊倉ですが』
「あ、お母さん。今、ちょっと寄り道して妙名寺にいるんだけどさ、今晩のおかず、
波須屋<はすや>のメンチにしない?」
わたしは思いついたことを一気に言う。
『この子ったらいきなり何を言い出すかと思えば』
電話の向こうからは少しあきれた声が聞こえてくる、
「こないだテレビでやってたやつだよ」
『ああ、行列のできる店の特集だったわね』
「うん、わたし一度食べてみたくってさ。ね、買ってきていい? そーすればおかー
さん買い物行かなくて済むでしょ」
『あんたが食べたいなら買ってきなさい』
「んじゃ、買って帰る」
『気をつけて帰ってらっしゃいね』
「はーい」
ピッと、通話を切る。一緒に歩いていた二人は、わたしの顔を見て笑っている。
「相変わらず食いしんぼなんだから」と佳枝。
「今に始まったことじゃないでしょ」と美咲。
わたしも照れ隠しに苦笑い。
「そういえば、茜ってピッチ買ったんだね。それってド*モの*ルディオの316S
でしょ」
美咲は型番まできっちり当ててくる。
「へぇー、美咲ってそういうの詳しいんだ」
「情報携帯端末なら任せてよね。というか、単に私も機種選ぶのにカタログ見て詳し
くなっただけなんだけどね」
「それにしたって、型番まで当てるとはすごいよね」
「記憶力は、友人比約5倍ですから」
「なんなの、その『友人比』ってのは」
「佳枝と茜のこと」
「どーせ、わたしたちはバカですよ」
わたしはふくれてそう答える。
「そーそ、頭の回転だって、美咲にはかないません」
佳枝も右に同じらしい。
わたしらの反応にちょっと困った顔をしながら美咲は言った。
「でも、わたしのは茜みたいに並列処理は得意じゃないから」
■寺脇 偲
「なにしてるの?」
偶然を装って彼女に声をかける。もちろん標的は井伊倉茜。
彼女は、教室の窓枠の部分にもたれて外を眺めていた。
今は放課後、教室には他に誰もいない。
無防備にその背中をさらけ出している。
「ん? 寺脇くん?」
彼女は振り向かずに答える。心持ち元気のないような声。
「一人かい?」
「うん、さっきまではトモダチと一緒だったんだけどね」
「窓から何か面白いものでも見えるの?」
「え? 違うよ。ピアノ聴いてたんだよ。ほら」
耳を澄ますと微かに演奏の音が流れてくる。この曲は聴いたことがある。
「これはショパンの『雨だれ』か」
「そう。弾いてるのは多分、菊池先生だよ」
彼女が微笑みながらこちらを振り返る。同時に声質も明るく変わる。
「へぇー、よくわかるね」
「そりゃ、顧問の先生だしね」
「今日は部活はないのかい?」
「ブラバンはないよ。でも、三年生は受験に専念しろって、先週引き継ぎがあったん
だ。だから、あったとしても顔出しにくいかな」
「寂しいのかい?」
「うふふふ。寺脇君って質問するの癖でしょ?」
「え? いや、ごめん。そういうつもりじゃないんだけど」
「いいよ。うん、少し寂しいのかも」
「あのさ。質問ばかりで申し訳ないけど、ピアノ好きなの?」
「え? なんで?」
「聴き入っていた感じだったから」
「うん、好きだよ。最近」
「最近?」
「昔は大嫌いだったから」
無表情に彼女はつぶやく。
違和感を感じる。
それは彼女が仮面をつけているから? それとも仮面が剥げ落ちたから?
「寺脇君はピアノ好き?」
一転して、裏返したかのような人懐っこい笑顔を彼女はこちらへと向ける。
「嫌いじゃないよ。自分で弾けはしないけどね」
答えながら戸惑う。戸惑う? ボクはいったい何を恐れている。
「話変わるけどさ、井伊倉さんって星とか興味ある?」
本来の目的を告げなければ。
「え? うん、興味ないこともないけど」
「今度の日曜、プラネタリウムに行かない? チケットが二人分あるんだ」
「それってデートのお誘い? もう貸し借りなしの関係だしね」
「そう思ってくれていいよ。嫌かい?」
「わたしを誘うことにどんなメリットがあるんでしょう?」
おどけたように彼女は首を傾げる。でも、その瞳の奥には疑惑が隠れていることを
ボクは気づいていた。
「純粋にキミに興味がある。これは本当の話」
それは偽りのない事実。だから、彼女の目をまっすぐ見つめる。
「橘さんの話も聞かせてくれるのならOKだよ」
……。
切り返しの厳しいこと。
当然だ。彼女は気づきはじめているのだから。
井伊倉さんはボクに近づくと、確信したかのように「今からでもいいんだよ」と耳
のそばに言葉を吹きかける。
そう。
きみが望むなら、すべてを教えよう。そして、その後、すべてを消してしまえばい
い。
横を歩いている井伊倉さんは、ニコニコしながらよく喋っていた。
はたして彼女は、どこまで気づいているのか。
目的地についても、彼女から警戒心は感じられなかった。
「ねぇ、ここでしょ。雑誌で一度見たことあってさ、行ってみたかったんだよね」
目の前の建物は、最近、倉庫を改良して造られたばかりのプラネタリウムだった。
もちろん、ただ改装しただけではなくアミューズメント施設の建物と複合した造りと
なっていてる。この一帯は湾岸で倉庫が並ぶ区域でもあるが、周りにはそれを利用し
たと思われる店がたくさんあった。
「へぇー、わりときれいでおしゃれな建物なんだ。あ、もしかして、もともと倉庫だ
ったとか」
「そうだよ。隣の建物は新築だけどね。ゲーセンとかレストランとか入ってるから、
帰りに寄ってってもいいよ」
一通り説明をしながらプラネタリウムに入る。
彼女にとっては正気で楽しむことのできる最後のひとときのはず。十分楽しませて
やらなくては。
これはちょっとしたゲーム。
擬似的な恋愛。いや、恋愛そのものがプログラムなのだから、ほんとも嘘もありは
しないか。
「寺脇くんってさ、女の子とよくデートとかするの?」
遠回しに話題を逸らしていた彼女がようやくボクに対しての攻撃を始める。
「デートに誘われたことはあるけど、自分からはないよ」
「ほんとかなぁ?」
「嘘を言ったところでしょうがないだろ」
「でも、寺脇くんって嘘がうまそうじゃない」
「そう思うのは自由だけどね」
「まあ、いっか。うん。だけど、すごい楽しかったよ。ありがと寺脇くん」
出口の所で、井伊倉さんが両手で延びをしながら喜んだような顔でボクの方を向く。
「気に入ってくれて良かった」
彼女は視線を前へと移すと、何気なくボクに質問を投げつける。
「橘さんも連れてきたのかな?」
……。
まったくこの子は油断も隙もありはしない。
でも、多少は予想はついていた。彼女がボクの誘いにのった理由はそれなのだから。
「正直に言うよ。ここに連れてきたのはキミが初めてだ」
「本当に?」
半信半疑の彼女の顔がこちらを向く。
彼女のおどけたような瞳を見るのはこれで二度目かもしれない。
「井伊倉さんは、何か勘違いしているかもしれない。ボクと彼女の間には何もなかっ
た。もともとボクは彼女にそれほど興味はなかったんだから」
ボクの瞳をじーっと見つめる。そして、彼女は「信じてあげるよ」と言った。
どうも彼女といると調子が狂う。下手に芝居をするよりは、彼女の好奇心を刺激す
るのがベストだろう。ボクはそう考えることにした。
「噂を聞いたんだろ? 橘さんとボクが一緒に歩いているのを見たという。たしかに
それは事実だ。だけど、それは一度きりだ」
彼女の方を見る、真剣な眼差し。ここで嘘を言ってはいけない。
「橘さんは少し落ち込んでいた。だから、ボクはあそこへ行くことを誘った。それは
彼女が望んだからだ」
「あそこって?」
「場所は言えないよ。キミに彼女の気持ちはわからないだろうからね」
彼女の反応を見る。一瞬だけ哀しそうな瞳をする。
「寺脇くんは彼女の気持ちがわかるの?」
「全部はわからないよ。でも、ほんの一部分でもわかればそれで十分だと思うよ。全
部をわかる必要はない。そうだろ」
「でも、あれが彼女の望んだものだとは思えない」
少しだけ感情がこぼれだしている。彼女の口調に強い怒りの断片が見え始めていた。
「あの日、橘さんは井伊倉さんに助けを求めていたのを知ってる?」
「え?」
驚きの表情。心の傷を突くのはこの箇所でいい。
「彼女は家の事で悩んでいた。どこか自分の居場所がないかといつも探していたんだ
よ。キミはそんな彼女を突き放した。だからあの日、彼女はあの公園で泣いていた」
泣いていた、という部分は脚色だ。
「だって……そんな……わたしに話してくれればよかったのに」
面白いくらい彼女は動揺し始める。
「待ってるだけじゃダメだと思うよ。自分から聞いてあげることも大切なんだよ。た
だ、キミはその余裕がなかっただけの話だ。そうだろ? だから、ボクはキミの事を
責めようとは思わないよ」
「でも……」
「井伊倉さん、変な話をして悪かったね。ボクはこれから行く所があるから、これで
失礼するよ。ほんとならキミを送ってあげたいんだけどね」
ちょっとした賭。いや、もう万全を期しているから賭というよりは、遊びに近い。
「待って」
案外単純かもしれない。
「なに?」
「『あそこ』へ行くの? だったらわたしも連れてって」
勘がいいのも考えものかもしれない。彼女はそのおかげで自分の身を危険にさらす
ことになるのだから。
「後悔しないっていうのならいいよ」
あえて、曖昧に答える。彼女が自分の意志で行くということをはっきりさせなけれ
ばならないから。
「わたしは見てみたい、ただそれだけ」
「見たことで後悔するかもしれないよ。だから、ボクは心配しているんだよ」
心配などするものか。ボクは心の中で笑う。
「わたしはどうしても知りたいから……お願い」
一瞬、間をおく。これぐらいの演技はしないと。
「わかったよ、ついてきな」
強行手段をとらずに済んだのが面倒でなくていい。誘拐まがいのことはただでさえ
人目につきやすいからね。
ボクは数メートル後ろにいた協力者に合図をした。